キャリアウーマンから農業女子に
──なぜ会社を辞めて就農したのですか。
以前は会社に勤めて営業やSEをしていました。毎日残業で忙しく、食事は外食やコンビニが多くなってしまって。栄養を補おうとサプリメントを飲み始めたら、あっという間に数が増えてしまい、多い時は1回で20個ぐらい飲んでいたことも……。一緒に旅行に行った友人に飲み過ぎを指摘されて、ハッとしました。
毎日、一生懸命働いているのに、平日は野菜を買いに行く時間すらない。本当は食べることも料理することも大好きなのに、どうして私はおいしい野菜を食べられていないんだろうって……。それが人生を見つめ直すきっかけでした。
──趣味の菜園ではなく、農業を仕事にした理由はなんでしょうか。
実は、会社に勤めながら起業を志していたんです。「今の農業には“隙間”がたくさんあるんじゃないか」と考え、農業で起業することを決意しました。
退職してから、トマト農家で2年半ほど研修生として働きました。その後、1人で農業をスタートして、より多くの知識を得るために土作りの勉強会に参加したり、有機農業を学べる学校へ通ったりしました。
とことん露地栽培にこだわる
──どうして露地栽培にこだわるのでしょうか。
寒さや紫外線に当たることも野菜にとって必要だと思うのです。白菜などの冬野菜は寒さに当たると甘みが増し、夏野菜は紫外線に当たると栄養価が高くなります。夏野菜の例は、ナスのアントシアニンなどですね。
自然な気温のなかで、自然な太陽の光を浴びて育った野菜を、ベストなタイミングで収穫して食べる。自分自身がそういう野菜を食べたかったから、きっと同じように感じている女性が他にもいるんじゃないかと。露地栽培は天候に左右されるし、虫もつきやすくて、厳しい面も多々ありますけどね。
料理は畑からはじまっている
──露地での土作りの方法を教えてください。
土壌の中に、アミノ酸とミネラルをしっかり入れていくことを心がけています。
毎年8月の初旬には、冬野菜の土作りとして「太陽熱養生」をしています。堆肥、しょうゆかす、牡蠣殻などを土に入れて混ぜ、畝を立てたら水をたっぷりまきます。そこに、納豆菌やビール酵母を送り込み、ポリマルチで覆います。
真夏の日差しで畝の温度が60度以上になると、土はフカフカに、雑草の種も死滅してくれます。
──しょうゆかすを土に混ぜているのですね。
しょうゆ工場の方から板状のしょうゆかすを無料で貰い、手で細かくちぎって土に混ぜています。しょうゆかすは昔から有機肥料として使われてきたそうです。
──なぜ納豆菌を撒くのでしょうか。
土の中にあるカビ菌対策として、納豆菌を培養した水を撒いています。カビ菌は、野菜の病気の元になることが多いのです。
異なるメーカーの納豆2パックを粉砕して、20リットルの水の中で数日間培養します。培養の期間は、季節や気温によって変わってきます。
──他に工夫されていることはありますか。
最近は、昆布水を撒いています。ミネラルが豊富な海藻を肥料にすると、野菜の生育が良くなるそうです。たまたま昆布の佃煮を作っている会社の方から、昆布の切れ端を安く譲ってもらえることになって。台所用のネットに入れた昆布を水にひたし、噴霧器で畑に撒いています。
“tasty- first”を掲げて
──肥料の素材がおいしそうなものばかりですね。
コストも時間もかかりますが、野菜のおいしさを最優先に考えています。結果的に食物に由来する有機肥料が多くなり、料理をする気分で土作りも楽しんでいます。
──女性ひとりで農作業をするのは辛くないのでしょうか。
昨年の秋に体調を崩し、2週間ほど畑仕事を休んでしまいました。その後、長雨や台風、さらに例年よりも気温の低い冬が早く来たせいで植え付けのタイミングを逃し、売り上げも落ち込んでしまって……。体が資本だと実感した出来事でした。
栽培だけでなく、1人で配達、販売も行っているため休みがとれないのが悩みですが、やはり体のメンテナンスも必要なのだと感じています。
──お客さんは若い女性も多いようですが。
今の販路は、飲食店と八百屋さんへの卸し、個人のお客さまへの直売、ファーマーズマーケットでの販売です。ファーマーズマーケットのお客さまは若い女性も多いですね。働く女性や、小さいお子さんがいるお母さんです。そういう方々には私も料理法を伝えるし、逆に、どう料理して食べたか教えてくれる方もいます。
「ミニ玉ねぎをホイル焼きにしたらおいしかったから、また買いたい」と、何度も買いに来てくれた方もいて。とってもうれしくて原動力になります。
見た目や利益ではなくて、おいしいと感じられることを一番大切にしたい。7年前に就農したときに掲げた“tasty-first”の言葉を忘れず、これからも野菜作りと真摯に向き合っていきたいです。
写真提供:元農園(チアファーム)