熟練者の目勘をアプリ化した『デジタル目勘』
目勘とは、業界用語でブタの外観から体重を推測すること。一頭ずつ体重計に乗せて測定する方法と比べると労力や時間がかかりませんが、長年の経験と熟練した技術が必要とされています。加えて、人によって測定値が異なるため、正確な体重を安定して割り出すことが困難です。
しかし『デジタル目勘』なら、スマートフォンのカメラでブタを撮影するだけで、誰でも簡単に熟練者レベルの目勘ができるのです。
「開発のきっかけは、入社後の研修でブタの体重測定を行ったことでした」と福永さん。100キロを超えるブタを体重計に誘導するのは容易ではなかったため、福永さんは、まずはブタの体重を測定する必要があるのかを調べました。
「日本では、食肉を出荷する際、枝肉重量・背脂肪の厚さ・外観・肉質などによって、極上・上・中・並・等外の5等級の格を付ける『格付』が存在します。そこで一定の体重範囲に収まらない食肉は、価値が下がってしまいます。
ですが、大規模な農家さんだと飼育数も多いため、1頭ずつ測定する時間がありません。そこで、どのように測定しているのか調べたところ、目勘で体重を推定し、出荷していると分かったのです。
目勘なら、ブタを体重計に乗せる必要もありません。そしてIT技術で実現すれば、農家の省力化や経済性の向上に繋がると考え、『デジタル目勘』の開発を企画しました」。
その後、伊藤忠飼料株式会社は、ITの農業活用に積極的で画像解析技術に強い、NTTテクノクロス株式会社を開発パートナーに迎え、本格的に『デジタル目勘』の開発に乗り出したのです。
100頭以上のブタのデータを収集
『デジタル目勘』は、より早期に安価で提供できるよう、まずは市販のスマートフォンのアプリとして開発することになりました。
ですが、スマートフォンでという制約がある中で、充実したサービスを実現する方法を考えるのは大変だったそうです。「NTTテクノクロスの技術者の皆さんが、様々なスマートフォンの機種や特許技術を調べて試行錯誤を重ねた結果、ようやく現在のアプローチにたどり着いたのです」。
また、開発した中で体重の推定モデルの作成にも苦労しました。100頭以上のブタから体重のほか、高さや幅など6つの項目を実測し、さらに様々な姿勢のブタの画像を収集しました。ですが、ブタが動くためにデータを取るのが難しかったのです。
『デジタル目勘』の開発には、養豚農家の協力もありました。アプリの試作機を使って、機能面の要望や改善点について意見をもらって改善しました。
スマホのカメラでブタの体重が推定できる理由とは
『デジタル目勘』による体重推定は、事前に収集・作成していた、「画像と体重の推定モデル」を基に行われます。「画像と体重の推定モデル」は、撮影したブタの画像と、体重のデータを大量に収集することで、作成されます。
ブタをスマートフォンのカメラで撮影すると、推定モデルをもとに、撮影した画像の中にブタが写り込んでいる面積を瞬時に計測。合致する体重値を画面に表示する仕組みとなっています。
また、より正確にブタの大きさを算出するため、ブタとの距離は深度センサーを使い、補正しています。精度は上面からの撮影が最も高いですが、正面や背面からでも推定可能。撮影条件によって多少変わるものの、誤差はおおよそ5キロ以内に収まります。
「推定精度は事前に収集する画像数と体重値のサンプル量に依存するので、今後もブタの品種やサイズ、撮影の角度を変えて、データの収集を継続していきます」。
通常のブタの体重測定は、2人1組で行われているケースが多いですが、『デジタル目勘』を導入することで、1人でも測定が可能になると考えられていて、農家の労力軽減に繋がることが期待できるといいます。また、頭数が多く測定が難しい農家の出荷体重の均一化にも、貢献できると考えているそうです。
「人の目でブタの体重推定をするには相当数の経験が必要なため、技術を継承するにも時間がかかります。しかし、『デジタル目勘』を使えば、自分が推測した体重が合っているか、その場で答え合わせができるので、目勘の技術継承という点でも役立つと思っています」。
『デジタル目勘』の利用方法
では、『デジタル目勘』は、どのような手順で利用できるのでしょう。
『デジタル目勘』は、リリース日は未定ですが、5月30日~6月1日に開催される「国際養鶏養豚総合展2018」にて参考展示される予定です。利用料金は月々15,000円。アプリに対応したスマートフォンは自分で用意し、アプリストアからアプリをダウンロードします。その後、伊藤忠飼料株式会社が発行するプロダクトキーを入力し、契約期間に応じて利用できる仕組みとなっています。
「4月の段階では80~120キロのブタの推定モデルしかご用意できませんが、今後は黒豚などの品種や、サイズの小さなブタにも対応できるようにしていく予定です。
また、スマートフォンのアプリとして開発を進めてきました。今後は、機能向上や堅牢性、農場現場での使い勝手や養豚農家さんからの要望などを考慮し、今後は専用端末化することも考えています」。
測定の労力軽減や経済性の向上などに貢献する『デジタル目勘』。サービスを開始させることで、養豚業界にどのような影響をもたらしていくのか、その動向から目が離せません。
【取材先情報】
伊藤忠飼料株式会社
画像提供:伊藤忠飼料株式会社