スーパーフードといわれているテンペをご存知でしょうか。大豆を発酵させて作るインドネシアの伝統食品で、美容と健康によく、しかもおいしいと注目を集めています。その魅力にいち早く注目し、生産してきた農家がいます。神奈川県相模原市の田中英之(たなかひでゆき)さんです。田中さんを知る人は「テンペの田中さん」と呼びます。
田中さんのテンペは、販売のほぼすべてがSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)経由の個人通販や、マルシェでの直販です。今季(2017年8月取材時点)はすでに商品が完売しているほど、人気とのこと。口コミで多くのファンを集めるためのコツをうかがいました。
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テンペとの出会い
田中さんが手がける「テンペ」は、インドネシア発祥の発酵食品です。ゆでた大豆をこうじの一種「テンペ菌」で無塩発酵させて作ります。製造過程が納豆と似ているため「インドネシアの納豆」と呼ばれることもありますが、クセやにおいはなく、食べやすいのが特長。たんぱく質、ビタミンB群を多く含み、日本だけでなく欧米でも注目を集めています。
田中さんは、自ら運営する神奈川県相模原市津久井のLOCO’S FARM(ロコスファーム)で大豆を自然栽培し、収穫した大豆を100%使ったテンペ「Soy dish」(ソイディッシュ)を生産。主にSNSを通じて、個人通販で販売しています。
田中さんがテンペと出会ったのは5年前、大豆の栽培を始めた年でした。「長野県安曇野市の友人宅で食べたのが、最初の出会いです。テンペとは知らずに食べて、あまりのおいしさに感動しました」。
「自分が作った大豆を使ってテンペを作りたい」と決意した田中さんは、その足でテンペ工場へ向かい、交渉を開始。LOCO’S FARM産大豆でのテンペを作ってもらえることになりました。「自分の大豆で初めて作ったテンペが、これまたおいしかった。これはいける、と確信しました」。
商品化の最初のハードル
オリジナルのテンペを作ることに成功した田中さんですが、商品化に当たっては、問題が立ちはだかります。当時はテンペの知名度が低く、知っている人の間では「においがきつい」などのマイナスイメージが大きかったのです。「健康に良い」とテンペがメディアに取り上げられることはあるものの、人々の間に定着することなく消えていく、ということを繰り返していました。
「当時のテンペは発酵臭がきつく、おいしくなかった。特に本場・インドネシアから直輸入されたものは、日本人の舌には合わない。結果、栄養価は高いけれど食べにくいもの、と思われていた」。
テンペ作りを決めた田中さんの周囲でも、「どうやって売るの?」「食べ方がわからない」などの声が多かったと言います。
テンペの魅力を伝える試食会「テンペ会」
おいしいものを作っただけでは売れない、ということを実感した田中さん。少しでも多くの人にテンペの魅力を知ってもらうための活動を始めます。その一つが、今も続く人気のワークショップ「テンペ会」でした。レストランでテンペを使った料理を味わいながら、テンペを知ってもらおうという試みです。
「僕はテンペを提供して、料理はレストランにお任せしています。料理を中心にお客さんと生産者、料理人とのコミュニケーションが生まれるのが楽しいんです」。
本場インドネシアでは、テンペは揚げたり炒めたりして食べることが多いそうです。しかし、クセがなくほのかな甘みを感じる食味は和・洋・中を問わず、さまざまなアレンジが可能で、イベント毎、参加レストラン毎にテンペのメニューは変わります。
生産者である田中さんの話を聞きながら、テンペのフルコースを味わうこのイベントは、大好評を博しています。このテンペ会によって、これまでの「おいしくない」というイメージは覆り、「テンペはおいしくて身体にいい」という認識が、少しずつ広がっていきました。
フォトジェニックな写真でフォロワーを増やす
関東で開催するテンペ会と並行して、田中さんはSNS上での情報発信にも力を注ぎます。Facebook(フェイスブック)、Instagram(インスタグラム)、Twitter(ツイッター)などを活用し、畑の様子や、参加したイベントの模様を投稿していきました。もちろん、テンペ会で振る舞われたメニューの写真も紹介します。
スタイリッシュな写真と、生産者からのリアルタイムな情報発信は、ナチュラルフードに関心の高い多くの人の注目を集めました。「関心を持ってもらうためには、健康、おいしい、だけでは伝わらない。クール、カッコいい、というプラスアルファが必要だと思いました」。
田中さんの投稿は数多くの人にシェアされ、口コミが広がっていきます。「テンペを使って料理してみた」という投稿や、テンペ料理を出している飲食店の記事を積極的にシェアすることによって、新たなつながりが生まれることもありました。
気づけば、Locos farmのSNSすべてを合わせたフォロワー数は2,000人に迫り、テンペの販売のほとんどが、SNS経由での個人通販で賄えるようになっていました。当初は知り合いのレストランを中心に開催していたテンペ会も、今では知らない店からオファーが来るほど人気のイベントに成長していったのです。
見た目やネーミングにもこだわったブランド戦略
田中さんがもうひとつ、力を入れているのがブランディングです。商品化に当たって、「テンペ」というなじみのない名前ではなく「Soy Dish」というわかりやすく、キャッチ―なブランド名を新たに作りました。
パッケージデザインについては、友人と共に一からこだわって作ったと言います。おしゃれなデザインは、特に女性に好評で、SNSとも好相性。このブランディング戦略が功を奏し、「田中さんのテンペ」は、食に関して関心の高い人たちの間で広く認知されるようになっていったのです。
商品を作るだけじゃない、プロデュースまでが農家の仕事
「百姓、というのは文字通り、百の仕事をこなす人という意味です。昔なら家を建てたり道具を作ったりすることも百姓の仕事のうちでした。だから、商品を作るだけではなく、SNSを使ったりパッケージデザインを考えたりするのも、今風の百姓の仕事のうちだと思っているんです」。
テンペを通じて、安全でおいしく、カッコいい食のライフスタイルを提案する田中さん。感性を生かした新しい農家のあり方として、これからも注目を集めていきそうです。
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Locos farm
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写真提供:LOCO’S FARM