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都会から里山へ 農的暮らしの実践者が描く里山シェアハウスの姿

都会から里山へ 農的暮らしの実践者が描く里山シェアハウスの姿

最終更新日:2017年12月19日

都会の生活から解放されたくて、田舎暮らしにあこがれる人は少なくありません。ある調査では、首都圏に住む若者の半数の以上が〝田舎暮らし″にあこがれているという結果が出ています。その理由は「穏やかな時間が流れていそう」「仕事に覆われない生活が実現できそう」「満員電車に揺られることもなく、ストレスから解放される」など。「理想と現実の間にはギャップがあるけれど、地方での生活ならでは充実感が味わえるのも確か」と話す、永森昌志(ながもりまさし)さんは、東京と南房総の二拠点生活を実践中。その暮らし方は。

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東京生まれ東京育ちの若者が地方に向かった理由

東京・吉祥寺出身の永森昌志さんは40歳。シェアオフィス「HAPON(ハポン)新宿」の共同創設者、合同会社AWATHIRDの代表という2つの肩書きを持ち、南房総と東京との二拠点生活を送っています。当たり一帯が鎮守の杜のような、厳かな雰囲気を持った山の中腹にある、かつての農家の一軒家が永森さんの城。WEBディレクターの仕事の合間に畑を耕し、薪をくべた風呂を沸かす「農的暮らし」を送っています。
「生まれ育った地域以外で生活してみたい」という漠然とした希望は持っていたものの、地方には関心のなかった永森さんが、地方に興味を寄せたきっかけは「実家のIターン」だと言います。永森さんが就職し、家を出てから、両親は千葉県木更津市に引っ越しました。里帰り先は自身にとっては縁もゆかりもない土地になりました。ところが〝実家″に足を向ける度に、木更津の印象が変わり、ぼんやりと千葉に魅せられるようになります。アクアラインの長いトンネルを抜け、海の上の一本橋を渡るときの「日常からワープするような感覚」を求め、永森さんは千葉にもう一つの拠点探しを始めました。

二つの日常を実感する東京と千葉の二拠点生活

永森さんが千葉の拠点を探し始めたのは大学を卒業し、5年間の広告会社勤務、1年間の海外放浪などを経て、環境関連事業を主軸にする企業に属していたとき。自然保護への取り組み、エコロジー、仕事で環境を語る自分と、実生活では自然の真ん中に存在しない自分との矛盾を感じる日々と、千葉の魅力に気付き始めた時期が重なりました。

実家のある木更津市周辺エリアから、永森さんの〝理想郷″探しは始まりました。「自然の中のもう一つの拠点」という視点を持つと「木更津はまだまだ街だった」。たどり着いたのは、房総半島の南端、館山市のワンルーム物件でした。週末の館山暮らしの時間がもたらしたのは「オンとオフのメリハリ。東京から離れられる場所があるだけで、心に余裕ができた」と言います。仲間を誘って、釣りをしたり、バーベキューをしたり、何もしなかったり。

2年間の二拠点暮らしを経て、物件の更新のタイミングで今度は、南房総市の千倉の海の見える一軒家に移ります。二拠点暮らしに共感する4、5人の仲間と、シェア別荘を構えました。「海の側だからこそ」サーフィンも始めましたが、夢中になったのは、稲作のワークショップ。「田んぼはよくできたコンテンツ。米を知らない人はいないけれど、米作りを体験したことのない人は多い。みんなで一緒に行う田植えや、稲刈りはほかに代わるものがないエンタテインメントだと思った」。千倉で過ごした4年間で、地元の人々や参加者と交流する機会が増えたことが、軸足を東京から千葉に移すきっかけになりました。

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