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食べ物を分かち合うことでジブンゴト化する 「LURAの会」の取り組み

食べ物を分かち合うことでジブンゴト化する 「LURAの会」の取り組み

長野県伊那市にて、会員制・参加型の農業団体「LURA(ルーラ)の会」を運営する宇野俊輔(うのしゅんすけ)さん。開発途上国を支援する中で気づいた「食べ物を作ることの価値」とは。農業を生活の中に取り入れてもらうことで実現したい世界とは。その思いに迫りました。

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LURAの会

食べ物をつくるプロセスに関われるのが価値

LURAの会は、会員制・参加型の新しい形の農業プロジェクトです。LURAとはLinkage of Urban and Rural lives by Agricultureの略で「都市と田舎の暮らしを農業で繋ぐ」という意味が込められています。

会員の方は年会費を払って農作業を行い、できた野菜をみんなでシェアします。毎週一回の作業日には、参加できるメンバーが数名集まって一緒に農作業をします。作業をするときは、私や先輩メンバーが指導するので、初めての方でも安心です。実際、ほとんどの会員の方が、農業初心者でした。
LURAの会
LURAの会
会員は、伊那市を中心に近隣の地域や東京にいるメンバーも含めて50人ほどです。農作業や定期的に開催されるイベントを通して野菜づくりや、味噌や醤油づくりなどの加工を体験し、自分で食べる野菜の成長過程に関わることに価値を感じているという声を多く頂きます。

農家にとっては、会員制にすることで収入の安定につながるという価値があります。農家の収入は、通常その年の収穫量によって左右されますが、会費制なら毎年固定収入を見込めます。

参加する人にも農家にもメリットがあり、持続可能な農業を実現する一つの可能性があると考えています。
LURAの会

農業は暮らしを守る武器

私は、大学時代はエンジニアリングを学び、卒業後は建設コンサルタントとしてODAなどの開発途上国の都市計画に携わっていました。仕事にやりがいはあったのですが、ある漁港の開発計画に関わったときに、地域の漁師や住民ではなく政府や資本家のための計画になっていることに気づきました。その後、より地域に根ざした支援をするために、途上国のための自立をサポートする会社に転職し、農業に関わり始めました。

最初は、フィリピンのネグロス島で、山に自生しているバナナを日本に輸出する仕事に携わりました。無農薬のバナナを腐らせずに日本に運ぶために、様々な試行錯誤をしました。

ただ、現地の人にとってはバナナは輸出用の換金作物ですし、自生していたものを収穫していただけなので、生産技術もありませんでした。自分たちが食べる作物を生産する必要がある。そう考えて、農業技術の指導プロジェクトも立ち上げました。技術指導用の田畑を作って農業を学びに来てもらい、そこで学んだことをそれぞれの地元で活かしてもらう取り組みでした。

活動の一環として、山々の各農家に話を聞いて回ったのですが、ある山で暮らす人が、「農業ってすごいよね」と言ったのがとても印象的でした。なぜそう思うのか聞き返すと、「農業は自分たちの暮らしを守るための最大の武器だから」と答えたからです。

当時、フィリピンでは一部の人が権力・武力・財力を牛耳っているような状態で、貧富の差が激しく、多くの人は苦しい生活を強いられていました。その理不尽さと戦い、「自分たちの暮らしを守るためにできることが農業だ」と言うんです。いわば、農業は銃と一緒なのだと。

話をしているとき、実際に軍が見回りにきました。何か企てていないか監視されていたのですが、軍は私たちには手出しができません。なぜなら、私たちは農業の話をしているだけだからです。そのときに、食べ物を作ることの大きな価値を実感しました。

LURAの会

農業を通して日本の暮らしを良くしたい

フィリピンで農業の自立支援に関わった後、日本に戻ることを決めました。フィリピンと日本では社会的な状況は違いますが、日本にも目に見えない課題がたくさんあると感じたからです。自由と言われるけど、閉塞感が漂っている。豊かだと言われるのに、自殺者が多い。社会が病んでいると感じました。

また、都会で暮らしていたときと、田舎で農業に関わるようになってからを比べると、生きている実感が全然違うのです。農業を通して、日本の暮らしの課題を解決したい。そう考えて、帰国することにしました。

その後、しばらくしてから伊那市高遠町の山間部で田んぼと畑を始めました。一般の人が農業と関わる仕組みを作るため、農業体験の受け入れもしました。しかし、一日の体験だと、その日限りで終わってしまい、日常に根付きません。特別なものとしてではなく、暮らしの一部として農業や食べ物づくりに関わってもらうために、試行錯誤を続けました。

その結果、LURAの会を立ち上げたのは、伊那に来て9年程経った2011年2月のことです。会員制で参加型というアイディアの元になったのは、哲学者の内山節(うちやまたかし)さんの著書を読んで知った「半商品」という概念でした。

半商品とは、商品として流通しているが、必ずしも経済合理性だけで判断されるわけではない商品のことです。例えば、価格の一部が後継者の育成の投資に当てられたりする商品。生産者と消費者で共通の目的を実現するための商品です。

食べ物を「作る人」と「買う人」に分けるのではなく、一緒に作りシェアをするという関係を作る。そんな考えの元、LURAの会はスタートしました。

宇野さんの畑で採れた野菜で会員のみなさんが作ってくれた料理。

買うのではなく分け合う感覚

LURAの会は、2017年で7期目を迎えました。作物を育てるだけでなく、加工品の開発や、畑自体の開拓・デザインにまで活動は広がっています。会員同士のコミュニティが構築されて、新しく入ってきた人とも会員同士でコミュニケーションを取れる関係ができたこともあり、今後は対外的な発信を増やして、仲間を増やしたいと考えています。
LURAの会
一方で会員制・参加型は、関係の密度を考えたときに、一人の農家に対して最大で200世帯ほどの会員が限界だと感じています。そのため、今後は自分たちの会員を増やすだけでなく、同じような取り組みをする農家を増やしたいと考えています。

この形が広まれば、農家は競争しなくて良くなります。普通、農家が作った食べ物を商品として販売したら、常に他の農家が作った野菜と価格競争に晒されます。例えば、直売所などには、専業農家だけでなく家庭菜園をやっている高齢の方も作物を持ってきます。ただ、そういう人は悪気なく安価な値段をつけてしまうので、安いものばかり売れてしまい、専業で農家をしている若い人などのものは売れません。会員制の形が広がれば、そういったことはなくなります。

伊那市の世帯は約2万1,000世帯です。1人の農家が200世帯カバーできるとして、同じような取り組みをする農家が11人いれば、市の1/10の野菜を作ることができます。それって、インパクトとしてはかなり大きいのではないかと思います。既に、LURAの会を独立して、自分なりの農業を始めた若者もいます。
LURAの会
LURAの会は、おいしい作物を「商品として購入する方法」ではありません。会員みんなが作り手で、あくまで出来たものをシェアする仕組みです。作る過程に関わることで、たくさん採れたときは一緒に喜び、不作のときは痛みを共にできます。そういった自然と関わる感覚を持ちながら生活をすることで、人の実質的な暮らしが変わっていくのだと思います。

写真提供:岩澤深芳

■LURAの会への問い合わせはこちら
kagirohi@lura.life

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