人も醸す? 山口県の田布施農工高等学校で日本酒造りの部活動!
公開日:2018年12月03日
最終更新日:
ヤッホー!!世界で唯一のコンビ揃ってきき酒師の漫才師「にほんしゅ」です! 大好きな日本酒にまつわる活動や漫才をする中で、全国の酒蔵さんへの見学も重ねる我々の耳に「日本酒を造っている高校が山口県にあるらしい!」との情報が。「高校生が日本酒造り!? どうやって?どんな学校なんだ?」と居ても立ってもいられない我々「にほんしゅ」が部活動として日本酒造りをしているという山口県立田布施(たぶせ)農工高等学校の皆さんに突撃インタビュー!
農業高校と工業学校が一体となった地元の人気校
山口県の南東部にある熊毛郡田布施町は豊かな緑が広がり、瀬戸内海もすぐ近くという非常に恵まれた環境。JR山陽本線の「田布施駅」からも徒歩圏内の便利な立地にある田布施農工高等学校に到着。まずは校長の奥野忠(おくの・まこと)先生による学校紹介からインタビュースタート!
パワフルな奥野忠校長
奥野校長
よろしくおねがいします。まず田布施農工高等学校がどんな学校か教えていただいてよろしいですか?
北井
奥野校長
はい。山口県立田布施農業高等学校と、山口県立田布施工業高等学校が平成22年に統合して開校したのがこの田布施農工高等学校で、農業高校と工業高校が一緒というのは全国的にも非常に珍しいです。現在は「生物生産科」「食品科学科」「都市緑地科」の農業系3学科、「機械制御科」の工業系1学科の計4学科になっています。
あさやん
北井
4つの学科がある、全国的にも非常に珍しい農業高校と工業高校が統合された田布施農工高等学校
北井
奥野校長
うちのテーマは「地域社会で活躍する将来の職業人を育成する学校」ですね!
いい教育テーマですね。どんな生徒さんが入学されますか?
北井
奥野校長
最近の生徒から感じるのは彼らのような10代の若者の方が大人よりも「食べ物の安全や農業、環境などをちゃんと意識しないと」という考えや感覚を持つ人が多いということです。普通科を出て、いい大学やいい企業に入れば幸せだという概念がかなり薄れているんじゃないでしょうか。
あさやん
またええかっこして。
確かに僕たちも農大の学生たちや若くして酒蔵で働く人と話すときに感じることですね。
北井
奥野校長
ただ進路を考えたとき、地元の産業としての農業はまだそれに応える体力はないというのも現状で、ダイレクトに地元の農業にまつわる就職は少ないんです。この辺りでいうと近所に周南コンビナートがあって、多くの工場があるのでそちらへの就職も多いんですよ。
なるほど。地元農業にまつわる仕事の求人というのは少ないんですね。
北井
奥野校長
はい。でも最近では、山口県内の畜産農家さん、花屋さんなどの受け入れ先も少しずつ増えては来ています。本校で日本酒造りを学んだ生徒が県内の酒蔵さんに就職することも増えて来ました。我々教師は農業にまつわる仕事をしたいなら農大への進学も勧めています。生徒自身も農大に進学してさらに専門的に学びたいという生徒が10年ぐらい前から増えていると思いますね。
志高く入学される生徒さんも増えていると。
在学生の親御さんのことも少しお聞きしたいんですが、専業農家さんの親御さんもいらっしゃるんですか?
北井
奥野校長
私が把握している限り専業農家の親御さんはいないですね。
あさやん
北井
奥野校長
もちろん田んぼや畑を持ってる兼業農家さんはたくさんいますけど、専業農家をやるのはハードルが高いですね。
また親御さんが、インターネットで学校の情報を調べて、普通科の高校よりも何か技術や資格を身につけて欲しいということから「田布施農工どう?」とお子さんに勧めているパターンも多いようですね。資格も30種類以上取れますからね。
なるほど! やっぱり親御さんからするとそこも魅力的ですね。
北井
奥野校長
そうですね。我々田布施農工高等学校としての理想は、農業科出身者が農作物や食品を作って、その農作業に関わる機械の故障を機械科出身者が助けたりするなど、地域社会の中で活躍する職業人がたくさん誕生することです。
なるほど。田布施町を出なくても良いというのが理想ですね!
「田布施農工高校の子なら大丈夫!」と地元の人にも頼られて、違う市に働きに出ずとも田布施町で働いたり農業したりして生きていけるような街づくりをやりたいですよね。そしてその中心メンバーを養成するような学校を目指していくと良いですね!
あさやん
北井
日本酒造りを教える魚住先生は日本酒が飲めなかった!?
田布施農工高等学校で仕込んでいる日本酒「滄桑(そうそう)」を前に語る魚住知一(うおずみ・ともかず)先生
魚住先生はどんな流れで日本酒造りを教えることになったんですか?
北井
魚住先生
私は元々「花」が専門で、時代に必要とされるだろうということでフラワーアレンジメントの技術を身につけて今も授業で教えています。
あさやん
疑うなって! 確かに先生のパワフルな見た目からはちょっと意外やけど。
北井
魚住先生
本当なんですよ(笑)。あとは畜産もやっていましたし、酒米作りもやっています。日本酒造りに関しては先代の杜氏(田布施農工高校の教員)が早期退職をすることになり、跡継ぎにならないかと誘われたんです。本校の酒造りの伝統の重さに、自分に務まる仕事かと迷ったんですが、「酒造りが学べる、酒を造ってもいいと言われる教員が世の中に何人おる?」と一念発起して引き受けたんです。
なるほど。では魚住先生は日本酒が元々好きだったんですね?
北井
魚住先生
いえ、実は日本酒は苦手意識があって嫌いだったんです……。
あさやん
北井
魚住先生
でも、自分で勉強し始めて利き酒もして行くうちにだんだん味が分かってくるんですね。そうすると日本酒も本当においしいものがあるんだと気づきました。
分かります! 「日本酒ってこんなおいしいのか!」ってどんどんハマっていきますよね。
北井
魚住先生
もちろん酒造りは“ど素人”だったので指導できるようになるまで大変でした。たくさん酒蔵見学をしたり、兵庫の但馬杜氏組合の勉強会に参加させてもらったり。
北井
魚住先生
とある酒蔵に酒造りを学びに行ったとき、技術を教えてもらうだけの特別扱いの勉強では意味がない、説得力がある指導が生徒にできるようにと「下働きからやらせて下さい!」と直訴しました。他の蔵人さんと同じように洗い物をしたり、氷や蒸米を担いで走ったりといった地味な作業を連日必死にやりました。そんな中、蔵人みんなでごはんを食べるときに杜氏さんから順にお味噌汁をよそっていくんですけど、1番下っ端の自分の時に鍋を見たら汁だけで全然具が残ってなかったんです(笑)。「うわぁ!これ本物やないかぁ‼!」と感動しましたね。
蔵のリアルな縦社会をちゃんと体感できた!っていう喜びですね!「具だくさんの味噌汁を飲めるように酒造り頑張るぞ!」と(笑)。
北井
魚住先生
そうです! そんなこんなで酒造りを私なりに全力で学んでいったんです。より高いレベルの酒造りを目指すことを考えると、授業の中で行う以前の酒造りではお酒の発酵の理想的なタイミングでの管理は難しいという思いから、「酒」のタイミングに合わせて実習できるように「部活動」として「酒造蔵部(しゅぞうくらぶ)」を立ち上げたんです。ままごと的な酒造り実習ではなく、本物を造るチャレンジができる環境を作りたかったんです。新卒で酒蔵に就職しても技術的にも人間的にも通用するような指導を本気で目指しています!
あさやん
北井
酒造蔵部へ遂に潜入! 酒造りに取り組む生徒たちの様々な未来図
いよいよ蔵へ。日本酒の酒蔵の軒先にある新酒ができたことを告げる「杉玉」も立派。環境土木科の生徒が制作
高校生がどうやって利き酒をする?
日本酒のもろみを発酵させるタンク。米麹を造る麹室や仕込みのタンクなど、設備が一式揃っている
この酒造蔵部はいろんな方面からの取材も多いですよね?
北井
魚住先生
そうですね、いろんな取材を受ける中でメディアの方が開口一番聞かれるのが「お酒が飲めない高校生がどうやってお酒を造るんですか?」ということですね。
あさやん
北井
魚住先生
ははは(笑)。当然口に含む利き酒は高校生なので出来ません。お酒造りは学校での授業でやっている、物理と生物と化学の世界です。温度変化などの数字で見えるデータをしっかり管理することが基本です。
学生ならではといえば、「嗅覚」ですね。「飲めない」という前提は逆に先入観のないピュアな感覚を持っているということでもあるので、すごく鋭い感覚を持っているんですよ。お酒が飲める大人よりも「この吟醸酒はリンゴの香りじゃない、メロンの香りだ」みたいな判定は圧倒的に高校生の方がレベルが高かったりします。
そうなんですね! 飲めない前提だからこその鋭敏な感覚が酒造りにも役立っているんですね!
北井
酒造りに部活として取り組む生徒たちが描く未来
ではみなさん座ってください。授業を始めます。
人という字はー‼ 人と人とが……
あさやん
金八先生か! 俺らの話はええから生徒の皆さんに話を聞きたいねん。
北井
酒造蔵部のメンバーが集まってくれた
北井
Aさん
僕は兄がここの卒業生で、兄から話を聞いているうちに食品加工に興味が出てきて入学して。それから酒造蔵部のことを知ったんですけど、親も入れ入れ!って面白がって(笑)。
Bさん
僕は父が酒蔵で杜氏をしていて、小さいころから自然と酒造りに興味があったんです。
Cさん
私は中学の時に仲が良かった先輩が田布施農工高校に入って、「体験入学おいでよ」と誘われたのがきっかけです。酒造蔵部の見学もしたんですけど、そのときに蒸米を放冷している最中で、その先輩の凄い真剣な姿やオーラに感動して入ろうと思いました!
Dさん
私は将来ワインのソムリエになりたくて、フランスでも勉強をしたいんですけど、その時に「高校の時から日本酒造りの勉強をした」っていう経験が活きるんじゃないかと思って酒造蔵部に入りました。
あさやん
それ「こんにちは」っていう意味やで!?
みんなの中で将来やりたいことが決まっている人っていますか?
北井
Bさん
僕は田布施農工高校に入ったのも酒造りを学んで、農大でもっと勉強して、父と同じように酒造りの道へ進んで将来は杜氏になりたいです!
Aさん
僕は酒造蔵部に入るまで夢というのは無かったんですけど、ここでお酒造りにどっぷりハマってしまって出来た夢が、有名な酒蔵さんで修業してもっと酒造りの腕を磨いて、最終的な夢はすごくハードルが高いのは分かってるんですけど、お酒を造るだけじゃなくて酒蔵そのものをつくりたいと思っています!
ええライバルになりそうな2人やねー‼ よし! まず今相撲で勝負しよう! はっけよーい!
あさやん
北井
日本酒が微生物の力でじわじわと醸されるように、魚住先生という熱き杜氏さんの元で、酒造蔵部の生徒さんたちも日本酒造りを通して人間的によく醸され、発酵されているように感じました。田布施農工高等学校の酒造蔵部はお酒も人も育つ場所でした。
後日開催された田布施農工高等学校の恒例行事「農工祭」の様子。地元の方々が大勢集まる人気行事
山口県立田布施農工高等学校
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