2023年5月に「まちびらき」を行った茨城県常総市の「アグリサイエンスバレー常総」。戸田建設株式会社(社長:大谷清介)は、本プロジェクトを自治体・地域の方々と共に推進しています。地域課題を解決するため、掲げたテーマは・・「農業の6次産業化」。開発エリア内に、1次産業である農業、製造加工を担う2次産業、流通・販売を担う3次産業を集積させ、6次産業化を実現させました。
農業の活性化を図りながら地域の賑わいも生み出す本事業の始動背景や裏側について、本プロジェクトを統括した地域価値創生部長 飯田勝に聞きました。
◆「開発して終わり」ではない、そのあとも携われる事業に取り組みたかった
――農業6次産業化による地方創生事業「アグリサイエンスバレー常総」の構想は、どういった経緯で生まれたのでしょうか。
きっかけは、2014年に常総市が行った公募です。インターチェンジができる周囲の開発をしたいという市の長年の想いを受けて行われた公募でしたが、この周囲の土地というのが農振農用地という開発ハードルが非常に高いエリアとなっているのが自治体にとっての課題でした。その壁をクリアするため、事業者を募集するに至ったと聞いています。
戸田建設は、長らく区画整理事業という開発系の事業を手掛けてまいりました。これは活用できる宅地を作り出す開発事業ですが、案件によっては農地を宅地転換し、開発するという事もあります。そうした事業を続ける一方で、日本の農業の将来を考え、いつか農地を活性化する事業に取り組みたいという想いも抱いていました。常総市の構想と公募は、当社が挑戦したいことと合致しており、応募に踏み切ったのです。
ただ、農地の活性化を目指すとはいえ、農業だけのことを考えればいいというわけでもないだろうというのが当社の考えでした。地域の将来を考えると、農業だけでは難しいだろうと。そこで、農業を活かしつつ、そこに連動する2次産業3次産業を組み合わせることで、地域全体を盛り上げられる6次産業化を意識したご提案をしました。
あとは、自治体側のボトルネックになっていた農振農用地の開発ハードルですね。この難しさについては、当社も区画整理事業を行うなかで十分承知しておりましたので、どういった構想を立てれば農水省の理解を得られるかの知見がありました。区画整理事業で培った経験を役立てられたのではないかと思います。
――審査により、事業協力者となることが決まりました。その後、どのように進めていかれたのでしょうか。
最初に行ったのは、常総市と地域の地権者の方々による組織、戸田建設との官民連携協定の締結です。この協定により、3者が一緒にまちづくりを考えていく組織が生まれました。この関係性をベースに、どのエリアで何をやればいいのかを協議し、決めていったという流れです。
――地権者の方々は、この構想に前向きだったのでしょうか。
前向きな気持ちよりも不安のほうが大きかっただろうと思います。公募の段階ではどの企業に決まるかもわかりませんし、その後どういったことをすることになるのかもわからないわけですから、「どうなってしまうのだろう」という気持ちが強かったでしょう。ですのでまずは打ち合わせを重ねるなかで信頼を獲得していき官民連携協定を結び、具体的な打ち合わせに移っていったという流れでした。
――6次産業化は、当時からメジャーだったのでしょうか。
当時からすでに農水省が「6次産業化を目指す」と発信もされており、言葉と定義は存在していました。ただ、農水省の指す6次産業化は、あくまでもひとつの農業企業や農家の方が自ら加工製造、販売するという「個々で完結する6次産業化」の提唱だったんです。そのため、今回のプロジェクトのように外部の企業が加わり、複数の関係者が連携して6次産業をやろうという取り組みは当時まだ具体例がなかったのではないかと思います。
◆自ら農業を実践。苦労を知ることで、より良いアイディアの創出につながった
――具体的な話し合いに移ったあと、どのような提案をされましたか?
6次産業化を目指すこと、そのために必要な要素については当初から訴えてきました。ただ、「6次産業だからこれをしなければ」ではなく、「我々が目指すべきまちはどういうものなのか。将来どうなっていたらいいのか」という方向から話を進め、その結果が6次産業のまちだという伝え方をしています。
――6次産業は、あくまでもまちづくりの手段だということですね。
その通りです。
――目指すべきまちづくりについての目線合わせは、どのように進めていったのでしょうか。
まずは「6次産業化によって地域の農業を活性化させましょう」という根幹となるコンセプトは明確にしました。その上で「こういうことをやったら企業が来てくれますよね」ですとか、「こういうお店ができれば、お客さんが集まってきますよね」など、わかりやすい目線でご提示しました。そこからディスカッションを繰り返し、構想を固めていった形です。
――事業を開始した直後、常総市は関東・東北豪雨による鬼怒川の堤防決壊による水害を受けました。この被害による影響はありませんでしたか?
地権者側は不安だったようです。地域がすべて水浸し状態になってしまったので、「戸田建設が撤退してしまうのでは」と思われていたとお聞きしています。
ただ、当社としましては、水害が起きたからといって事業への想いが変わることはなく、むしろ「こういうときだからこそ、地域のためにできることをしましょう」と迷うことなくトップが判断したんです。
また、開発を始める前の被災だったため、計画時に防災の観点を盛り込みました。道の駅が結果的に2階建てになったのも、いざというときに避難場所として使えることを想定してのことです。
――2017年には、TODA農房という実証研究施設を設立しました。戸田建設が自ら農業に取り組もうとした理由は何だったのでしょうか。
もともと、本事業に参画した際に、農業にチャレンジしてみたいというアイディア自体はあったんです。ただ、それが具体化な動きにはなっていませんでした。今回、事業協力者になったことで農業の6次産業化というテーマでいろいろとお話をしていると、農業についてわかっているようでわかっていないという実感が非常に大きかったんですね。そのため、自分たちでもやってみようとスタートしました。
TODA農房で栽培したイチゴ
目的の1つは自分たちが農業を知ることですが、もう1つの目的は我々がこの事業で目指すべき農業である大規模施設園芸、つまり立派なハウス栽培というものを地域の方に見ていただき理解してもらいたいということでした。その想いでイチゴの栽培を始めました。
――始めてみた感想はいかがですか?
地権者の方々とコミュニケーションが取りやすくなりました。地権者には農家の方が多く、これまでは「農業6次産業化といっても、戸田建設さんは農業のことは何もご存知ないでしょう?」と思われてしまうこともあったかと思います。自分たちで取り組み始めたことで、想像以上の大変さを知り、「こういうところが大変ですよね」とリアルな感想が言えるようになったのは、関係性の構築をしていく上でも大きかったなと思います。
――どういったところが想像できていなかった大変さでしたか?
環境を整備できるハウス栽培であっても、マニュアル通りにすれば同じものができるわけではないということですね。外気温や日照時間の変化で味がこんなにも変わるものなのかと思いました。そして、「これだけ大変な想いをして作ってもこれだけの値段でしか売れないのか」というビジネス的な大変さですね。身をもって体験したことで、農業に携わる方の収入にまで踏み込んで意見交換ができるようになりました。農業で事業を成り立たせる難しさを本当に実感できたのは大きな意味があったかなと。
――ジェラート店も展開していますが、「栽培した農作物を販売するだけでは事業収支的に難しい」という実感から生まれたアイディアなのでしょうか。
SENDA BANDA
そうですね。何か加工して付加価値を付けることで、きちんと利益を得られる値段で売ることができると考えました。最初はいちごジャムやフレーバーティーを作ってみたのですが、これらもそんなに売れるものではなく、もっと大量に販売でき、気軽に買ってもらえるものとしてジェラートを選んだんです。せっかくTSUTAYAという商業施設をつくるので、そのなかに店舗を作り、直接お客さんに売ろうと。
――今お話が出た商業施設を含め、アグリサイエンスバレー常総として作った施設についてもお聞きしたいです。
初期構想から集客施設を作りたいと考えていました。道の駅だけだとどうしても集客力が弱いため、連携できる商業施設を作り、広い地域からお客さんを呼べるようにしようと。せっかくやるのであれば、戸田建設としてもBtoCビジネスにチャレンジしていこうということで、いろいろと構想を練り、最終的に商業施設「TSUTAYA BOOKSTORE 常総インターチェンジ」、温浴施設「常総ONSEN&SAUNA お湯むすび」の2つを作り、道の駅と合わせて3つの施設が連携して商業エリアを構成するという立て付けにしました。
TSUTAYA BOOKSTORE 常総インターチェンジ 外観
TSUTAYA BOOKSTORE内観
常総ONSEN&SAUNA お湯むすび(関東最大級のホール型サウナ)
温浴施設に関しては社内でもいろいろな意見があり、反対意見もあったのですが、私のなかに「ありきたりなものを作っても仕方がない」というこだわりがあり、つくることにしたものです。道の駅と同じ客層だけを狙うのは違うなと思いましたし、来られる方の時間帯も、道の駅は朝から夕方までと限られるため、ここを施設ごとに少しずつ変えていったほうが近所の方、関東近郊の方と幅広い集客につながるのではないかと考えたんです。温浴施設は、少し遠方の方に来ていただきたいという狙いでつくった施設ですね。
道の駅以外の2施設に関しては、戸田建設がオーナーとなり、グループ会社である東和観光開発が運営を担っています。
――事業を進めるなかで、どのようなハードルがありましたか?
土地区画整理の事業認可を得ること、つまり農振農用地の開発を行うためにクリアしなければならない法的規制をどうするのか、これらが一番のハードルでした。
あとは企業誘致ですね。それぞれ、ポイントが違うハードルだったかなと思います。1つ目のハードルは地道な説明により乗り越え、2つ目のハードルは私たちの想いに共感してくれる企業に出会えたことで乗り越えられました。
◆1年目の来場者数は目標の2倍以上。雇用にもすでに大きな効果が
――アグリサイエンスバレー常総は、2023年5月にまちびらきを迎えました。現時点でどのような効果が見えてきていますか?
アグリサイエンスバレー常総 まちびらきセレモニーの様子
いくつも見えてきていますね。今回の狙いのうちの1つは雇用の創出で、農業が3社、物流も2社(3施設)、商業施設も3拠点と大規模な開発となり、最終的に2,000人の雇用が生まれる計算なんです。すでに正社員、パートを含め1,000人の雇用が生まれており、地域の方に対して大きな貢献ができているのかなと思います。
もう1つは関係人口の増加です。もともと、年間60万人の方に来ていただきたいと言っていた目標を100万人に引き上げてスタートさせたのですが、ふたを開けてみると220万人以上の方に来ていただけ、相当な効果があったと感じています。かなりの賑わいを見せていてうれしいです。
――自治体、地域の方から何かお声はありますか?
常総市長さんからは「これまでなかった『常総市といえばこれ』ができた」と喜んでいただきました。これまでは、他県にあるものを「常総といえば」と誤認されることがあったほどらしく、それが「アグリサイエンスバレーがあるところですよね」と言っていただけるようになったと。地域の方からは、「まさか地元にこんな施設ができるとは思わなかった」とおっしゃっていただけています。「子どもたちが帰省したときに孫を連れていく場所がなかったから、いい場所ができてうれしい」というご感想もいただきました。
――まちびらきをした2023年には、プラチナ大賞で大賞である総務大臣賞も受賞しました。
実は数年前にも一度申し込んでみたものの、当時はまだ形になっていなかったことから、努力賞のような賞をいただいたことがあるんです。今回、まちびらきを終えたタイミングで大賞をいただけたことは大変うれしく、常総市の方、地権者の方とも喜びを分かち合いました。
常総市の方曰く、全国の自治体からの問い合わせが増えているそうです。市役所で働く方たちのエンゲージメント向上にもつながっているらしく、うれしく思いますね。
――現在の状況、今後の展開についてはいかがですか?
まちびらきが終わり、温浴施設もオープンし、3棟目の物流施設も稼働を始めました。2025年度中には農業施設も完成し、今後市でつくる公園以外の施設は一通り完成間近です。
今後は、TSUTAYA BOOKSTOREと温浴施設の運営を軌道に乗せるのが会社としての役割ですね。一般的なゼネコンの役割のように「つくって終わり」ではなく、これを起点として地域と連携し盛り上げていくことが、常総での取り組みの目的であり使命です。これからも地域の方たちと共生しながら盛り上げていきたいですね。
事業の歩み
◆「常総モデル」を活かし、他の地域課題の解決にも寄与したい
――戸田建設として、アグリサイエンスバレー常総の取り組みによる変化はありますか?
こうした取り組みは対外的なPRにもつながるんだなと感じています。人事からは学生が関心を示すことが多いと聞いていまして、採用面にも良い影響が出てくるかもしれません。
一方で、社内の認知はまだまだだと感じます。具体的な事業内容を伝えた社員からは、「うちの会社ってこういうこともできるんだ」と言ってもらえているので、新しい事業領域を伝えるきっかけとして、社内への周知も進めていきたいですね。
――アグリサイエンスバレー常総以外に、地域創生・地域課題解決に向けた取り組みを行う予定はありますか?会社としての今後の展望を教えてください。
アグリサイエンスバレー常総への注目から、当社にも企業や自治体から視察や相談の申し込みを日々いただいています。常総市のような課題は全国各地にあり、常総市での取り組みをモデルとし、他の地域にも活かして役立てていけたらと思っています。ただ、課題は地域によって異なるため、必ずしも常総モデルをそのまま展開しなくても良いとは思っています。
そもそもすべての地域で6次産業化を選ぶ必要もないと思っています。共通キーワードとなるのは「地域創生」で、何か地域課題の解決で手伝えることがあれば、ぜひグループとして担える役割を果たしていきたいです。
こうした取り組みを進めるには、コンサル的な役回りも必要となります。すでにメンバーは半分コンサル的な動きをしており、お悩み相談を受けています。具体的に事業を始める何段階も前から意見交換を行い、解決策を見出すお手伝いができるのが当社の強みとなるでしょう。すでに、具体化できそうな取り組みも出てきています。
今後も、地域課題の解決に寄与できる会社として、挑戦を続けていきたいです。