キャッシュがない途上国の農村
日本人はほとんどの人が銀行口座を持ち、一定水準の貯金を持っていて、いざとなればローンを組めます。こういったお金に関わる基本的な社会の仕組みを、金融インフラと呼びます。
途上国の農村は、この金融インフラがまだあまり整備されていません。銀行が近くにない、貯金の概念がない、信用がないから融資を受けられない、といった状況は珍しくありません。また、お金のルールや倫理観が育っておらず、横領などの不正のハードルが低いこともあります。
今までは政府や銀行などの大型機関が金融インフラをつくるのを待つしかありませんでしたが、フィンテックにより農村の金融インフラの構築を目指すベンチャー企業が出てきました。その中から、アジアとアフリカで日本人経営者が進めるプロジェクトを紹介します。
日本人が進める、ITを使ったカンボジア農業改革
北浦健伍(きたうら・けんご)さんが代表を務めるAGRIBUDDY(アグリバディ)は、カンボジアやインドなどの途上国で、農家向けのサービスを提供するベンチャーです。農家は同社のスマホアプリを通じて、農場や作業の状況を日々入力することで、自身の農地や経営の状況を見える化することができます。アグリバディは、得られた情報をもとに農家のスキル評価や信用評価を行うことで、最適な金融サービスを提供しています。
今まで誰が信用できる農家なのか見分けるのは困難でした。会社であれば、財務諸表や実際のオフィスを見にいったり、経営陣の経歴から融資の可否を判断したりすることができますが、農家には通常そういった情報は存在しないか、財務情報が整理されていないことから、経歴もごまかすことが容易なので、信用に足らないものになってしまいます。
アグリバディに入力されたデータは信用力を測るための基準になります。簡単な例だと、細かに作業を記録している農家は、マメな性格で生産性が高く、返済もしやすいということが言えるかもしれません。
最近では、実業家の孫泰蔵(そん・たいぞう)氏が立ち上げたMistletoe(ミスルトウ)や、サッカーカンボジア代表監督兼GMの本田圭佑(ほんだ・けいすけ)氏などから280万米ドル(約3億円)の資金調達をして話題になりました。アグリバディはこの資金をもとに、保険会社や銀行とともに金融サービスを発展させていくとのことです。
モザンビークの農村で電子マネー経済圏を作る
日本植物燃料株式会社の代表である合田真(ごうだ・まこと)さんは、アフリカ現地で感じた課題意識から電子マネーを使った金融インフラを作ろうとしています。
日本植物燃料株式会社は、モザンビークでバイオディーゼルの生産と販売を行う会社です。燃料を使った商品を販売するために、キオスクとよばれる現地の小規模小売店(今のコンビニ、昔のタバコ屋のイメージです)を自社で運営するようになったことが金融に関わるきっかけでした。
自社の店舗で、店舗売上が実際の金額と合わないという問題が発生します。3割の売上がなくなってしまっていたそうです。店舗スタッフに聞いても、自分は盗んでいない、妖精の仕業ではないかと、話をはぐらかされてしまいます。
この課題を解決すべく、合田さんが考えたのは、電子マネーの活用です。NECと共同で、村民にカードを配布し、タブレットを使った電子マネー決済システムを導入しました。このシステムによりお金の動きを追うことが可能になったため、売上誤差は1%以下に減ったそうです。
電子マネーは予期しない文化の変化を作り出しました。特に、農業をなりわいとする人々のコミュニティ(農村)で顕著な変化が現れました。農業の売上は、年に数回の収穫時期だけ、まとめて入ってくることになります。そのため、貯蓄は非常に大事なのですが、銀行がない場所では貯蓄も簡単ではありません。村に電子マネーという口座ができたことで、貯蓄の習慣が生まれてきました。
合田さんはテクノロジーを通じて金融インフラを作ることで、不正を防ぎ、貯蓄という文化を作りだしています。今後は取得した金融データを使ってより安全な貯蓄ができ、より安全な融資を受けられるような、いわゆる銀行の機能を構想しているとのことです。
今回は、過酷な環境のなか、新しい金融テクノロジーで課題を解決しようとするベンチャー企業の事例を紹介しました。インフラが整っていないからこそ、新しい技術で大きな変革がおこるかもしれません。
日本植物燃料株式会社
AGRIBUDDY LIMITED.
※合田真さんの著書
20億人の未来銀行 ニッポンの起業家、電気のないアフリカの村で「電子マネー経済圏」を作る(発行元:日経BP社)
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