3兄弟で作り上げる美肌れんこん
レンコン生産量日本一を誇る茨城県。株式会社れんこん三兄弟は、その中でも霞ヶ浦南側にある茨城県稲敷市を拠点とする農業法人です。同社が展開するブランドは、白さが特徴の「美肌れんこん」。青果だけでなく、素材の味を活かした「れんこんチップス」や、茨城特産の栗とさつまいも、そしてレンコンを使用した「茨城サブレ」といった加工品も展開しています。
特筆すべきはその作付面積。一般的なレンコン農家が数ヘクタールの中、同社は42ヘクタールもの畑を管理しています。また、さまざまな販路を構築しており、直接取引する飲食店は198店舗。その他、量販店や加工、市場といった大口の販路にも出荷しています。これらは、美肌れんこんが多くのプロの料理人から指名されるブランドであることを物語っています。

れんこん三兄弟の美肌れんこん
この生産体制を支えるのは、宮本さんを含む3人の兄弟と、正社員6名、パート17名、実習生14名という総勢約40名のスタッフ。レンコンという単一品目でありながら、春から夏にかけての植え付けから冬場の収穫まで切れ目なく仕事を作り出し、通年雇用を実現しています。
2025年夏には、最新設備を備えた出荷場も稼働を開始。これまでの出荷場より広くなっただけでなく、出荷用の発泡スチロール箱への「自動氷詰め」に加え、梱包後の箱をパレットへ自動で積み上げる機械も導入しました。施設をフル稼働させることで、ハイシーズンには1日1500ケース強を出荷することが可能といいます。

新設した出荷場
体育教師から三兄弟で起業
農家出身の宮本さんですが、キャリアのスタートは農業ではありませんでした。大学卒業後、体育教師として勤務。「当時は実家を継ぐ気などなかった」と笑いますが、外の世界から農業を見たとき、ある違和感を覚えたといいます。
「自分たちを大学まで行かせてくれた農業が、世間からは『きつい・儲からない・遅れている』と、どこか哀れみの目で見られている。育ててくれた農業はそうじゃなかったはずだ、という悔しさがありました」
転機が訪れたのは、2002年頃。実家に宮本さんを含む三兄弟が集まり、家業について話す機会がありました。そこで3人は、胸に秘めていた思いを共有します。
「3人いる強みを生かし、農業でしっかり生活することができれば、世間の人が持つ印象も変わるのではないか」「農業のマイナスなイメージを拭い去りたい」
兄弟会議でそんな熱い思いが一致したことで、半年と経たずに3人は実家に出戻ることに。彼らの農業への道の始まりでした。

宮本三兄弟
親元での修行を経て、起業→法人化
3人は最初から「れんこん三兄弟」として独立していたわけではありません。まずは両親が営んでいた米やレンコンの栽培を手伝うところからのスタートでした。日々の作業をこなす中で、宮本さんらは地域特性や市場の動きから「レンコン」に特化したビジネスの可能性を感じ取り、独立を決意します。
5年間、親元で経験を積んだのち、2008年に3人で個人屋号「宮本兄弟農園」を立ち上げ独立。その後、飲食店を中心に売り上げを伸ばしたことで、2010年に現在の「株式会社れんこん三兄弟」へと法人化しました。長男である宮本さんが「営業・経営」を中心に担い、2人の弟が「生産・現場」の管理者として現場を担当します。
飛躍のきっかけとなった、コロナ禍での「ギアチェンジ」
順調に見えた同社の歩みですが、最大の転機は世界を襲ったコロナ禍でした。
「それまで売上の主軸だった飲食店向けの出荷が、緊急事態宣言とともに無くなりました。このまま待っていても注文は来ない。このままでは駄目だ」
これまで、高い品質のレンコンだったこともあり、口コミで取引先の飲食店を増やしていった同社でしたが、自分たちから営業を掛けて仕事を取りに行く経営へと舵を切りました。
コロナ前は1億円前後の売上でしたが、この決断が、現在の売上2億5000万円という飛躍の基盤へ繋がりました。では、なぜ彼らはここまでの成長を実現できたのでしょうか。そこには3つの戦略が存在していました。
売上2億5000万円を実現した3つの経営戦略
デメリットをブランドに変える「逆転の思考」
同社が拠点を置くエリアは、利根川由来の砂地土壌が広がっています。一般的に、レンコン栽培において、砂地は肥料持ちが悪く、収量を上げにくい「条件不利地」とされます。しかし、宮本さんはこの土地の特性を「弱点」ではなく「武器」だと定義しました。
「砂地は鉄分が少ない。だからこそ、レンコンが酸化(変色)しにくく、透き通るような白い肌に育つんです」
収量や作りやすさではなく、「見た目の美しさ=美肌」という点に付加価値を見出したのです。さらに、市場経由での取引が一般的だったレンコンを、収穫から箱詰めまでのリードタイムを短縮し、飲食店と直接取引することで、これまでに無い鮮度を実現。この優位性をブランド価値とすることで、「美肌れんこん」というブランドを確立しました。
「自分たちの畑のデメリットは何で、メリットは何なのか」。冷静に土壌を分析し、勝てる土俵を設定したことが、他の農家との差別化の第一歩となりました。

れんこん三兄弟のレンコン畑
「ブルーオーシャン」の発見と、シェフを納得させる「提案力」
現在でこそ198店舗もの飲食店と取引する同社ですが、参入当時は全くのゼロからのスタートでした。当時、農業界では葉物野菜やトマトなどを中心に、飲食店が産地から直接仕入れる「産直」ブームが起きていました。しかし、レンコンに関しては、産直に取り組む農家がほとんど存在しませんでした。
「需要はあるのに、供給側のプレイヤーがいない。まさにブルーオーシャン」
宮本さんはこの好機を生かすため、いち早く自社のホームページを整備し、「レンコンの産地直送が可能」と明確に打ち出したのです。レンコンというニッチな市場で「WEBで検索すれば上に出てくる」状態を作ったことで、飲食店からの問い合わせが殺到し、売上を一気に伸ばしました。
その一方で、レンコン業界では、夏場はデンプン質が少ないため、「冬に比べると質=味が落ちる」と需要が広がらない傾向にありました。しかし、宮本さんはこれを「質の低下」とは認めず、シェフに対してこう説明しました。
「これは『質』の問題ではなく、成長の『ステージ』の違いです。夏は若いからこそ、シャキシャキしていて生食に近い食べ方がオススメ。冬は完熟しているから、ホクホクして加熱調理に向いている」
WEB戦略で入り口を広げ、「用途提案」で顧客とコミュニケーションをとる。この二段構えの戦略が、同社のBtoB販売を強固なものにしました。

季節によるレンコンの違い
待ちの経営から脱却する「ポートフォリオの組み換え」
前述の通り、コロナ禍以前の同社は、「飲食店」への販売を中心としたスタイルでした。しかし、コロナによる危機を契機に宮本さんは「待つ経営」から「攻めの経営」へ切り替えます。
地域の離農地を借り受けて一気に規模を拡大。生産量を増やすことで、スーパーマーケットや加工業者が求める大口契約を獲得できる体制を整えました。さらには、新しく出荷場を立て直したことで、1日に処理できる取り扱い量も大幅に上昇しました。
「高単価・小ロットの飲食店」と「安定単価・大ロット=量販店や加工」の2つをバランスよく組み合わせることで、経営を安定化。そのための手段が、あえてリスクを取った規模拡大だったのです。

自動で氷詰め

自動でパレットに詰まれる
グループ全体で売上10億円を目指す
宮本さんが描くロードマップは明確です。その内訳としてまず掲げるのが、自社生産での売上5億円。その達成のために、現在の42ヘクタールから、ほぼ倍増となる70〜80ヘクタールまで農地を拡大する計画です。さらに、地域の農家からの仕入れで2〜3億円。加工品で2〜3億円を積み上げ、トータル10億円の事業体を目指しているといいます。
その実現に向けた次の一手として開発を進めているのが、人手不足に悩む飲食店やホテル向けの商品です。皮むきやカットといった一次加工に加え、「揚げるだけ」「焼くだけ」で料理として提供できる商品を検討しているといいます。厨房の省人化を支援する構想です。
「農業のイメージを変えたいです。僕たちのように農業ができる環境に生まれた人間が、新しいビジネスモデルで成功し、かっこいい組織を作る。そうすれば、若い人や異業種の人材が自然と集まってくるはずですから」
かつて「哀れみの目」で見られることが悔しかったと語った元体育教師。その反骨心から始まった挑戦は今、業界の先端を走る取り組みとなりつつあります。
取材協力
株式会社れんこん三兄弟
















