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SNSで人気 “絶景棚田”の奥深き役割とは

SNSで人気 “絶景棚田”の奥深き役割とは

中山間地の斜面に小さな田んぼが何枚も連なる棚田。近年、絶景とも称される棚田の景色が注目を集め、有名な棚田には多くの観光客が訪れています。その一方で、棚田は平地の田んぼ以上に労力が必要なため、オーナー制度でなんとか維持されている地域も多いのが実情です。保全活動の数少ない成功例とも言われる千葉県・大山千枚田を例に、棚田とオーナー制度の現状について団体や専門家に話を伺いました。

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年1万人以上の来客で賑わう大山千枚田

都会から至近で景観や体験活動が人気

5月下旬の日曜日。千葉県鴨川市の大山千枚田に、観光客を乗せた車やバイクが次々にやってきました。皆がこぞってカメラを向けるのは、大小の田んぼが階段状に連なる棚田の風景。近年、棚田がメデイアで取り上げられるにつれ、その景観がSNS映えすると熱い視線を集めるようになったのです。

この日、写真を撮る人の傍らで50人を超す団体が田植え作業をしていました。大山千枚田の団体オーナーになっている都内のIT関連企業の社員らです。この日の田植えから、夏場の草刈りや秋の稲刈りまで年7回の活動を通して米づくりを体験する予定です。

運営するのはNPO法人「大山千枚田保存会」。1997年に設立し、棚田オーナー制度のほか、「大豆畑トラスト」「綿藍トラスト」「家づくり体験塾」などの体験プログラムも実施。保育園児や小学生の体験学習を含めると年間1万人以上もの人を受け入れているそうです。

棚田で田植え体験をする団体オーナーの社員家族ら

「稲4本くらいをわけて、第二関節くらいまで土に挿してください。挿し方が浅いと稲が浮いてきてしまうので気をつけてね」

田植え作業にあたり、地元農家のスタッフがやり方を説明します。参加者は大人も子どももみなアマチュア。見よう見まねで田んぼに入っていきます。

「そこの稲、多いよ。6、7本挿しちゃっているんじゃない?」

「ここは間隔を空け過ぎ。同じ幅で植えていかないとダメだよ」

少し慣れてくると、農家さんから厳しい指摘も次々に飛んできます。午前中の2時間弱をかけて田植えは終了。「楽しかった」という歓声があちこちで上がりました。

稲を4、5本ずつとって手作業で田んぼに植えます

東京から一番近い棚田

大山千枚田は房総半島南部の約4ヘクタールの斜面に江戸時代に開かれたと言われています。東京から一番近くにあり、雨水のみで耕作を行う天水田としては日本で唯一の棚田。現在は375枚の田んぼのうち150枚が棚田オーナーらによって耕作されています。

2時間弱をかけて大きめの田んぼ2枚に苗を植えた

全国80カ所以上で展開する棚田オーナー制度

棚田は「労力は2倍、収量は半分」

いま、全国の棚田でオーナー制度が取り入れられています。棚田の支援活動を行うNPO法人「棚田ネットワーク」によると、1992年に高知県梼原(ゆすはら)町で始まったオーナー制度は32府県80カ所以上に拡大しました。こうした制度なしには棚田を維持するのが難しくなっているのです。

大きな理由のひとつは生産性の低さです。

棚田は一枚あたりの面積が狭く、かつ農道の整備が不十分で大型機械が使用できなかったり、日照や通風条件が良くなかったりします。そのため平地の水田に比べて、「労力は2倍かかるのに収量は半分しかない」とも言われます。

そもそも生産効率が低いところに、1970年からの減反政策や、少子高齢化と人口流出による担い手不足が加わって耕作放棄に拍車がかかったとみられています。

全国の棚田に詳しい中島峰広(なかしま・みねひろ)・早稲田大学名誉教授は、「88年に22万ヘクタールあった棚田はこれまでに4割ほど減少したと推測できる。しかも、残っている棚田には米作りがされていない休耕田がかなり含まれるのではないか」としています。

棚田はおいしい米を育てるとも言われます

存続の危機にある保全活動

活動も高齢・後継者不足に直面

こうした背景から広がった保全活動ですが、その活動も全国で危機的状況にあるとみられています。棚田ネットワーク事務局長の高桑智雄(たかくわ・ともお)さんは、こう話します。

「棚田は私有地で、管理するのは一般の農家さんですから、外から人を受け入れるだけでも大変です。しかも高齢になって後を託せる人がいなかったりする。もうこれ以上は活動を続けられないという声が寄せられることも多くなりました。どこも綱渡りの状態ではないでしょうか」

受け入れる農家が高齢化し、代わりに引っ張っていく地域のリーダーも不在。「もう無理だ」。ある80代の農家の男性は何年も前からそう言いながら、また春になると無理を押して田んぼに入るそう。体はしんどい、だが代々受け継いできた農地を荒れさせるわけにはいかない。その狭間で何とか踏ん張っている。そんな姿が浮かんできます。

また、オーナー制度が始まった当初は、農業体験自体が珍しく画期的な仕組みとみられていました。しかし最近では、田植えや稲刈りなどの体験ができる場所は他にもたくさんあって差別化が難しくなっています。

先に挙げた大山千枚田は、オーナー制度に8割ものリピーターを抱えつつ、ほかの新しいプログラムも次々に打ち出していける、まれなケース。高桑さんは「設立当初からリーダーシップを取れる人がいて、いろんな体験を含めて人が行き来する仕組みができている。経済的にも安定している、全国でも数少ない成功例ではないか」と分析しています。

それでも耕し続ける理由とは


棚田にはいろいろな役割があると言われている

経済的なモノサシで見れば生産効率性が決して高いとは言えない棚田ですが、保全の観点からはしばしば「多面的機能がある」などと語られます。

『棚田保全の歩み―文化的景観と棚田オーナー制度』(中島峰広著、古今書院)によれば、具体的には①保水機能、②洪水調節の機能、③地すべり防止機能、④生物多様性の機能――などが挙げられます。

それに加え、大山千枚田保存会事務局長の浅田大輔(あさだ・だいすけ)さんは、こう話します。

「平地の大規模な米作りは必要ですが、いまは使われていない棚田でも再び米を作る日が来ないとも限りません。培ってきた技術をわざわざ捨てるのではなく、地域の文化・歴史や生態系の豊かさも含めて守っていきたい」

私たちの食を支えるための大規模・効率的な米作りはもちろん大事。だが、それ以外の米作りがあってもいい。

冒頭に挙げたように多くの人を惹き付け、“日本人の原風景”とも称される棚田の風景は、こうした人たちの手で守られています。誰も耕す人がいなくなれば、そこもやがて草に覆われ、森へと還っていく……。

SNSに写真をアップする前に、少しだけそんな物語に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。

【取材協力】
NPO法人大山千枚田保存会
NPO法人棚田ネットワーク

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