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牛肉で起業した幕末の実業家 芝浦と場・食肉市場のあゆみ前史

牛肉で起業した幕末の実業家 芝浦と場・食肉市場のあゆみ前史

最終更新日:2018年08月23日

首都・東京で流通する食肉の大部分を送り出す、芝浦と場・食肉市場。
巨大ターミナル・品川駅のすぐそばに設けられたこの施設には明治期以来の日本の畜産の歴史が集約されています。
食肉市場センタービル6階の「お肉の情報館」に展示されている年表「東京食肉市場のあゆみ」に基づいて、施設の発展のストーリーを辿っていきましょう。食肉流通事業の元祖は幕末に現われ、東京で初めてと場を開いた、ひとりの起業家です。

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中川屋嘉兵衛の野望

写真提供:函館市中央図書館

40歳で江戸へ、50歳で横浜へ進出

東京初のと場は1867(慶応3)年、荏原郡白金村(現在の品川区上大崎一丁目周辺)に開かれました。これを作ったのは中川屋嘉兵衛(なかがわやかへい)という人です。
徳川家康と同じ三河(現在の愛知県岡崎市)出身の嘉兵衛は、京都で漢学を修めた後、40 歳で江戸に出て、イギリス公使の料理人見習いをしながら英語を勉強。欧米人相手のビジネスをやろうと計画を練ります。そして1865(慶応元)年、50歳になった時、開港して間もない横浜に居を移しました。

牛乳販売事業を開始

横浜に来た嘉兵衛は最初、塵芥処理をする人夫などの仕事をしていましたが、 ほどなくしてアメリカ人医師の雇人に。そこでつかんだビジネスチャンスが牛乳の販売でした。
外国人の間で牛乳のニーズが非常に高いのを知った嘉兵衛は、これを事業にしようと現在の中区にある洲干弁天(しゅうかんべんてん)付近で搾乳業を開始。その医師を通して、びん詰めの牛乳を在住の外国人に供給します。

イギリス軍の食料用達商人になる

しかしこの事業が軌道に乗り始めた頃、乳牛を飼っていた牛舎を火事で失うという不運に見舞われ、牛乳販売は失敗。しかし彼は挫けることなく、今度は通称トワンテ山に駐屯していたイギリス軍兵士たちの食料用達商人になります。
 ちなみに「トワンテ山」とは、現在の「港の見える丘公園」にある横浜市イギリス館周辺地域で、イギリス狙撃兵第21連隊が駐屯していたために、ついた名称とされています。

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