杉本ばら園に必要なのは経営的視点
大学生のときからバラ栽培の仕事をはじめたそうですね。
大学に進学する当時、バブルが崩壊して、うちも経営的に厳しい時だったんです。そのタイミングで台風の直撃を受けてハウスが倒壊し、立て直すのに莫大な借金を背負いました。
バラ園の人手も足りず、手伝ってくれないと困ると親に言われましたが、これからの時代、経営の勉強をしておかないとダメだと感じ、経営学部に入学し夜学に通いました。朝から夕方までバラ園で働いた後、2時間かけて大学に行き、夜中に帰宅するという学生生活を送り、卒業後はそのままバラ園に就農することになったんです。
経営学部を選ぶ時点で、家業のバラ園を継ぐことを意識されていたんですね。
そうですね。「継ぎたい」というより、「自分が継いでバラ園を維持しなければ」という使命感のほうが強かったように感じますね。
農学部ではなく、経営学部という選択もおもしろいですね。
私が高校生のころだと思うのですが、バラ栽培の主流が、土壌栽培から液肥を使ったロックウール栽培(※)に移行したんです。この栽培方法で技術のシステム化が進んだので、豊かな土壌作りに欠かせない微生物などの研究を行うよりも、経営を学んだほうがいいと考えました。
私が一からバラ園をはじめるなら、栽培の基礎知識を学ぶ必要があるのですが、幸いなことに先代である父も母もずっとバラ栽培をしてきました。これからの杉本ばら園にプラスするなら経営的な視点だと思い、自分がそれを学ばなければと思ったんです。
もともと私自身がマーケティングに興味があったことも理由の一つですね。
(※)ロックウール栽培:水耕栽培に使われる固形培地の1つ。根をしっかり支え、土栽培より多くの収穫が望めるとされる。
先代の柔軟な発想を支えて発展させるのが2代目の役割
2011年に2代目としてバラ園の代表になりましたが、いかがですか。
父と私は経営に対するタイプが正反対。父は、思い切りがよくて行動力があります。日本で未発売のバラと聞けば真っ先に栽培をはじめたり、機械の設備も自分がいいと思えば採算度外視で購入します。一方、私は堅実派です。父が広げた大風呂敷を、私がきれいに畳んでいき、違う形にして送り出す、そんな形で杉本ばら園を運営しています。
今ではうちのメーン商材の一つになっている、イギリスのバラ育苗家デビッド・オースチン氏によって作出された「イングリッシュローズ」の導入も父が最初に飛びついたのですが、私は当初反対をしていました。当時は、イングリッシュローズに代表されるカップ咲き(※1)やロゼット咲き(※2)のバラが人気でしたが、大変デリケートな品種であったため、高温多湿な日本で育てるには、かなりのリスクを負わなければならないと感じていました。導入にあたって二人でケンカしたのを思い出しますね。
(※1)カップ咲き:カップを形どったような丸みを帯びており、中央の花弁が開く花型。
(※2)ロゼット咲き:たくさんの花弁が密集し、花の中心から放射状に花弁が開き平らな形となる花形。
イングリッシュローズの導入は先代のひと声がきっかけだったんですね。
そうです。父の強い気持ちに私もやってみようと思うようになり、2010年から栽培に取り組みました。イングリッシュローズは、カップ咲きやロゼット咲きに代表されるオールドローズ(※1)と、現代バラであるモダンローズ(※2)を交配させたバラの最高傑作とも言える品種です。栽培はデビッド・オースチン社と契約した生産者しか育てることが許されていません。日本では、うちを含めて2社のみです。
(※1)オールドローズ:ヨーロッパで栽培されてきた古くからあるバラの園芸品種。1867年にフランスの育種家ギヨーにより作出された、完全四季咲き性(生育期間中にある一定の気温以上であれば必ず開花する性質)を持つバラ「ラ・フランス」登場以前に作られた、一季咲き性などのバラの系統を指す。
(※2)モダンローズ:「ラ・フランス」登場以降に作られた完全四季咲き性などのバラの系統を指す。
バラ好きが憧れるバラ、イングリッシュローズの栽培の反響はいかがでしたか。
当初は苦戦しました。うちのバラ園は滋賀県にあるので、それまでは主に関西圏の市場に出荷していました。イングリッシュローズは、大輪で花びらの枚数も多く、咲きはじめると開花が早い。ほかのバラとは見た目の個性も違ったし、開花が早いため花持ちしないと受け取られることもあり、当時の関西市場では思い描いたような評価は得られなかったんです。
どのような対策をしたのですか。
特別なバラですし、販売先を変えたら可能性があるかもしれないと思い、一部を試験的に東京の市場に出してみました。すると、「日本で希少なバラで、しかも美しい」と高い評価をいただきました。それが2012年のことです。それから、東京の市場にも本格的に出荷しはじめました。
関西と関東 それぞれの市場ニーズに合わせた品種を出荷
東京進出は、わずか5年前なんですね。
2005年頃までの花業界は、市場の掛け持ちは何となくタブーとされていたんです。しかしここ10年から15年ほどの間にバラの品種が急激に増えて、消費者の好みも多様化してきました。流行の切り替わりも早く、そのような背景の中、地域によって求められる花も異なるようになってきたのです。関西では原色のバラが好まれ、どちらかと言えば、花屋で扱う日常使いの花持ちのよいバラを求められることが多いです。一方、東京はイベントなども多く、インパクトのある花が求められる傾向にあります。ですから、地域の好みを分析し、受け入れられる品種を選んで、適した地域に出荷するようにしていったんです。杉本ばら園では、店頭販売用品種、ブライダル用品種、イングリッシュローズなどの高付加価値品種の3つにバラを分類し、それぞれどの市場に出荷するかを決める役割を私が担っています。
卸す市場を品種によって分けることは、他の生産者もされていることですか。
個人の生産者では、まだあまりないと思います。うちで栽培しているバラで言えばイングリッシュローズのほか、グリーンアイス、フェアビアンカも関西ではそれほど人気がないんですが、東京ではブライダルなどに欠かせないバラとして評価が高いです。特定の品種を、どこの市場で売りたいのかを明確にして出荷するようになったのは、イングリッシュローズの東京進出が大きなきっかけでした。
バラの魅力をたくさんの人に伝えていきたい
イングリッシュローズの日本語のカタログを制作されたそうですね。
イングリッシュローズを扱うデビッド・オースチン社はイギリスに本社があります。切り花品種は11種あるのですが、パンフレットやホームページなど資料はすべて英語なので、その存在を日本で知ってもらうのが大変です。イングリッシュローズを栽培しているのは国内で2社のみなので、自分が動かなければ何もはじまりません。イングリッシュローズという新しいブランドのバラを、日本に広めるのも終わらせるのも、自分次第です。であれば、本気で取り組んでみようと思ったのです。
クラウドファンディングでホームページ制作も行ったそうですね。
はい。これもイングリッシュローズを広める活動の一つなのですが、2016年の秋まで、杉本ばら園のホームページはなかったんです。バラの魅力を伝えるホームグラウンドとも言えるホームページを作るため、制作の資金を集めようとクラウドファンディングを思いつきました。
自社のホームページ制作のためだけではなく、滋賀県ならではの自然や文化を活かした事業を全国に発信する人を支援する「近江商人再生プロジェクト」を企画して、クラウドファンディング運営会社に提案しました。それが採用され、プロジェクト第1回目の支援希望者として、杉本ばら園を取り上げてもらいました。その結果、資金目標額を達成することができ、ホームページが出来上がりました。
今後の展望を教えてください。
ホームページは出来ましたが、イングリッシュローズをはじめ、様々なバラの情報発信を行い、コンテンツを充実させていくのはこれからです。イングリッシュローズの知名度を上げるための活動も、引き続き取り組んでいきます。将来的には、バラを通じて人と人が交流できるような試みをしたいと思っています。バラ園見学をはじめ、一般の方にバラ園に遊びにきてもらって、実際にバラに触れてもらい、香りだったり、咲き進む姿だったり、バラの魅力を体感してもらいたいです。バラを飾ることの喜びを知ってもらえたらうれしいです。
現在、私が営業に力を入れたり、夢を思い描けるのも、バラ園で毎日バラを作ってくれる両親やスタッフがいるお陰です。手を抜かず、いいバラを作る。すべての活動は、ここからはじまると思っています。
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