フランス仕込みのワイン作り
「ドメーヌ ミエ・イケノ」があるのは山梨県と長野県の県境にある北杜市・小淵沢町。八ヶ岳南麓に位置し日照時間が日本でもトップクラスで寒暖差のあるブドウ栽培に適した地域です。ブドウ畑は、3.6ヘクタール。およそ6,300本のワイン用ブドウが植えられ、畑のすぐ横に醸造所が併設されています。
栽培しているワイン用ブドウは、ヨーロッパ系品種のシャルドネ、ピノ・ノワール、メルローの3種類。すべて手作業で栽培・収穫したブドウは、敷地内の醸造所で仕込みます。畑と醸造所が至近距離にあるのは、「ドメーヌ ミエ・イケノ」最大の特長。ブドウを酸化から守りながらより新鮮にワインを醸すことができるのです。
ドメーヌとは、ブドウ栽培から醸造・瓶詰めまで一貫して行うワイン生産者のこと。代表の池野美映(いけのみえ)さんはフランス国立モンペリエ大学D.N.O.(フランス国家資格ワイン醸造士取得コース)にて植物生理学や土壌学、微生物学、栽培技術、ワイン醸造学、応用工学などワイナリー設立に必要な30近くの科目を学び2005年卒業。その後ブルゴーニュの複数のワイナリーで働きながらフランスと日本を行き来して、2007年に自社畑を開園しました。
その日その日に最善を尽くすブドウ作り
「八ヶ岳の自然がそのまま凝縮されたような、その年のブドウがそのままボトルに詰まったワインを作ること。」と語る池野さん。
理想のワインを作るために、ブドウ栽培からワイン醸造まで全ての工程を自ら行っています。ワイナリー立ち上げ当初から他の農家から一粒足りともブドウを買わず、自分の育てたブドウのみでワインを醸しています。実はこういったワイナリーは国内では非常に珍しい存在なのです。
春には不要な枝を伐採する剪定や、その年に伸びた枝をワイヤーに取り込む整枝、株間の草刈り、夏には葉や枝の付け根から出る芽の整理や傷んだ葉やブドウの除去、秋には粒単位の手入れや手摘みでの収穫、有機肥料作りに至るまで、5名ほどで全て手作業で行っています。
丁寧な作業といえば「土寄せ」も。これは、冬の凍害からブドウの木を守るため、木の根元に土を盛る作業のこと。さらに、保温チューブも巻くことでより凍害を防いでいます。6,300本の木1本ずつ土を盛ってチューブを巻き、春先にはそれを鍬でまた平らにならす作業は膨大な労力を必要とします。
ブドウの仕立て方も特長的です。枝が垂直に整列した「垣根栽培」を採用。食用ブドウの栽培は、枝を人の頭の高さで水平に伸ばす「棚栽培」が一般的ですが、ヨーロッパ式の垣根栽培では、一本のブドウからの収穫量が制限され、光合成量も上がり、ブドウの品質が飛躍的によくなります。
「クオリティの高いブドウを作るためには植物生理学に基づいた基礎的な知識も大切です。事前に作業の予定を組んで畑に向かいますが、空を見て天候が変わりそうだと感じたら、その場で作業内容を変更します。空を見て風を感じ、いつも次を考えながら畑にいます」。
それができるのは、エノログ※としての池野さんの堅実な知識があるからこそかもしれません。
(※国際的なワイン栽培・醸造技術国家資格者の通称)
ワイン醸造では、ブドウにできるだけ負荷をかけない工程を踏んでいます。収穫されたブドウは、醸造所の1階から地下1階にある醸造タンクに、さらに地下2階の樽に重力を利用して送られます。通常はポンプなどを使って人工的に移動させるのですが、自然落下の方が衝撃が少なく、ブドウの繊細な個性を失わず、素材そのものの味やアロマをそのままワインに詰め込むことができると思っています。だから仕込みしていても静かなんですよ」と、池野さんは言います。
人生の1ページが蘇るように
「ブドウは植えつけ後、7年で成木となりその後、30年から35年まで充実した果実や樹勢を保ちます。その後だんだんと一本になる房の数が減り、100年経つと2〜3房まで減少するんです。樹齢100年の古木だけで醸されたワインを南仏で味わう機会を得たんですが、なんともいえない滋味があったんです。含蓄があるというか、すべてを許容しているような包容力があって。ワインってすごいな、と心から思いましたね。私も時間とともにあるワインを作りたいと思った出来事でした」と、ブドウの木を横目に話す池野さん。
そしてワインに込めた想いがもう一つ。
「ブドウの木々は春の芽吹きから始まり、収穫の時期まで日々の自然を記憶しているんじゃないかと時々思うんです。一年が凝縮されているんですよね。だから天候に恵まれて果実味が豊かでボリュームがある年の私のワインに出会ったら『そういえば、あの夏は暑かったから何度もみんなで海に行ったよね。』とか、その年の記憶が自然に蘇ってくるようなワインがいいなと思っているんです。その方の人生に寄り添えるワインができたら幸せです」。
ブドウの木を、まるで自分の子どもや仲間のように語る姿が印象的な池野さん。これからも愛されるワイン作りを続けていかれることでしょう。