農学部卒業後、企業の農園部門を立ち上げ
なだらかな田畑が連なる、北海道夕張郡の長沼町。都市と農村の交流促進を図る「グリーン・ツーリズム特区」に制定され、道内外から農業体験に訪れる人や、新規就農のために移住する人が増えつつあります。
この地で就農して9年目の江崎さんは、ハスカップやブルーベリー、イチゴなどの果物、ブロッコリーやスイートコーンといった露地野菜を、計9ヘクタールの畑で栽培しています。
愛知県で生まれ、北海道大学農学部・同大学院で農学を学んだ江崎さん。就農を決意したのは高校2年生のとき、ふらりと東京へ旅に出たときでした。夜行列車から降り立ち、雑踏のサラリーマンの疲れた顔を見て「やりたい仕事と生き方を選ぶ人生にしたい」と誓ったといいます。住み込みでのアルバイトを含め、全国の農業現場へ足を運びました。卒業後は「広い世界を見たい」と海外へ。アメリカやニュージーランドなどを約半年間見て回り、育てる作物や営農方針のイメージを膨らませていきました。
様々な情報を得て江崎さんが描いた将来像は、「お客さんを畑に呼べる農園を開き、資金や技術面から、すぐに独立就農をするには壁がありました。大学教授の紹介で、札幌に本社を置く洋菓子製造・販売会社へ、ケーキの原料を供給する自社農園の立ち上げ担当として入社しました。
自らも若い頃は農業経営を志していたという社長は、農業生産法人を設立し、江崎さんを代表に就任させました。さらに「5年で黒字化」の目標を達成すれば、生産法人を江崎さん自身の農園として譲ることを約束。作付け計画から全てを任され、その責任は重いものでした。しかし、自らの裁量で営農することで試行錯誤しながらも、着実に農業者としての力を付けていけました。
目標達成と独立、そして運命の出会い
ゼロから立ち上げた農業、ましてや収穫までに7、8年が掛かる果樹栽培で黒字化を実現するのは、生半可な道ではありませんでした。
品種選びや栽培方法で模索し、充実しながらも苦労を重ねていた江崎さんに転機が訪れます。ジャムの製造・販売での起業を目指していた、現在の妻・広呂香(ひろか)さんとの出会いです。ジャムの材料を探していた広呂香さんは、江崎さんの農園を訪れます。ハスカップ収穫の手伝いをきっかけに、二人が親しくなるまでに時間は掛かりませんでした。まるで出会うべくして出会ったような二人は程なく夫婦となり、新たな命を授かりました。「家族ができて勢いがついた」と、江崎さんは振り返ります。
江崎さんは露地野菜の栽培で収益を上げ、約束の期限内の5年目に黒字を達成。晴れて独立を成し遂げます。2015年、生産法人の社名を「株式会社esaki」へ変更、農園部門は江崎さんのあだ名にちなんで「ジョージ農園」、広呂香さんが担うジャム部門は「HIROKA JAM」と名付けました。
広呂香さんは、江崎さんが育てたベリーと、全国の知人の農家が直送してくれる野菜やフルーツとを組み合わせ、ジャムを加工します。「いちごとパッションフルーツ」「ハスカップと夏みかん」など、数十種類に及ぶ豊富なバリエーションのジャムは、道内や都内の店舗で委託販売しています。4歳、1歳の娘の子育てと両立しつつ、ゆくゆくは自分のお店を開くことを目指しています。
旬にこだわり、理想のものづくり&ライフスタイルを追求
江崎さんのこだわりは、「旬」の作物を消費者に味わってもらうこと。作物の需要は、旬の時期外にこそ増え、高値が付きます。しかし、旬に収穫した作物はもっとも美味しく、無理なく作れるというのが江崎さんの信条。
丁寧な土作りときめ細やかな管理により、栄養価が高く健康な野菜を作り、結果的に農薬を減らす農業スタイルを目指しています。「農業は奥が深く、一生初心者かもしれない。でも、より良いものを作るために勉強するのは楽しい」と前を向きます。
ハスカップの木々の間を愛娘が裸足で駆け回り、妻も自分もそれぞれの夢を追い掛け、汗をかく日々。若い頃に描いていた理想の生活が、いまここにあると感じられる瞬間こそ、農業を選んだ答えでもあります。
「都会の人にこそ来てもらって、畑で寝転がったりしてもらいたいんです」。ストレスから解放され、人と人とのつながりを大事にし、自然と共に生きるという「古いようで新しいライフスタイル」を体験して欲しいと、収穫体験などができる観光農園事業にも力を入れていきます。
あだ名「ジョージ」の由来を尋ねると、アコースティックギターに打ち込んでいた学生時代の江崎さんに、音楽サークルの先輩がつけてくれたのだと教えてくれました。「イメージで適当に付けてくれたようですが(笑)、最近、どうやら古代ギリシア語で『大地で働く人』という意味が込められていることを知りました」。まるで運命に導かれるように、江崎さんは愛する家族と理想の農業人生を歩んでいきます。
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ジョージ農園 & HIROKA JAM
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