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生産者の試み

風通る郷で東京しゃもを生産 無頼の養鶏家の経営信念と農哲学

風通る郷で東京しゃもを生産 無頼の養鶏家の経営信念と農哲学

2018年01月21日

農産物は土地がすべて。その土地の空気・土・水が命を育む。鶏の場合、特に大きなポイントになるのは風。空気の流れ。
その信念のもとにあきる野の郷に養鶏場を設けて半世紀以上。常に1万羽の鶏を飼育し、国産採卵鶏の安全で美味しい玉子、そして高級銘柄鶏「東京しゃも」を生産する浅野養鶏場。育て方と品質についての養鶏家の話は科学的であるとともに、ハングリーな時代を生き抜いてきた昭和男の気骨に溢れています。

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土地が農産物の味を支配する

土地が合ってなければ良いものはできない

「中へ入って鳴き声を聞けば、鶏がどんな気分かすぐわかります。今はとても良い状態」
ガヤガヤ、ココココという鶏の鳴き声が溢れる鶏舎。確かにざわめいてはいるものの、突き刺さるような鋭い声が起こることはなく、穏やかな空気に包まれています。
案内してくれた浅野良仁(あさのよしひと)さんは、東京都あきる野市にある浅野養鶏場のオーナーであり、東京しゃも生産組合の組合長です。
少年時代、戦後の食糧難を経験。高度経済成長が始まる頃、養鶏をやり、玉子を売る仕事をしようと決意した浅野さんは、鶏に詳しい農学博士のもとに赴き、指導を乞いました。そこで聞いた話は「どんな農産物も土地が合ってなければ良いものはできない」。

鳥(鶏)を科学する

それをきっかけに鶏、広く鳥という生体について探究。鳥は空を飛ぶために体を軽くする必要があり、少ない筋肉で効率よく大量の運動ができるよう進化した。だから常に新鮮な酸素を体にたくさん採り入れる。飛ばなくなった鶏にしてもその構造は変わらない。
そう考え、きれいな酸素が淀みなく流れ、鶏が健康に育つ土地として現在の場所を選び、1964(昭和39)年に移り住みました。

養鶏の理想郷

「土器も発掘されています。ここはそれだけ昔から人間にとっても住みよい土地なんです」。
浅野さん自身も高齢ながら元気溌剌。エネルギーに溢れており、驚くべきことにパラグライダーで空を飛ぶことも。
空から見ると家の建ち方で分かるんだ、ここは川の北側で山の南斜面になっている。北に北風を防ぐ山があり、南に田んぼ。日が照れば台地のほうが暖かくなって風が吹く。夜は逆の風が吹いて凪ぐことがほとんどない」。
米でも野菜でも肉でも、人間は生育を助けることは出来ても、創り出すことはできない。それくらい土地とは味を支配するもの。そこに農業の本質があると浅野さんは言います。

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