川崎エリアの大きな魅力は「農」
「武蔵小杉駅マルシェ」で販売される野菜は、川崎市内の30代〜40代の若手生産者によって作られたものです。それぞれの生産者がこだわりを持ち、出荷する野菜の味には自信を持っています。スーパーや量販店には、ほとんど地元産の野菜が出回らないため、このマルシェによって「川崎にこんなおいしい野菜を作る農家があったんだ」とはじめて知る人も多いのだとか。
「農の豊かさは川崎の魅力なんです。もっと広く知ってもらうことで、住民が川崎の良さに気がつき、地域への愛着を持つのではないか」と田村さん。
マルシェの運営を行う一般社団法人カワサキノサキ代表理事、田村寛之(たむらひろゆき)さんのそんな思いが始まりでした。田村さんは、2013年に神奈川県横須賀市から川崎市に引っ越してきたことをきっかけに、「地元」となった川崎に密着した活動を始め、地域を盛り上げようとしていました。
ちょうど同じ時期、都内でWEB制作会社を経営していた、溝の口在住の山本美賢(やまもとよしかた)さんも「仕事や活動の軸足を少しずつ地元に移していきたい」と考え、自身は会長となって社長の座を若手に任せたところでした。地域での活動を模索する2人が出会い同じ価値観であることを知り、活動を共にするようになるのに時間はかからなかったといいます。
「川崎の野菜を市内に流通させたい。もっと都市農業の可能性を広め、農業に就く若い世代を増やして耕作放棄地を減らし、都市と農が両立する地域にしたいと思いました」(山本さん)。
農園フェスは来場者2,000人
一方、川崎市の生産者も、農業について市民にPRする方法を模索していました。川崎市で「小泉農園」を経営する若手農家、小泉博司(こいずみひろし)さんもそんな一人で、取引先のレストランのシェフと「農園フェス」を開催するなど、活動を行っていました。しかしフェスは参加者が300人ほどの規模だったため、もっと大きくできないかと考えており、田村さんにフェスへの協力を依頼したのです。
当時はまだ法人化されていなかったカワサキノサキですが、田村さんと山本さんをはじめ、現在のカワサキノサキの中核メンバーが集まり、農園フェスの実行委員となりました。実行委員のメンバーは、音楽やデザイン、制作、PRなどそれぞれ特化したスキルを持っているので、SNSでの告知やホームページの作成、マスコミへの取材依頼、ラジオやプレスリリースでの告知、動画サイトでの動画配信など、「おもしろそう、行ってみたい」と思うような情報発信を続けました。人脈を駆使してミュージシャンのライブや飲食店の出店などを充実させた結果、来場者が2000人を超える大イベントとして成功したのです。
川崎市も応援 「武蔵小杉駅マルシェ」がスタート
このような活動を通して、川崎市もカワサキノサキの活動を応援してくれるようになったのだそうです。
「イベントの取り組みを進める中で川崎市とも連絡を取り合うようになり、地産地消や農の活性化のイベント、講演会などを行うとき、市の方から私たちに声をかけてくれるようになったんです。活動を始めて半年ぐらいで、農政課の『都市農業活性化連携フォーラム』に登壇させていただいたりもしました。武蔵小杉駅マルシェもその縁で始まったんです」(山本さん)。
「武蔵小杉駅マルシェ」は、運営の母体がカワサキノサキ、野菜販売の取り組みは「カワサキノメグミ」というブランド名で、山本さんが中心となり行なっています。
「私たちはボランティアではなく、事業として川崎を盛り上げていきたいと思っています。とはいえ、まだ小さな団体ですのでマルシェをやるにしても人手が足りませんが、農園フェスをはじめ、私たちが行ってきた様々な活動を通して関わった人たちにも声をかけて参加してもらっています」。
たとえば「武蔵小杉駅マルシェ」で、販売や手描きPOP作りを行うのが“マルシェガールズ”と呼ばれる地元主婦たちです。彼女たちは、山本さんがマンションの管理組合理事やPTA会長を歴任したことでできた“ママ友”です。「子育て中の女性は、フルタイムの勤務は難しいけれど、少しの時間なら使える。女性たちのポテンシャルはすごいです。使える時間内でムダなくクオリティの高い仕事をビシッとするんです」。活動を長く続けてもらうためにも、ボランティアではなく、彼女たちにはきちんと時給が支払われています。
マルシェでは、デザイナーが手がけたクオリティの高い野菜料理のレシピ集も配布しています。レシピは人気料理研究家の上島亜紀(かみしまあき)さんが考えたものです。上島さんも川崎市の住民で、やはり「地域に貢献する仕事を増やしたい」と考えていたときに山本さんと出会い、折に触れ一緒に活動する仲間となったそうです。
コラボ製品も作り多彩な活動へ
マルシェからはコラボ製品も生まれています。全国に店舗を展開するドーナツショップ「はらドーナッツ」と、川崎市の小泉農園のイチゴを組み合わせたコラボドーナツは、マルシェガールズが考案したものです。また、川崎市にある障害者施設「はぐるまの会」が育てたハーブを使った「はーぶこーでぃある」(凝縮したハーブティーのシロップ)は、近隣の市民活動家がプロジェクトチームを作り、完成させました。
このような活動をきっかけに、川崎野菜を使うようになったデリやレストランも増えてきているそうです。
2016年1月から始まり、月に1回行う「武蔵小杉駅マルシェ」。川崎の農と住民をつないできた試みは高く評価され、2017年4月に「川崎市都市ブランド推進事業」に認定されました。
2017年3月からは、川崎市多摩区にある6,000坪にも及ぶ私有地「トカイナカヴィレッジ」の運営サポートも始めました。ここでは、体験農業や自然体験ができます。
カワサキノサキが社団法人になってわずか2年。驚くほどの勢いで活動が広がっている理由の一つは、田村さんや山本さんをはじめ、カワサキノサキのメンバーが「楽しみながらやる」ことに重点を置いているからでしょう。彼らが持っている情報発信力で楽しさが外部に伝わり、さらに人が集まって活動もどんどん広がっています。彼らの根底にあるは、「川崎エリアをもっと良くしたい」という地域への愛です。
神奈川県で作られた野菜は、三浦や横浜産の野菜が知られていますが、この活動によって川崎産の野菜作りの取り組みも広がっていくと予想できます。新規就農以外にも、都市生活の中で農業を盛り上げる事例として、他の地域でも参考になるのではないでしょうか。
一般社団法人カワサキノサキ
カワサキノメグミ
農園フェス