就農したいと思ったことはなかったけれども……父親の農業が理想だと気づいた!
望さんのご両親は、千葉県で有機農業を営んでいます。しかし望さんは「子どものころから父親の仕事を近くで見てきましたが、自分が農家になりたいとは思いませんでした。他にやりたいことがあったので、農業をしている自分というのが、単純に想像できませんでした」。ご両親もまた、特に農業を継がせようとはしませんでした。子どもの好きなようにさせようと考えていて、望さんが20代後半に「農家になる」と言い出すまで、自分たちの代で農家は終わりかもな、と思っていたそうです。
20代前半になり、都会で一人暮らしをするようになった望さんは、自然が身近にない生活に生きづらさを感じるようになりました。また東日本大震災を経験して、自分に本当に必要なものや大事なものは何かとよく考えた結果、父のように土地に根を下ろして生きることが理想に近いことに気づき、農業を志しました。
就農する際はご両親から農地を借り受けましたが、経営は別にしていると言います。農業のやり方についても、互いに干渉はしません。「親子ともに有機農業で、経営が別なところは珍しいかもしれません。研修先では野菜を専門に学んだため、両親から米作りについて学ぶことも多いです。それでも基本はお互い自由に、ゆるく助け合いながらやっています」
農業大学校に進学!
夫婦そろって農業大学校に進学することに
突然とも思えた望さんの就農宣言を絢さんはどう受け止めたのでしょうか。
「望がいろいろと模索する中、二人でよく話し合いました。私自身は農家で育ったわけではありませんが、私も自然と農業へ気持ちが向いていったので、自分たちに合っている道なんだろうなと、明るい気持ちでした」
話し合った結果、夫婦そろって千葉県の農業大学校に入学することにしました。それぞれがきちんと知識と経験を身に付けて、互いに対等の立場で意見を交わし、自分たちらしい農園にしたいと思ったから、と言います。
農業大学校にはいくつかコースがありますが、香取さんは2人とも1年コースの農業研修科を選びました。コース内容は座学の他にも農場での実習、農家研修、機械研修などがありました。
応援して、互いに支え合える人たちに出会えた
入学前は、実際の営農について深く考えておらず漠然としていた、と言う香取さん。農業大学校で学ぶ中で、やりたい農業の姿や農法などが見えてきたそうです。それには恩師との出会いがありました。
「入学して一番良かったのは、在来種の自家採種(※1)や、ぼかし肥料など、現在私たちが大事にしていることを教えてくれる先生に出会えたことです。私たちが有機農業の道を進むのに、強く背中を押してくれました」
また、同じように農業を志す仲間との出会いもありました。卒業してからも、ハウスのビニール張りや稲刈りを同期同士で手伝いあっているそうです。また、レンコンなど、特定の野菜を専門に育てている人には、栽培方法を教わったりもしています。
※1 自分で育てた草花から、種を採ること。
農家研修もしっかり活用
授業の一環として行った農家研修も、有機農業を選ぶにあたって参考になりました。この研修は、授業の一環としてのものであり、規定通り報酬はありませんでしたが、実際に有機農業を行なっている方からその魅力と大変さを包み隠さず教えてもらえる貴重な機会になりました。
研修の際は、より幅広い知識や技術を学びたいと夫婦で異なる研修先を選んだ香取さん。有機と言っても、やり方や信念が異なる農家で研修をして、いろいろな人と接し、様々な見方を知ることで、自分たちのカラーを決めて行くのに非常に参考になったと言います。
在学中に学んだことが実践に役立っている
先に述べた自家採取や肥料について以外にも、大学校で学んだ農薬の知識や獣害対策、ハウスの建て方などは、現在の営農に生きています。「私たちの農園は農薬を使用しませんが、大学校で学んだ農薬の知識が、無農薬でどう対処するか考えるのに役立っています」
また、授業の一環ではないものの、在学中にしておいて役立ったことに、ハウスの資材準備があります。中古のハウスをもらうために、学校や研修のない日に解体作業をしました。その時にもらった資材が、今は香取さんの農園でしっかり活躍しています。
農業大学進学や就農、気になる費用は?
就農してみたい人にとって、いくらかかるのかはやっぱり気になるところ。費用面について、香取さんに聞いてみました。
いくらかかる? 農業大学校編
まず、香取さんが選んだ千葉県の農業大学にかかった費用は、入学金に約30,000円、授業料が1月3,300円でした。「教科書代と、基本の農具(鍬や鎌など)は入学金に含まれていたと思います。実習資材費も、自分で実習用にまく種や苗代以外はほぼかかりませんでした。種や苗は、育てる野菜の種類によりますが、私の場合は15000円くらい。マルチ、肥料、培土などは学校で用意されました」
他にも、学校までの交通費や、研修先の農家さんへの交通費、そして家を借りている人なら賃貸料や食費などの生活費がかかります。さらに一年間の研修期間と、その後就農してから収入が入るまで生活できる分は蓄えが必要です。
いくらかかる? 新規就農編
香取さんたちは、望さんのご両親から農地を借り受けているため、農地購入や賃借の費用はかかっていないと言います。トラクター、管理機等も、古い物をご両親から譲ってもらったそうです。新規就農に際して大きな出費は、中古の軽トラック30万円のみでした。
「新規就農者、または就農準備をしている人を対象にした投資資金制度(※2)もあるので、私たちはそれを利用しています。地域によっても異なるので、農業事務所や、市役所などで相談されると良いと思います」
就農した後も、費用はかかります。香取家では、親から子へ土地の移譲を徐々に進めています。「農地の登記に関しては一筆(※3)いくら、と明確な金額がありますが、税金に関してはその土地によって変わってきます。新規就農の方は、農地を借りる方が多いと思いますので、その土地の農業事務所の方に聞くのが一番わかりやすいと思います」
※2 資金交付型の農業次世代人材投資資金や、無利子の長期貸し付けを行う青年等就農資金などがある。
※3 いっぴつ。登記をするときの土地の単位。
農機具の値段
値段が張るトラクターなどの機材も、定期的に修理や買い替えの必要がでてきます。香取さんたちは、新たに中古のトラクターで状態が良い物を探しているところで、50~70万円くらいを費用として考えているそうです。
「農機具の値段は、新品を買うか中古を買うかで、値段もその後のメンテナンス等も変わってきます。我が家では、父が機械に強いので、すべて中古で(中には故障しているものも!)を買っています。父は、ジャンク品をもらったり、ネットオークションで新品の1/10くらいの値段で購入したりしています」
購入したものの中には修理しきれないものもあるそうですが、修理に必要なパーツを安く揃えて、最低限動くようにしているとのことです。機械と農業、一見異分野にも思えますが、「メカに強い農家さんは、周りからも重宝されます!」
休みはとれないけれど、性に合った農業ができている!
野菜と米を無農薬、無化学肥料で育てている香取さん。就農しての感想は何よりも「休みがない!」だそうです。野菜は年間約70品目を少量ずつ栽培していて、自家採種まで行う固定種のうるち米や古代米の栽培と、常に畑や田んぼで何かを育てているため農閑期というものがないとのこと。そして農園にはヤギやニワトリもいるので、その世話も欠かせません。「でも、夫婦で協力して仕事ができること、手作業で日々が作られていくことが、性に合っていたんだな、と感じています」と語る絢さん。
望さんも、模索してたどり着いた有機農家としての生き方に満足しています。昔ながらの農家の技を継承しつつ、大事に種を採り、生命が循環する田畑を作っていきたい、と言います。
カトリケの農園では固定種(※4)を多く育てており、自家採種にも力を入れています。固定種には、昔ながらの品種が多く、形や育ち方にばらつきがあったり、日持ちが悪いなど流通面での不便さがあったりしますが、野菜本来の風味が楽しめる魅力があるそうです。
「野菜ひとつにも個性があること、様々な生き物が関わって育つこと、その種が大事に受け継がれていることがとてもおもしろいと思うのです。固定種や、自家採種して育てたものをもっと人に食べてもらって、広めていきたいです」
※4 代々同じ形質が受け継がれ、形質が固定されたもの(種類)のこと。在来種や伝来種は固定種。
なお、香取さんが育てる野菜やお米は、「カトリケの農園」ホームページや、食べチョクという農家の直売サイトから購入できます。グルテンフリーの米粉も好評発売中です!
【取材協力・写真提供】カトリケの農園
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