苗作り不要。労働時間を約6割減らす「NARO方式乾田直播」
フォーラムの冒頭、農研機構の古畑昌己さんと岡本毅さんによる、本プロジェクトの核心技術「NARO方式乾田直播」の解説がありました。
NARO方式乾田直播の特徴

NARO方式乾田直播とは、その名のとおり「乾いた田んぼに種を直接まく」技術です。これまでの稲作のように、苗を育ててから水を張った田んぼに植えるのではなく、麦作と同じように大型機械で種をまき、苗立ちが揃ってから水を入れるという手法をとります。そしてその技術に付随するメリットの一つが、従来の移植栽培では難しかった省力化の実現です。
NARO方式乾田直播では、これまで必須だった「育苗」と「代かき」の工程が不要になるため、労働時間を移植体系の約38%にまで大幅に抑えられます。

また、かつての直播栽培には「苗立ちが不安定」「収量が低い」というイメージがありましたが、技術は着実に進歩しています。
特筆すべきは、播種前後の鎮圧作業です。ケンブリッジローラーなどの専用機で土をしっかりと鎮圧することで、種子と土壌が密着。土壌の水分が保たれ、出芽が安定します。さらに適切な時期に除草剤を使用することで、現在では移植栽培と遜色ない収量を確保できるようになっています。
現場の声:乾田直播のリアルな有用性は?
では実際にこの技術は、現場で本当に役立っているのでしょうか。パネルディスカッションに登壇した、岩手県で約1000ヘクタールもの農地を管理する株式会社西部開発農産の清水一孝さんは、導入の理由を「物理的な限界の突破」だと語ります。

「私たちの地域(岩手県北上市)では、春の作業期間がとても短いんです。田植えができる適期は、5月のゴールデンウィークから下旬までの約25日間しかありません。現状の機械スペックと人員では、移植栽培でこなせるのは250ヘクタールが限界。そのため、作業時間を大幅に短縮できる乾田直播の導入は不可欠でした」(清水さん)
清水さんの言葉からは、乾田直播は単なる効率化だけでなく、経営規模の限界を突破するための技術であることも裏付けています。
多収・高収益化への挑戦。品種選びと畑作物の導入
省力化で浮いた時間を使い、いかに収益を高めるか。フォーラムでは、そのための具体的な「品種」と「作物」も紹介されました。
多収をサポート。水稲品種「にじのきらめき」
まず注目すべきは、農研機構が育成した水稲品種「にじのきらめき」です。
登壇した塚本心一郎さんによると、この品種は短稈(たんかん:背が低いこと)で倒伏に強いため、肥料を多く与えて収量を増やす「多肥栽培」に向いているとのこと。乾田直播でも栽培しやすいことに加え、食味もコシヒカリと同等の極良食味を持つことから、作付面積も拡大しています。

温暖化を利用した「再生二期作」
また、気候変動を逆手に取る技術として中野洋さんから紹介されたのが「再生二期作」です。
これは温暖化による生育期間の長期化を利用し、1回の田植えで2回収穫するというもの。1回目を8月に早期収穫し、その切り株から生えてくる「ひこばえ」を育てて秋にもう一度収穫します。ポイントは、1回目の刈り取り位置を地際から40センチ程度の「高刈り」にすること。これにより株に栄養を残し、2回目の収量を確保します。田植えコストをかけずに増収を狙える、画期的な技術です。

タマネギの生産力を後押しする「タマネギ直播栽培」
さらに水田を転換した畑での高収益作物として、株式会社クボタの菊池昌彦さんより「タマネギの直播栽培」が提案されました。
タマネギは輸入の依存度が高く、国産化の余地が大きい作物ですが、育苗や定植の手間が課題でした。そこでクボタは、農研機構とJA全農と連携し、改良を重ね、タマネギ直播機を製品化。「畝立て」と同時に、発芽の安定につながる播種位置の「溝成型」と、根の伸長を促す「リン酸肥料」を種子の直下に施肥する技術により、初期生育を安定させ、直播での高収益化をサポートします。

現場の声:輪作によるリスク分散
こうした多様な作物を組み合わせる「輪作」の重要性について、茨城県境町で水田・麦・大豆・飼料用トウモロコシの輪作を実践する、株式会社クローバーファームの高橋大希さんは、経営的な視点からこう語ります。

「うちでは『水張り5年ルール(5年に一度は水稲を作付けする交付金要件)』への対応はもちろんですが、それ以上に、契約栽培している麦や大豆、トウモロコシの収量を落とさないために乾田直播を選択しています。米価が変動したり、気候リスクが高まる中で、単一作物に頼るのは危険です。複数の作物を組み合わせる『輪作』こそが、経営を安定させるために不可欠だと考えています」(高橋さん)
高橋氏の言葉からは、経営リスクを分散し、トータルの収益を最大化するための攻めの戦略として輪作を取り入れていることが伝わってきます。
スマート農業で実現する「大豆の安定生産」と「人材育成」
輪作の要となる大豆栽培においても、新たな技術が登場しています。
農研機構の高橋智紀さんと松尾直樹さんより紹介されたのは、大豆栽培の二大リスクである「湿害」と「干ばつ」への対策技術です。
圃場の水たまりを防ぐ。「ディスク式高速一工程播種法」
湿害対策の切り札として紹介されたのが、「ディスク式高速一工程播種法」です。この方法で使用する播種機は、耕うんから種まきまでを一度にこなせるうえ、通り道に排水用の溝も作ってくれる優れもの。大雨が降っても水が溝へと流れるため、湿害のリスクを回避できる仕組みです。
「雨上がりでも従来より早く田んぼに入れる」「作業速度が速い」というメリットから、天候不順な年でも心強い播種方法です。

干ばつにいち早く対処。「灌水支援システム」
一方、干ばつ対策で紹介されたのは、「灌水(かんすい)支援システム」です。気象データと土壌情報を組み合わせ、大豆が乾燥ストレスを受けるタイミングを予測してアラートで通知。この「データの見える化」により、最適なタイミングで水やりや暗渠(あんきょ)の栓を閉じる処置ができ、乾燥による収量ダウンを未然に防ぎます。

現場の声:データは「人」を育てるためにある
こうしたスマート農業技術やデータ活用は、単に作物を育てるためだけのものではありません。「人を育てる」ためのツールとしても活用されています。
建設業から脱サラして就農した、新潟県の有限会社アシスト21の木村清隆さんは、他産業出身者ならではの視点でこう語ります。

「農業界に入って最初にぶつかった壁は、『これはもう経験値でしか分からないよ』などといった指導でした。これでは若手は育たないし、自分も納得して働けないと感じました」
そこで木村氏は、スマート農機から得られるデータや作業記録を活用し、マニュアル化を進めます。
「なぜこの作業が必要なのか、どうすればうまくいくのかなどを話す時は、経験や勘ではなく、数字と論理で説明できるようにしています。そうすることで、経験の浅いスタッフでも納得して動けますし、誰でも一定のレベルで作業ができる環境を作ることができると思っています」(木村さん)
特定の人しかできなかった作業を、誰でもできるように変えていく。木村さんの取り組みは、スマート農業の本当の価値を教えてくれます。
農業の土台は地域と人。技術よりも大切なマインドセット
フォーラムの終盤、パネリスト全員が口をそろえて話したのは「技術はあくまでツールであり、農業の土台は『地域』と『人』にある」という本質的な視点でした。
環境に配慮した農業にもいち早く取り組み、乾田直播も導入する有限会社フクハラファームの福原昭一さんは、技術以前の「マインドセット」の重要性を強調します。

「大事なのは地域との共存です。草刈りや水路の管理など、地味な作業をコツコツと続けること。そうした活動が地域からの信頼を育み、結果的に農地の集約や効率的な乾田直播の導入につながっていくんです」
どれだけ最新の機械を入れても、地域社会の中で信頼されなければ、大規模経営は成り立たない。福原さんの言葉は、技術革新が進む今だからこそ、農業の原点である「地域とのつながり」を見失ってはいけないというメッセージです。
考える農業と基礎の徹底
西部開発農産の清水さんは、これからの農業が目指すべき未来について、力強く語りました。
「私たちは、農業を他産業に負けない強い産業にしていかなければなりません。そのためにはただ作業をするだけでなく、『考える農業』を実践すること。そして何より、基本技術を徹底すること。これが一丁目一番地です」
最新技術を使いこなしながらも、基本をおろそかにせず地域と共に歩む姿勢が、現代の農業には欠かせない要素です。
まとめ

本フォーラムを通じて見えてきたのは、乾田直播による省力化で、新たな時間が生まれるということです。その時間を「多収化」や「人材育成」、そして「地域活動」へ投資する好循環こそが、収益向上と持続可能な経営のカギとなります。
農研機構は今後、これらの技術をパッケージ化し、遠隔営農支援なども含めて普及を加速させていく方針です。
まずは自分たちの課題が「労働力不足」にあるのか、「収益性」にあるのかを見極め、使える技術から取り入れてみてはいかがでしょうか。その一歩が、農業経営を次のステージへと押し上げるはずです。
【取材協力】
農研機構:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構

















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