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自然に回帰する「新しい風」

自然に回帰する「新しい風」

2017年10月31日

かつて自然の恵みの宝庫であった霞ヶ浦は、高度成長期を経て、深刻な環境問題を抱える湖に変貌した。輝きを失いつつあった湖に美しさを取り戻す。アサザプロジェクトを通じて取り組んできた市民による再生活動は、確かな足跡を残して20年の時を刻んできた。2016年、活動は新展開を見せる。農業法人「新しい風さとやま」の設立。稲作を通じて、荒廃した谷津田を再生し、里山の風景と、美しい霞ヶ浦を再生する。彼らの起こす新しい風の行方は。

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命の湖・霞ヶ浦

里山
霞ヶ浦は日本で二番目に大きな湖。かつては水産物の恵みをもたらす宝庫だったが、高度成長期の工業化や都市化、それに伴う人口増加に応じた水資源の開発で、その様相は大きく変化した。護岸のためにコンクリートで固め、逆水門を整備して海と分断するなど、人の手が加わったことや、生活排水・工業排水の垂れ流し。あの時期に重なった環境に負荷をかけるできごとによって、連綿と続いてきた霞ヶ浦の自然環境は、ほんの数年で壊滅的なダメージを受けた。1970年代以降、水質汚染は深刻化し、夏は悪臭を放つアオコが大量発生する「汚れた湖」という印象が定着した。高度成長期の負の側面を背負った湖は、その輝きを失いつつあった。

広大な霞ヶ浦の再生に取り組む

里山
1980年代、条例や規制によって、一時、水質の改善が見られた霞ヶ浦だが、抜本的な浄化にはつながらず、再び汚染が進んだ。「霞ヶ浦の緩慢な死」という言葉が使われ始めた90年代半ばの1995年、市民活動の中からアサザプロジェクトが発足する。アサザは霞ヶ浦に生息する水草。春から秋にかけて黄色い花を咲かせ、人々の目を楽しませていた。以前は至る所で見られたが、アサザの芽が育つヨシ原の減少とともに、その姿が激減した。湖にアサザが育つ環境を取り戻す。アサザの育成をきっかけに発足したプロジェクトは、特定非営利活動法人アサザ基金が中心となって、農林水産業者、企業、学校、市民団体、行政機関などと連携し、霞ヶ浦の環境保全と地域振興に寄与してきた。
霞ヶ浦の再生を目的に、様々な組織と人が協働する活動は広範囲に拡がり、小中学校の学習連携から、農業と結びつくビジネスモデルの創造、新しい付加価値を持つ農産物や加工品の生産も手掛ける。
その一環ではじまった稲作は、企業のCSR活動と重なり、霞ヶ浦周辺の耕作放棄地となった田んぼの再生に一役買っている。できあがった米は、酒造会社や米菓子加工所などとのコラボレーションで、新たな地域ブランドの創出へと活動の幅を広げていく。
耕作放棄地での稲作は、アサザプロジェクトに異なる視点を与えた。霞ヶ浦の環境を改善するために必要なのは、湖の周辺環境も合わせて見る広い視野。プロジェクトが注目したのは、霞ヶ浦に流入する「水」だ。

水の道を守る 谷津田で米作り

里山
「新しい風さとやま」は2016年に設立した農業法人。代表の牧文一郎(まきぶんいちろう)さんと、取締役の安保満貴(あんぼみつたか)さんは「環境貢献型農業にチャレンジする」と声を揃える。湖に流入する「水」に着目し、アサザプロジェクトの稲作事業を発展させていく。
霞ヶ浦には56の流入河川がある。いずれも中小河川だが、それぞれ上流へとたどっていくと、大地の入り組んだ小さな谷に行き着く。かつて、そこには必ず谷津田と呼ばれる水田があった。谷津田は、水源地の湧き水を利用し、ミネラルが豊富な森の栄養分を充分に吸収した稲が育つ、地力を活かした良質な米が獲れる場所だった。
谷津田での稲作は、湖の富栄養化を促す窒素やリンを養分として稲が吸い上げることと、水田を手入れすることで湧き水を守ること。二つの点で湖の浄化にも良い影響を生んでいた。
霞ヶ浦流域に1,000ヶ所以上あると目される谷津田は、その立地条件から、大規模化、効率化が困難なため、耕作放棄地となるケースが多く、荒廃の一途をたどった。湧き水は途絶え、水源地が枯渇する。谷津田の減少は、霞ヶ浦が澱む一因となっていた。
「大規模効率化によるコストダウン。手間がかかることを切り捨てるのも、稲作農家にとって正しい選択のひとつ」。同社は、質の高い米の生産を通して、霞ヶ浦の水質改善と、生き物たちが集まる里山の風景の復活を目指す「環境貢献型農業」を活動の中心に据える。
「谷津田の周囲の自然豊かな森から湧く清らかな水と、森によって周囲からの農薬の飛散から守られた田んぼで、無農薬無化学肥料に徹する。水源地でしかできない高品質の米作りを行うことがさとやまのミッション」と使命感に燃える。
森に囲まれた谷津田は、ホタルやカエル、トンボとメダカ、サワガニなど、農薬や環境汚染に弱い生き物たちが集まる場所でもあった。食物連鎖は小さい生物がたくさん集まることから始まる。それから徐々に大きな生物が姿を現していく。「弱い生き物が元気に生息できる田んぼは、消費者の目に見える安心安全の姿」。安心と安全を証明するために、定期的に生物調査、水質調査を行い、その内容を購入者に伝えている。「成果が出た、生態系が復元できたと言える一つの指針は、猛禽類が現れること。今年はツバメが戻ってきた場所もあった」と牧さん。
「生き物たちに帰ってきてもらうことと、きれいな水を霞ヶ浦へ送る」。水の道を守るための手段に稲作を選んだ。

点から面へ 谷津田の再生

里山
「新しい風」のスタッフは、自分たちの取り組みを「里山農業」と呼ぶ。「人と多種多様な動植物が、自然の中で共生するのが里山の風景の一部。谷津田は里山の象徴だ」という思いの表れだ。
初年度となる2016年に2.5ヘクタールで始めた稲作は、17年は3.5ヘクタールとなった。2年目から耕作を始めた場所は、地元の人にも「良く探してきたな」と言われるほどの奥地の谷津田跡。一度、放棄された田の復元は困難を極める。「なぜ、そんなことを」との問いかけに答えても、納得は得がたい。それでも中には、大変なこと、無駄なのではないかと思われることに共感する若者もいる。地道に田んぼを増やしていくことで、活動開始から10年以内に、流域10地域で300ヘクタールを耕作するのを目標にしている。
目指す先にあるのは、選択と集中、部分最適化の大規模集約型ではない、小規模ネットワーク型の稲作。谷津田ひとつ一つは「点」でしかないが、一ヶ所ずつ谷津田を取り戻していって、面でつなぐこと。湖の水源地である谷津田から水辺までの谷全体を、無農薬、無化学肥料の耕作地とすることが霞ヶ浦の再生につながる。

新しい価値の提案

里山
谷津田から収穫した米は「さとやま米」と名づけて販売している。「安心と安全はもちろん、我々の理念を託した米を多くの人に届けたい」。
農業法人を立ち上げた理由の一つは、環境改善の取り組みから生まれた米を、市場に投入すること。「さとやま米」で、一般に流通する米と等しく競争することで「霞ヶ浦の環境改善」というメッセージを届ける狙いがあった。販売競争の中で、消費者は、自分が価値を感じたものを手に入れる。その判断はシビアだ。安心安全と食味に加え、水源地の保全と生物多様性への寄与という新しい価値を訴えていくことで、自然環境への「気付き」の輪を広げていく。市場に居続けるためにも、目の前の稲穂にかける手間と情熱は惜しまない。

未来に続くストーリー

その昔、谷津田にはトキが生息していた。
今、絶滅が危惧されるトキが100年後、谷津田の上を舞う。その姿を見ることができる現代人はおそらくいない。200年かかるかも知れない。霞ヶ浦とその周辺環境がどのように変化しているか。今の活動がどのような未来を描くのか。自分たちの目でそれを確認することはできない。牧さんは「だからこそ夢がある」と語る。
100年後、200年後の人々に、自分たちの活動を物語として届けたい。100年前、200年前に生きた人々の取り組みがトキを呼び戻したというストーリー。
その日に続く、今日、明日、これから。「さとやま」が手掛けるイノベーションが、霞ヶ浦に、新しい風をさわやかに送り込む。

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