輸入品90%の現実
6月の青空の下、真っ直ぐに延びる畝には、落花生の若葉が芽吹き始めています。畝の間には、新芽に寄り添うように等間隔の足跡が刻まれています。
足跡の主は、落花生生産からピーナッツクリームの加工、販売を手掛けるピーナッツカンパニー代表の石嶋さん。落花生栽培に特化した農機具は少なく、他の作物用と比べて高額だといいます。石嶋さんは、種一粒ずつを手で蒔いています。「収穫時も手作業が多く、連作ができない。落花生は、特に手間がかかる作物だと思います」と、断言します。
栽培の難易度や担い手の高齢化、輸入品の急増など複合的な理由から、国内の落花生栽培面積はピーク時の9分の1までに減少しました。現在は国内流通量の約9割が中国産や北米、南米産の輸入品です。国産品の生産量は、1位の千葉県と2位の茨城県が約9割を担います。「平均年齢は70歳くらいで、1ha未満で栽培する方がほとんどです。危機的状況だと思います」と石嶋さん。自身は、30代で合計4haの畑で栽培する“異色の落花生農家”と言えます。
「商人が農業」のハードル
元々石嶋さんの実家は、落花生の仲卸と小売業を営んでいました。しかし国産品の減少を目の当たりにし、「このままでは、国産落花生を売れなくなる」と危機感を抱いた父・四郎(しろう)さんが、自らが生産から関わることを選びました。
就農当初は、「農業のことを分かっていないくせに、商人が農業なんて」と、冷たい視線を浴びることもあり、農地を借りることさえ一苦労でした。しかし、石嶋さん親子は生産技術の研究から販路の開拓まで人一倍の努力を重ね、国内の落花生農家で初めて農産物の国際基準「グローバルGAP認証」を取得し、誰もが認めるプロの農家となりました。
石嶋さんは就農前、都内の大手家具販売会社の営業マンでした。顧客に喜んで貰うことにやりがいを感じていましたが、リピーターの要望に対して、既成品の提案の枠内でしか応えられないという現実に、いつしか歯がゆさを覚えるようになりました。「実家を継ぐのだけは嫌だと思っていましたが、実は自分で作ったものを自分で売るという、親父の仕事はすごいと気が付きました」。結婚を機に帰郷し、生産を担当します。
生産も加工も、とことんこだわる
栽培は、秋冬の土作りから始まります。殻を堆肥に使った土で育まれた落花生は、株ごと引き抜いて収穫し、株ごと円筒形に野積みして乾燥させます。この状態は「ぼっち」と呼ばれ、落花生の産地の風物詩です。脱穀後、じっくりと天日干しをします。機械乾燥なら1日で終わるところ、2週間を掛けて水分を飛ばし、甘みを最大限に引き出します。30分ほど焙煎し、食感の良さや香ばしさを加えます。
落花生の消費者は高齢者が多く、洗練された商品パッケージが少ないという現状に注目した石嶋さんは、丹精を込めて育てた落花生を若い人にも手に取って欲しいと考えます。そこで考案したのは、お洒落なパッケージや原料の素材にこだわった100%国産のピーナッツクリームを作ることでした。
理想の商品を求めて、丸3年の月日を開発に費やしました。全国の国産ピーナッツクリームを取り寄せて試食しながら、ミキサーを使って試作を重ねます。特に「なめらかさ」が思うように表現できず、試行錯誤を繰り返しました。動画投稿サイトで超高速微粉砕機を知り、導入することで理想の食感と味に辿り着きます。
「せっかく100%国産の落花生を使うのだから」と、保存料や香料などは無添加、砂糖はてん菜糖、塩は伊豆大島の塩田のものを使うなど、原料にもこだわります。「正直、自分で全部やるのはここまで大変だとは思わなかった」と石嶋さん。加工の委託も試しましたが、「理想の物を作るには、自分でゼロしかやるしかない。納得のいくものを、お客さんに届けられるのは代え難いこと」と、力を込めます。
ピーナッツクリームのラインナップは、無糖や粒入りなど含む全5種類。定番の「プレーン」と、ポリフェノールを豊富に含んだ渋皮入りの「ビター」が特に人気だといいます。渋皮は一つ一つを手で剥いています。20~30代が手に取りやすいようにとお洒落な瓶に詰め、都内のマルシェなどで販売しています。
「とにかくピーナッツ農家を増やしたい」と、使命感を燃やす石嶋さん。しかし、特定の作物の盛り上がりだけではなく、若い人が農業を身近に感じられる環境づくりや、ピーナッツクリームを通した地域産業の創生が、‟その先“の目標です。「お客さんが‟土“を感じられる、体験農園やカフェを作りや新規就農希望者の受け皿作りがしたい」と言います。
「結局、お客さんや人と関わること好きな、根っからの商人」と、自らを顧みる石嶋さん。3次産業から6次産業化への挑戦というアプローチは、業界や地域に新しい風を吹き込むことでしょう。
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