「昔ながらの町の肉屋さん」がブランディング
森っ子サンちゃんと秋川牛
JR武蔵五日市駅に降りると、目の前に走るのは檜原街道。しばらく歩くと、眼下に秋川渓谷の風景が広がります。そして街灯にはトウキョウサンショウウオのキャラクター「森っ子サンちゃん」の旗。この地域が美しい自然を愛し、皆で守り育てていこうという気持ちが伝わってきます。
さらに街道を行くと道路沿いの建物の前に秋川牛の幟(のぼり)がずらりと並び、風にはためいているのが目に飛び込んできます。
松村精肉店は1948年からこの土地で営む、生粋の「町の肉屋さん」です。
「町の肉屋さん」が地域に貢献できること
「このあたりの環境はあまり変わっていません。むしろ水も空気も昔に比べて良くなっていると思いますよ。だからおいしいウシ、おいしいトリが育つんです」。
そう話すのは、現在、同店の実質的なトップとして忙しく活動する松村兼房(まつむら・かねふさ)さん。子供の頃から秋川の自然の中で遊び、肉を買いに来る人たちを見ながら育ちました。
そして店を任されるようになった時、この「街の肉屋さん」が地域にどんな貢献ができるのかを考え、物産のブランド化を思いついたと言います。それが2008年頃のことでした。
生産者にブランド化を提案
松村さんは、東京でも数少ない黒毛和牛の生産地であり、月に一度、東京食肉市場に出荷していた竹内牧場に秋川牛のブランド化を提案。熱意を込めて説得しました。牧場側は快諾し、出荷する牛を銘柄牛の一つとして同市場に登録しました。こうして東京産ブランド和牛・秋川牛は生まれました。
ブランドを育てるための販売・普及活動
品質の高いものが必ずしも売れるとは限らない
ブランド牛として名乗りを上げるまでは生産者の弛まぬ努力が必要ですが、これを世に広め、浸透させるのは販売者の仕事です。他の農産物も同じことですが、おいしいもの・品質の高いものを開発・生産しても、必ずしもよく売れるとは限りません。
成熟した消費社会では、販売・普及に開発以上の資本投入・時間・労力が必要とされます。
月3~4頭の秋川牛を買い付け
松村精肉店は、秋川牛が市場に出荷された際、他の肉店とまったく同じ条件で買い付けます。必ず一頭買いをし、月に3~4頭仕入れます。
店頭のショーケースには美しい霜降りのスライス肉が並びますが、庶民層が大半を占めるこの地域で、高級和牛の秋川牛を常に置き続けることは、実は大きなリスクを伴います。
しかし松村さんはそれを厭わず店で出し続け、ホームページ上でもその来歴や味・食感の特徴などを情報発信しています。
東京しゃも・下田さん家の豚も販売推進
松村精肉店ではこの秋川牛を主軸に、鶏肉は同じあきる野市の浅野養鶏場などで育てている「東京しゃも」を、豚肉は青梅市の山田養豚場が育て、武蔵村山市の下田畜産に卸している「下田さん家の豚」をイチ押しで販売。店内は3ブランドの販促物で彩られています。
加工品戦略・大型スーパー進出戦略
秋川牛カレーの開発
しかし、これらは他の肉と比べて高価格。とりわけ秋川牛の場合、一般の顧客がこうした高級和牛を「ごちそう」として食べられるのは、せいぜい月に一回程度が限界でしょう。
もっと多く口にしてもらうにはどうしたらいいのか?
そう考えて開発したのがレトルトの「秋川牛カレー」です。1食分が500円と、手を出しやすい値段で買えるこの商品は発売直後から人気を呼び、年間3万食、1日平均100食売れる大ヒットとなりました。
ただし、レトルトパウチは食品工場で委託製造してもらうため、コストが高く、利益はごくわずかです。
「それでもいいんです。より多くの人に知ってもらうのが目的で作ったので」と、松村さんは屈託のない様子で話します。
東京産お取り寄せセット
地域の特産品を普及させるために始めたこの加工品戦略は、東京しゃもや下田さん家の豚にも応用。これら牛・豚・鶏3種を合わせて「東京産お取り寄せセット」として売り出したところ、地方を訪れる際の手土産に最適と喜ばれ、大好評を博しています。
大型スーパーマーケットの特設販売コーナーへ進出
こうした地道な努力が実り、2017年秋から地域の大型スーパーマーケットの特設販売コーナーへ進出。それぞれの肉の希少価値の高い部位をパッキングした商品を提供するようになりました。
これまで名前は聞いていたが実物を見たことがないという人たちにも届けられるようになり、松村精肉店が販売促進を担う3ブランドはじわじわと浸透しています。
さらなる普及をめざして
「応援したい地元産の肉」は「これから売れる将来性の高い商品」に位置付けが変わってきた、と松村さんは言います。いずれもその品質は都心の有名料理店などでも認められた存在。あとは時間をかけて浸透させていくだけです。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、東京産の知名度を上げるための、一つのターニングポイントとなるでしょう。松村精肉店はそれぞれの生産者らの思いを抱えながら、マラソンランナーのように日々の普及活動に取り組み続けます。