なぜ農業でAI・ビッグデータ活用なのか
農業のICT化は、20年以上前にITサービスがはやった時から言われてきました。それが、なぜ今、AIがビッグデータというキーワードとともに再び注目されているのでしょうか。その理由には、技術革新と、必要性の拡大という二つの側面があります。
農業は自然環境の影響を受け、植物の状況も個体によって異なります。そのため、現状を把握するだけでも、規格化された工業製品の管理に比べて、複雑で多様な状況把握が求められます。それがICT化を阻害してきました。近年の技術革新は、この複雑多様なデータ取得を容易にしました。たとえば、カメラ、センサー、衛星情報、そして、得られた情報をネット上で統合するIoT技術などが発展し、さまざまな場所に普及しました。さらに、AI技術の発展により、取得した画像を解析することで、たとえば、人が目で判断していた果実の場所や植物の様子の把握とデータ化なども可能になりつつあります。現状が把握できた後には判断が必要になってきますが、この大量に得られたデータ=ビッグデータを活用することで、今まで人間の勘に頼っていた農業での判断を形式知化(対策や手順を具体的に表すこと)し、データとして蓄積することで、より効率化できるのではないかと期待されています。
注目される別の理由としては、いよいよ農業の後継者問題が表面化しはじめたことがあります。農家の高齢化は著しく進み、次世代の生産者の確保・育成が急務です。しかし、辞めていく人に比べ新規就農者の数が追いつかず、熟練農業者からのノウハウの引き継ぎにも時間がかかるなど、課題を抱えています。そこで、AIやビッグデータを使った栽培ノウハウの形式知化、自動化が求められているわけです。
農業データ連携を促進するWAGRI
データを活用するには、農業に関わる多種多様なデータを連携して活用する必要があります。一方で、各データは異なるメーカーが提供する異なるシステムで管理されていることが多いのが現状です。データ連携の取り組みとして注目されるのが日本マイクロソフト株式会社や株式会社クボタといった企業20社以上が設立した「農業データ連携基盤協議会(以降、WAGRI)」です。農業データ連携基盤は、農家の人々がデータを使って生産性の向上や経営の改善に挑戦できる環境を生み出すことを目的とした“データプラットフォーム”です。ベンダーやメーカーの垣根を越えたデータ連携を推し進めるほか、土壌、気象、市況などさまざまな公的データや民間企業の有償データ等の蓄積や情報公開を行っています。
AIを使って灌水(かんすい)施肥も最適化・自動化。将来的には光合成自体も
個別の会社でもデータ取得や解析、自動化を行う新しいサービスが増えてきています。連日調整することも多い水分や肥料の設定は時間がかかるうえ、そのノウハウも勘に頼ることがまだ一般的です。そこで、株式会社ルートレック・ネットワークスは、土壌の状況をモニタリングしながら、水や肥料を最適な形で自動的に施用するサービス「ゼロアグリ」を提供しています。養液土耕栽培の生産者を対象に、センサーと電磁弁を提供することで、AIが現在の作物状況に合った最適な液肥供給量を判断し、自律的に供給します。
水や肥料だけではなく、植物の光合成も把握し最適化するような技術も研究されています。PLANT DATA株式会社が提供する「光合成チャンバー」は、植物体を覆うビニールのような機器を設置することで、その植物体の光合成速度(一定時間あたりの二酸化炭素取り込み量)を実測します。一般的に、生産量増加につながる光合成量の最大化を目標にして栽培管理を行う生産者は多いものの、光合成量自体を数値化し管理するということはいまだ行われていませんでした。「光合成チャンバー」を利用することで、施策が実際に光合成量を増やすことができたかを数字で把握することができます。さらに、目視や勘などの感覚に頼っていた曖昧な情報も数値化すれば、AIの学習のために活用しやすくなります。この技術により、AIによる栽培最適化の精度が大幅に改善される可能性があります。
今回はAIとビッグデータに関して、事例をもとに紹介しました。まだ発展途上の技術で、他産業でも実験的な試みが行われているような段階です。精度を上げるためのデータ蓄積や、実際の利活用にも試行錯誤が必要になるでしょう。しかし、今すぐ結果が出なくとも、データ蓄積し解析を進めていくことで、複雑だからと諦められていた農業の形式知化が進んでいくことは間違いありません。
農業データ連携基盤協議会(WAGRI)
ゼロアグリ
PLANT DATA株式会社