新型容器「フレシェル®」で完熟イチゴに付加価値を
甘くておいしいイチゴは傷みやすく、流通や保存に多くの手間のかかる農産物の一つです。農林水産省ではイチゴは野菜として分類されていて、追熟しておいしくなる果樹、例えば桃や柿とは異なり収穫した時がおいしさのピークとなります。
「熟すまで収穫を待つと流通の段階や家庭で傷みやすくなり、熟す前の青い未熟の時に収穫すると糖度が低いままで、酸っぱいイチゴになってしまいます。日本のイチゴは海外のものに比べて格段においしいです。家庭での冷蔵庫保存も3、4日、長くても1週間が限度であり、品質の低下は避けられません。海外まで広く流通させるには品質保持が高い壁となっていました」と寺門さんは語ります。
イチゴの名産地 栃木県にある宇都宮大学では、農学部附属農場、柏嵜勝(かしわざきまさる)准教授のもとでイチゴの品質を保つ研究が10年にわたり続けられてきました。2014年に大粒イチゴ「スカイベリー」が誕生し、ほとんど同時期の2015年に開発されたのが大型イチゴ用の新型容器「フレシェル®」です。
「フレシェル®」はカプセル状の大粒イチゴの専用容器で、イチゴの最も硬い部分の果底部と茎でイチゴを保持し、食べるやわらかい部分には一切触れることがないため、接触による果肉の劣化を防ぎます。
「フレシェル®を使うことにより、輸出において品質の劣化を防げます。家庭でも低温状態であれば購入後2週間程度の保存が可能になります。このプロジェクトは栃木県をはじめとして日本産イチゴの輸出を後押しできたら、というのが大きな狙いです」。
農工連携して、高く売れるイチゴを栽培
イチゴは通常1キロ1,000円前後で販売され、スカイベリーはそれより約2割ほど高価になります。しかし「フレシェル®」に入れた大粒のスカイベリーは果肉に傷が入ることがなく高い品質を維持できるため、国内価格で一粒1,500円ほどにもなります。
「新品種のスカイベリーは大粒で形がよく、熟すと大変おいしく香りもいいのが特徴。さらに普通のスカイベリーの倍の大きさもある特大イチゴ(約60g)を専用容器「フレシェル®」に入れることで、見た目のインパクトが大きく目立ちます」。
フレシェル®の開発によってイチゴの輸出が可能となりました。2016年の輸出販売では大粒のスカイベリーは、マレーシアなど海外での反響が非常に高く、即完売するほどの人気でした。ただ現段階では一粒1,500円程度で販売することができる完熟イチゴは1,000個に2、3個と生産量が少ないため、買い手はあっても生産量に限りがあるのが現状です。
そのため、2017年は宇都宮大学にて農工連携して、大きく高品質なイチゴを効率良く生産するための技術を模索する年になったそうです。
「フレシェル®の開発で流通の問題をクリアし、日本のおいしいイチゴが海外でも需要があることもわかりました。残す課題は、商品となる高品質の大粒イチゴを生産することです。そこで大学内でイチゴ栽培に取り組み、大きくて高品質な完熟イチゴを安定して栽培する研究を始めました。
研究成果を生産者と共有することで、大粒の完熟イチゴの“発生率”を高めたいと考えています。大きくて高品質な完熟イチゴのブランドを作り上げ、生産農家とともに新たなビジネスを立ち上げたいと思っています」。
日本のイチゴを海外へ 富裕層向けにヨーロッパや中東で市場開拓
大きな完熟イチゴの流通で、国内と同様に重要なことは海外市場です。「海外で価値を認められ、日本に逆輸入する形で国内でのブランド価値を高める」のが狙いで、特に富裕層や感度が高い人たちへアプローチしています。
2016年度はドバイ(アラブ首長国連邦)での食品展示会で人気を博し、王室や上流階級向けの販売ルートの話も複数あったそうです。今シーズンは中東に加えて、取引先を通じてパリ(フランス)での流通も開始したいと考えています。
「海外市場、特にヨーロッパや中東では、大きくて甘い完熟の日本産イチゴは非常に珍しく希少価値が高いため、ヨーロッパや中東での展開に力を注いでいきます。ヨーロッパでは、観光客が多く波及力のあるパリやブリュッセル(ベルギー)を起点として、イギリスやその他のEU諸国での展開も視野に入れています」。
2017年から2018年のシーズンは供給量を増やすために栃木産に限らず、他の生産地の生産者との連携を積極的に行い、海外のニーズに対応していく予定です。
日本の農業を支えたい 生産者との連携でブランド力を育てる
国内では、フレシェル®に入れたスカイベリーを、2016年同様1ケース12個入り約2万円という価格で販売されます。
「生産者の方とうまく連携して、高級ブランドを育てていきたいと考えています。ここ数年は、海外でブランド価値を高める間に国内での供給体制を整えるのが目標です。今後5年のスパンで、生産農家さんと連携を図り国内での市場拡大を目指します」。
現在は大粒イチゴを買い取り、「フレシェル®」とともに販売する形を行っています。容器の販売では1セット200円という価格ですが、注文数に応じて20~30%の割引もあります。容器を販売するだけでなく、収穫時のレクチャーも含めて行なっており、さらに収穫用のロボットの準備もしています。
「私たちは大学発のベンチャー企業ですから、自分たちの利益ばかりを考えていません。これからの日本の農業にどのようなモチベーションを与えられるか、ということをより重要に考えています。
若い人が農業に魅力を感じ、新たな農業ビジネスが盛んに生み出される。そういった社会が日本の根底を支えるのだと思います。生産農家を積極的に支援し、私たちとの連携で生まれた農業ビジネス一つ一つが収益を大きく拡大していく、そのような未来を目ざしています」。
流通での強みを生かして、海外での展開を進める日本産の完熟イチゴ。常食よりも贈答向けとしてブランド化を推し進めています。付加価値戦略が日本の農業の発展に欠かせないものとして位置づけられている今、大きな原動力は技術革新と生産者との連携にあるのかもしれません。