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水俣病患者を助けた甘夏の力!「水俣市の甘夏団地」の歴史と未来

水俣病患者を助けた甘夏の力!「水俣市の甘夏団地」の歴史と未来

2017年12月07日

水俣病公式確認から2017年で61年目。熊本県にあるチッソ株式会社水俣工場が水俣湾に排出した工業廃水中にメチル水銀が含まれ、環境汚染が引き起こされました。汚染された魚を口にした住民は、手足のしびれや感覚障害など様々な症状を訴え、重篤な患者は死に至りました。そんな中、海を追われた漁師たちが始めたのは、海に面した傾斜地を自らの手で切り拓き、当時普及しつつあった「甘夏みかん」を栽培することでした。

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海から陸(おか)へ 困窮を極めた漁師を救った甘夏栽培

甘夏団地

1995年9月 甘夏生産者グループ「きばる」のメンバーらが園地の状況を見回りしている様子。

熊本県の南端、鹿児島県との県境に位置する水俣市。目の前には不知火海(しらぬいかい)を望み、背後には緑彩る丘陵が起伏し、良質な湯治場としても栄えた風光明媚(ふうこうめいび)な場所です。しかしこのエリアは、日本が高度経済成長期を迎えた1950年代、「水俣病」という大きな公害により被害を受けた場所でもあります。

110ヘクタールの甘夏畑が広がるエリア「甘夏団地」は、1967年、地元が誘致した国の農業構造改善事業により、水俣病の被害が深刻化していた茂道、神川地区に形成されました。

1956年の水俣病が公式確認されて以降、水銀汚染による魚介類の危険性が疑われ、水俣湾で獲れる魚は全く売れない状況が続いていました。そんな中、水俣でも栽培する農家が増え始めていたのが、夏みかんより甘く、高値で取り引きされていた甘夏です。

水俣病の患者を抱えて貧困を余儀なくされた漁民は、甘夏を栽培することで、自らの暮らしを支え、建て直しを図ろうとしたのです。水俣病公式確認から11年目の1967年のことでした。

農薬を使わない柑橘作りへの取り組み

甘夏団地

水俣病の発生以降、水俣市には全国から多くの支援者が移り住み、遠方からも募金を送ってくださる方たちの支援が寄せられました。

甘夏団地の運営と管理は個々の生産者に任されたため、個人販売やJAへの出荷など、生産者は様々なかたちで甘夏の生産販売に取り組みました。水俣に移住した支援者の協力も大きな支えとなりました。

1977年には現地の支援者団体が、19世帯の生産者と共に甘夏の栽培と販路開拓を行う「水俣病患者家庭果樹同志会」を発足。以降10年の間に販路はどんどん広がり、ピーク時の出荷量は900トンを超えました。

当初は、一般の甘夏農家と同程度の農薬を散布していました。それは水俣病患者である生産者自らの体も蝕み、果樹畑で倒れる者も出てきました。「公害で苦しむ我々が農薬を使っていいのか」という矛盾に突き当たります。そして彼らは「被害者が加害者にならない」をスローガンに掲げ、甘夏の減農薬栽培をスタートさせました。

「そんなやり方で甘夏ができるものか。」そういって周囲が傍観する中、摘果の指導徹底、独自の有機肥料の開発、広大な園地にある木の1本1本の状況管理と、手探りをしながら消費者に喜んでもらえる甘夏作りに励みます。その結果、甘夏の品質は格段に向上していきました。

すると次第に除草剤不使用、減農薬栽培に切り替える生産者が出てきました。今、この同志会は「生産者グループきばる」として、水俣・芦北・御所浦の26軒の生産者とともに甘夏の生産と販売を続けています。

高齢化による休耕地の増加が顕著に

甘夏団地

現在、甘夏団地で柑橘類を栽培している農家は約60軒。熊本県振興局と水俣市役所土木科がアンケートを取った結果、およそ30軒もの生産者が「この5年以内に、園地を手放そうと考えている」と答えています。その大きな原因は高齢化。甘夏団地が形成されて50年、生産者の多くは70代80代を迎え、深刻な後継者不足に陥っています。

「甘夏は他の果樹に比べて病害虫に強く、生産しやすいので高齢の方でも栽培しやすいのです。一方で収穫や出荷の身体的負担はやはり大きいんです。作業を委託するほどの収入は見込めず、園地を貸す当てもありません。草刈りをしなくなった園は2年ほどで廃園になり、元の姿に戻すのは難しくなります」。「生産者グループきばる」の高倉鼓子(たかくらつづみこ)さんは、耕作放棄地増加への不安を漏らします。

高倉さんは、両親が水俣病患者の支援者として水俣に移住し、兄の草児(そうじ)さんと共に、甘夏栽培に奮闘している若い生産者の一人です。

甘夏作りは、交付金が受けられる

甘夏団地


高倉鼓子さん(左)、草児さん(右)のご兄弟

2017年、茂道・神川地区は、熊本県の農地集積加速化事業により農業競争力強化の支援地区に指定されました。国の経済危機対策であり、現在使われていない園地のマッチング、飛び地で借りている園地の集積など、効率的な生産のために国から交付金を受けられることになります。

さらに、2022年度からのスタートを目指し、農地基盤整備事業への準備も進んでいます。これは1967年の農地構造改善事業の現代版ともいえるもので、老朽化した施設の補修や道路の新設など土地の整備を行い、生産の効率化と次世代を担う後継者支援を目指すものです。

現在、甘夏団地の耕作放棄地には、水俣市や関東などから3名が就農しています。高倉さんは、「これらの事業制度などを活用し、さらに多くの方に水俣の甘夏団地で就農してほしい」と話します。

甘夏に恩返しがしたい

甘夏団地

甘夏の木々が海からの風に揺れるみかん山に立つと、気持ちが落ち着くという高倉さん。

「甘夏は多くの患者家庭の生計だけでなく、父母を含めた支援者の生活も助けてくれました。患者への支援を続けられたのは甘夏のおかげだったと言っても過言ではありません。甘夏に恩返しがしたいんです。生産者グループきばるの存在は、私にとって希望の光です」。

生産者グループきばるの中でも高齢化が進む中、高倉さんは新たな仲間作りに注力しています。若手生産者らで「甘夏引力」と名付けるグループを立ち上げ、甘夏の販路拡大を始め新商品の開発にも取り組んでいます。

「古くなった木を改植するために、甘夏引力のメンバーで新たな甘夏の苗木を植えました。この木が今後40年50年と私たちの人生に寄り添ってくれることを思うと楽しみです」。
今後は、無農薬無肥料の自然栽培に挑戦していきたいと意気込みを語ります。

言葉にしがたい苦しい思いを公害事件で体験したからこそ、深い愛着をもって安心・安全な甘夏作りに挑んでいる水俣の生産者たち。一緒に取り組んでみたいという方は、ぜひ問い合わせしてみてはいかがでしょうか。

生産者グループきばる

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