儲かる農業が雇用問題を解決する
──川岸さんはもともとものづくり業界のコンサルタントをされていたそうですが、なぜ農業スタートアップ(※)を起業したのですか。
農業には多くの課題があることを知り、それを解決したいと思ったからです。特に課題だと感じたのは、生産者の高齢化や後継者不足でした。その原因は、農家になっても稼げないこと。農業で稼げる仕組みができれば、若手が増え、生産者の平均年齢を下げられるはず。そう考え、農業に関わるサービスをつくろうと決めました。
また、農業全体(畜産なども含む)の市場規模は生産者からの出荷額ベースで約8兆円と大きく、ビジネスとしての可能性も感じていました。私が起業した2012年当時、TPP論争が巻き起こっており、農作物の流通構造が大きく変わるかもしれないという予測もありました。業界が変わろうとしているタイミングなら、新しいアイデアで業界に食い込んでいけるかもしれないと思ったのです。
※ スタートアップ:新しいビジネスモデルで急成長を遂げる企業や事業のこと。
中間流通を省くだけでは下がらないコスト
──農業ビジネスの方法がいくつもある中で、なぜ流通に注目したのでしょうか。
シンプルに、中間業者を省いた流通を確立できたら、農家の手元に残るお金を増やせると考えたからです。はじめは、農家から直接野菜を購入できる一般消費者向けのウェブサービスをつくりました。消費者から注文があったら、農家が直送する仕組みでした。
しかし、個人に少量で野菜を送ると配送料が高くなり、結果的に中間流通を挟んだのと同じくらいコストがかかってしまいました。そこで、一度に送る量を増やすため、個人ではなく、たくさんの人が集まるオフィスやマルシェにターゲットを絞りました。
オフィスでは「家に持って帰って食べてください」と呼びかけて、生の野菜を企業に販売する方法で営業していました。するとある時、「一人暮らしで料理をしない社員も多いから、持って帰ってもあまり食べないかもしれない。だったら、今ここで食べられるようにしてほしい」と言われました。また、あまり料理をしない人にとっては、一品目だけ買って帰っても食べづらいという声もありました。
そこで、その場ですぐ食べられるサイズの野菜を、小分けのパッケージで販売することにしました。家に持ち帰るのではなく、オフィスの中で食べてもらうことにしたのです。加工やパッケージの分の価格は上がりますが、その分手間を省けるので、買ってもらえるだろうという見込みがありました。
また、ビジネスモデルとしては、企業に福利厚生として商品の一部のお金を負担してもらい、専用の冷蔵庫を設けて、そこに定期的に野菜を配送するようにしていきました。企業の健康経営のニーズともマッチしたことで、従業員の健康への投資として、注目を集めています。
──事業を拡大する上で特に大変だったことはなんですか。
物流を整え、拡大することですね。最初は東京の一部エリアでスタートして、弊社スタッフが自転車で野菜を運んでいましたが、今は物流パートナーと手を組み商品をお届けしています。規模が大きくなってサービス提供エリアが広がると、それぞれの地域の物流企業とパートナーシップを組むことになります。物流では、お客様企業の立地によって最適なコースを組みますが、一つの地域で仕組みができても、そのほかのエリアへ展開するには、同じ仕組みをゼロから構築しなければなりません。それに、新しいエリアを開拓したくても、同じ地域でどれだけの企業に導入してもらえるかわからないので、一気に全国展開するというのが難しい側面があります。
また、鮮度を保ったまま配送する仕組みづくりや、加工品質の担保にも苦労しました。早い段階でキユーピーと組むことができたのが大きかったですね。大企業ならではのノウハウを活用したことで、物流や加工の仕組みが実現できました。
食べる機会を増やして、野菜の需要を増やす
──最後に、今後の展望を教えてください。
まずは、企業で働く人に「野菜を食べる機会」を増やしたいと考えています。元々は物流コストを下げるために始めましたが、サービスを運営する中で、そもそもの野菜の消費量が少ないことに気が付きました。需要が増えないと、農作物の価格は上がりません。野菜の消費量を増やすための第一歩として、OFFICE DE YASAIが役に立てればと考えています。
野菜の消費量が少ないと言いましたが、企業が100%補助して無料で提供した場合は、すぐに売り切れるケースがほとんどで、オフィスで野菜を食べたいというニーズはあります。まずは、企業の福利厚生のサポートを受けながら、オフィス内でおいしい野菜を手頃な価格で食べてもらい「野菜をもっと食べたい」という気持ちになってもらうことが第一です。さらに、その先までサポートできたらと考えていて、たとえば、冷蔵庫に、その日に置いている野菜の生産者のチラシを置いて、家用に通販で買えるようにしたり、もっと野菜を食べたい人向けに商品の提案をしたり、冷蔵庫を通したコミュニケーションを活発にしたいと考えています。
消費者が野菜を身近に感じて、背景にあるストーリーまで語れるようになれば、食のシーン自体が豊かになりますよね。これからは、個人が生産者を選ぶ時代。消費者が味に納得した上で、生産者と直接つながる世界を目指して、今後もサービス拡大に力を注ぎます。
OFFICE DE YASAI | オフィスで野菜を食べて健康に