農地をめぐるさまざまな課題
泉屋はコメの集荷・卸売業を営む傍ら、テイクアウトの弁当店「吟米亭浜屋」を木更津市内に2店舗構えている。ここで販売される「バー弁(バーベキュー弁当)」は木更津市の名物になっており、この弁当に使用されているコメは食味コンテストで上位を総ざらいした「ゆうだい21」である。泉さんは、いち早くこの品種に注目し、ブランド化に協力してきた。ゆうだい21を育種・開発した宇都宮大学で講演したこともある。
取材当日、泉社長の提案で、両生産法人が耕作している圃場や施設を視察することになった。圃場と言っても袖ヶ浦、木更津、君津にまたがる広大な水田で、端から端まで車で40分はかかる。他の田園地帯と違うのは、ところどころの水田に盛り土があり、雑草が生えていることだ。聞くと、東京湾アクアラインを建設する際に出た土を水田の上に積みあげたものだという。地主はそれで貸し賃を得られる。

残土が積みあがった水田
農地をめぐっては、さらに大きな問題が発生している。一つが、宅地開発が進んでいることで地主から耕作者に対して農地を返して欲しいという請求が相次いでいる点。せっかく基盤整備を終え、広い均平な水田が出来上がり大型農機で耕作できるようになったのもつかの間、地主の都合で返還しなければならない現状に泉さんは憤っている。
もう一つが、外国資本による農地購入だ。取材当日に行われた地元の農業改良普及所の会議で明らかになったことだが、何と中国人がこの地区の水田を買うことが発覚したのである。買い手の農業法人の代表者は日本人だが、資本は中国だった。果たしてそうした農業法人に農地を売り渡して良いものか侃々諤々の議論になっている。

泉雅晴社長
ひこばえが大量に運び込まれる乾燥施設
話を聞くうち、君津市にあるyozemの乾燥施設に到着した。ここには4本の籾貯蔵タンクがあり、1日2.5㏊分の籾を貯蔵できるようになっている。稲刈りの最盛期は8月初旬に始まり10月中旬まで続く。品種の順番は、最初はふさおとめで、あきたこまち→ふさこがね→コシヒカリ→ゆうだい21→ふさこがね→にじのきらめきと続く。
面白いのは「ふさこがねは早生と言う考えでなく晩稲でも刈り取れる品種」と位置づけている点だ。泉さんの表現では、ふさこがねは、野球に例えるとピッチャーもやれるしセンターも守れる、オールラウンダーな品種だという。刈取り面積は120㏊で、7条刈りのコンバイン2台と4条刈り1台の3台でこなしている。収量はにじのきらめきが反収10俵以上、ふさおとめでも同等の収量が見込めているものの、あえて多収のコメを追い求めているわけではない。

籾摺りされた2番穂の玄米
籾摺りして乾燥させたばかりのフレコンに入った玄米を見せてくれた。この玄米は「ひこばえ(2番穂)」で、そのサンプルを取り出して見せてくれたが、それほど小粒でもなく玄米光沢もあり、想像していたひこばえの品質よりかなり良い。ひこばえが入ったフレコンが40袋ほどあり、泉屋は「ひこばえの集荷量では日本一」と自負している。
この乾燥施設は、農協の肥料置場だった建物を買い取って、中古の乾燥機を設置したものだが、総工費は1000万円ほどで済んだというのだから驚きだ。新しく乾燥施設を作るとなると、億単位の資金が必要になるからだ。泉さんは、コスト削減とはこうした施設をいかに安く作るかだと断言する。同社では来年度、大量に発生するもみ殻を有効資源化する事業を開始するための施設の建設を計画している。

籾摺り乾燥施設
コメ増産へ。カギは社員教育とどんぶり勘定
圃場と施設の見学を終え、泉屋からの出資を受けているyozemの丸代表、千葉まいすたぁの白石代表にそれぞれ話を聞いた。
まずは125㏊の水田を耕作するyozem。以前は白米販売も行っていたが、現在は栽培に専念している。「請ける農地の面積の拡大スピードが速く、社員を育てるのが間に合わないほど」(白石代表)という状況であるためだ。

丸代表(左)と白石代表
同社の社員育成方法は独特で、誤解を恐れずに言えば一種の“徒弟制度”である。農業を知らない人であっても、最初から独立することを念頭に社員を育成するのだ。同社が借り受けた水田を切り分けるようにして、採用した社員に任せる。機械は同社が貸し出して、下請けのようにして農作業を行ってもらう手法だ。
こうした手法を採用したのは、水田耕作をイチから始めるとなると、少なくとも5000万円ほどの初期投資が必要になるため。これではコメ作りに新規参入する人はいないだろう。まずは社員としてコメ作りがどんなものか学んでもらい、一人で耕作出来るようになったあかつきには暖簾分けするような形で農地を分け与えている。
面積の増え具合はどのくらいかとの筆者の問いに対して、「昨年は17㏊増えた」と白石代表。社員を育てるのが間に合わないのもうなずける。それでも、頼まれた水田はすべて請け負うようにしている。それを可能にしているのは、これまで同社を巣立っていった仲間が周りにいることと、地域に根強く残る“結”の精神があるからだ。
これは木更津市がかつて漁師町であったことが背景にあり、「網の持ち主が誰であろうと網を曳くときは皆一緒に曳く」という人と人とのつながりが現在の農作業にも受け継がれているという。こうした土地柄について白石代表は「トラクターがぬかるんだところに落ちて脱出できなくなっても、すぐに周りの人が助けに来てくれる」と説明する。こうした相互に助け合う精神は、収穫されたコメを泉屋が販売するという形態でリスクを最小限に抑えながら規模を拡大している両社の経営にも現れている。
丸代表は新入社員に「面積が10a増えたら10万円の買い物が出来る。1㏊だと100万円の買い物が出来る」という話をするという。どんぶり勘定のように聞こえるかもしれないが、実はこの「どんぶり勘定」こそ、コメ作りには大切だと言葉を続ける。いかに最新のシステムを導入しても、予測通りに動かないのが常であり、人を雇ったからといって自動的にコメ作りが出来るわけではないという考えからだ。
そのため、常に余裕を持った経営を心がけている。「機械も多めに買い、休みも週休2日。昔からコメ作りをしている農家からは『そんなことでコメが作れるのか』と心配されるが、このやり方でいくらでも面積を引き受けられる」と丸さん。何とも頼もしい答えである。
















