1. これまで農業現場でIT化が進まなかった理由
本題に入る前に、少しだけ私の自己紹介をさせていただきます。私は東京大学大学院の農学生命科学研究科修士課程を修了後、戦略コンサルティングファームのA.T. Kearneyに入社いたしました。その後、タイやカンボジアにてEmpag Pte. Ltd.を創業し、CEOを務めました。そこでは農業機械のシェアリングエコノミーや産直ECなど、農業・食関連の事業を複数展開してきました。これらの経験を通じて、農業の生産性向上にDXは欠かせないと痛感する一方、現場への導入が思うように進まない現実も目の当たりにしました。しかし生成AIの登場により、これまで越えられなかった壁を突破できると確信しています。そこで、2021年にアカチセ株式会社を創業し、農業をはじめとするレガシー産業へのAI導入・活用支援を行っています
それでは、本題に入りましょう。農作業は現場仕事です。システムに入力したくても、手袋を外して日陰に入り、パソコンを開いてキーボードを打つ──そんな手間をかける余裕は、日々の作業に追われている農家にはありません。スマホの登場で状況は改善されましたが、それでもオフィスワークのように文字入力をしながら作業を進めることは難しいのが現実です。
さらに、農業は自然を相手にする仕事です。作物の状態や気候の変化は数値や文字で表現しづらく、マニュアル化やデータ化が難しい領域でした。そのため、どうしても属人性が残りやすいという特性があります。
農業の現場では、作物の状態や土の変化などを、経験や感覚に基づいて判断する場面が多くあります。こうした判断は言葉や数値だけで共有するのが難しく、実地での仕事を通じて引き継がれてきました。
このような環境で、オフィスワークと同じ前提でITツールを導入してもうまくいかないのは、自然なことだったと言えるでしょう。
しかし、最近のAI技術は、こうした制約を乗り越える可能性を持っています。ただし、オフィスワークと同じ使い方ではなく、農業独自の使い方が必要です。
スマホで話すだけ、写真を撮るだけ──。そんなシンプルな操作で使えるようになったことで、農業現場でもAIを活用できる道が開けてきました。
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2. 話す・撮るだけでいい?農業AIの伸びしろ
これまで農業現場でIT化が進まなかったのは、確かに課題でした。しかし、逆に言えば、これからAIを活用すれば、大きな効果が期待できるということでもあります。
すでにIT化が進んでいる業界では、AIで改善できる余地は限られています。しかし、農業は違います。これからデータを蓄積し、AIで活用していけば、まだまだ大きな伸びしろがあるのです。まさに、これまでの「遅れ」が、これからの「強み」に変わる瞬間です。
では、具体的にどのような活用方法があるのでしょうか。農業現場で始められる、3つの実践的な活用方法をご紹介します。
①作物の写真を撮ってAIと相談

「この葉っぱの色、ちょっとおかしいな」「この実の形、いつもと違う」。
農業現場では、こうした“違和感”を経験や感覚で判断する場面が数多くあります。しかし、その判断を一人で抱え込む必要はもうありません。
スマホで作物の写真を撮り、AIに送るだけ。
するとAIが写真を見て、「〇〇の症状の可能性があります」「考えられる対処法は──」といった形で返してくれます。専門書を開いたり、あとで調べ直したりする必要はなく、現場で、その場で相談できる。生成AIは、農業現場にとって“すぐそばの相談相手”になり得る存在です。
もちろん、AIの回答は常に正しいとは限りません。
いわゆるハルシネーション(誤った回答)が起きることもありますが、最近の生成AIではこの精度は大きく改善しています。
また、過去の事例や農場独自のノウハウ、参考資料などをあらかじめAIに持たせておくことで、より判断の精度を高めることも可能です。
経験豊富な農家の方が、自分の感覚と照らし合わせながらAIの意見を参考にする。
そんな使い方であれば、AIは非常に心強いパートナーになります。
②作業日報を音声で入力。ExcelやNotionに作業記録を残す

作業が終わった後、オフィスに戻って、エクセルに手入力。システムに登録──。そんな手間をかけていた農家の方は、少なくないでしょう。しかし、今は違います。
スマホを取り出して、「今日はトマトの収穫を50キロした。ハウス3号の東側の実が少し小さめだった」と話すだけ。AIがそれを記録し、整理してくれます。その記録を自動的にエクセルに保存することもできます。
これまで「記録するのが面倒で、つい後回しにしてしまう」という方も、音声入力なら続けられるかもしれません。毎日の作業記録が蓄積されれば、それは貴重なデータになります。そのデータをAIで分析すれば、より良い判断ができるようになるでしょう。記録が習慣になれば、農場の運営は確実に改善していきます。
③気になる情報をAIが事前にリサーチ。自分専用のPodcastを作って流す
農作業をしながらでも、市場動向や天候、病害情報などを把握しておくことは重要です。しかし、それらを一つ一つ検索して確認するのは、現場では大きな負担になります。
そこで活用できるのが、NotebookLMのようなAIツールです。必要な資料や情報をあらかじめ渡しておけば、その内容をまとめて音声で聞くことができます。いわば、自分専用のPodcastを作るイメージです。
作業をしながら、移動しながら情報をインプットできるため、パソコンの前に座る必要はありません。また、気になる点があれば、その場で音声で質問することもできます。
話す、撮る、聞く──。
こうしたシンプルな操作で情報収集ができることも、
農業現場と生成AIの相性が良い理由の一つです。
3. 今日からできる。小さく始める”現場AI”のステップ
「でも、どうやって始めればいいの?」
そんな疑問にお答えするために、ここでは現場で無理なく始められる3つのステップをご紹介します。
ステップ1:何をやるか決める──「アシスタントがいたらお願いできること」を書き出す
まず、ITツールを使う、という視点ではなく、「もう1人アシスタントがいたら、どんなことをお願いしたいか」という視点で考えてみてください。
パソコンを開いて入力する、というような作業ではなく、「人に頼めたらいいな」と思う作業を書き出してみましょう。
例えば:
– 毎日の作業内容を記録してほしい(日報的な作業)
– 毎日の報告をまとめてほしい
– 情報を整理してほしい
– センサーのデータを見て、異常がないかチェックしてほしい
– 販売データや市場状況を見て、アドバイスしてほしい
ここで大切なのは、頻度の高い作業を選ぶことです。
月に1回しかやらない作業では、せっかく仕組みを作っても使われなくなってしまいます。今すでにやっている作業や、「やった方がいいと分かっているけれど、手が回っていない作業」から選ぶのがおすすめです。
ステップ2:優先順位と具体化をする──AIに相談してみる
やりたいことが出そろったら、次は優先順位をつけていきます。この段階では、完璧に整理する必要はありません。音声入力などを使って、「こんなことができるようになりたい」とAIに話してみてください。
例えば、
「毎日の作業記録を自動でまとめたい」「トマトの葉っぱの写真を見て、病気かどうか判断できるようにしたい」といった形で話すと、AIが整理案や候補を出してくれます。
その中から、「まずはこれから始めよう」というものを一つ選び、どんな形になれば使いやすいかを具体にしていきます
そして、どのように実現するか、どんな機能が必要かを明確にします。たとえば「作業記録をまとめたい」のであれば、「音声で話した内容を日付ごとに整理し、週ごとに振り返れるようにする」といった具合に、少しずつイメージを固めていきます。
ステップ3:どの方法でやるか決める──シンプルなものから始める
最後に、どの方法で実現するかを決めます。
ここで大切なのは、最初からすべてを作り込もうとしないことです。
まずは、ChatGPTやGeminiに、「今日の作業内容をまとめて」と話しかけるだけでも十分です。
固定して使いたい内容が決まってきたら、GEMやGPTsを使うのもよいでしょう。画像や音声入力を組み合わせるだけでも、現場で役立つ場面は意外と多くあります。
もう少し仕組み化したくなったら、Google AI Studioなどを使って、これまで使ってきたプロンプトや実際のやり取りをもとに、少し本格的な形にしていくこともできます。
情報の整理や理解を深めたい場合には、NotebookLMを使って、日々確認したい資料や情報をまとめ、音声で聞ける形にすることも可能です。
さらに細かい分析が必要になれば、Excelデータをダウンロードし、Cursorなどのツールを使ってデータを掘り下げていくこともできます。
大切なのは、「今の自分に必要な段階」から始めること。
使いながら、自分の農場に合った形へと少しずつ広げていきましょう。
まとめ:あなたの経験こそが、AI時代の最大の資産
農業の現場で培ってきた経験やノウハウ──。
それは、AI時代においても変わらず、大きな価値を持っています。AIは、その経験を記録し、整理し、次につなげるための道具です。
IT導入に不安がある方でも、話す・撮るといったシンプルな操作だけで使える時代になりました。
まずは今日の作業を一度、音声で記録してみる。
その小さな一歩が、農場のこれからを支える力になっていくはずです。















