7千人の村、伊勢志摩サミットで提供されたワインを生む
長野県高山村は、長野市の東、県の北東に位置する人口約7千人の村です。リンゴやブドウなどもともと果樹栽培の盛んな村ですが、近年、村を一躍有名にしているのが約50ヘクタールの畑で生産される高品質なワイン用のブドウ。村産のブドウを使ったワインは国内外のワインコンクールでたびたび上位に入賞しているほか、2016年には三重県志摩市で開催された先進国首脳会議で提供されました。
ブドウ栽培だけでなく、2015年の「カンティーナ・リエゾー」を皮切りに、村内には毎年ワイナリーが新設され、現在では「信州たかやまワイナリー」、「ドメーヌ長谷」「マザーバインズ長野醸造所」の4つのワイナリーがあります。
標高400から850メートルの標高差にブドウ畑が広がる高山村では、栽培される品種も主流のフランス系だけでなく、イタリア系やドイツ系など様々。生産者も28人中18人が、ワイン用ブドウの栽培のために村外から移住しました。村内ではこれら個人の生産者に加え、7つの法人も栽培に取り組んでいます。
ワイン用ブドウ「村の農業の柱に」
それぞれが目指すワインに応じて、ワイナリー・生産者が取り組むブドウの品種も栽培方法もさまざまです。そんな個性豊かな村のワイン用ブドウの生産者をまとめ、産地としての確立に大きく貢献してきたのは、2006年に発足した「高山村ワインぶどう研究会」です。研究会の創設メンバーで、2代目会長の涌井一秋さんら生産者4人を中心に、当時少しずつ栽培が広がりつつあったワイン用ブドウをさらに広め品質を高めようと立ち上げました。
「主力農作物のリンゴや生食用のブドウの栽培に限界を感じていました。これらの作物は脚立に上れなくなったら終わり。農家の高齢化とともに荒廃農地も増えていました」。
涌井さん自身は研究会が発足する10年ほど前にワイン用のブドウ栽培を始めましたが、脚立に上る作業がないだけでなく作業効率も良く、リンゴであれば一人30アール程度のところ、ワイン用ブドウは2.5ヘクタールほどを一人で管理することができます。また、リンゴの栽培・出荷にかかる経費が売上の6割といわれるなか、ワイン用ブドウの経費率は3~4割。
サントリーやメルシャン、安曇野ワインといった大手の酒造メーカーが高山村との取引を拡大していたこともあり、「ワイン用ブドウの栽培は今後の村の農業の一つの柱になる」と強く感じたそうです。
研究会は、その構成・取り組みに特徴があります。
多彩なメンバー、市場調査の機会に
第一に挙げられるのはその構成メンバーです。発足時の会員30人のうち、村内のブドウ生産者は4人だけ。会員の大多数は村外のワインメーカーや流通業者をはじめワイン愛好家や行政関係者、ジャーナリストなどでした。「村民だけだと閉鎖的になってしまうから」と、当時ワイン用ブドウ栽培の取引に関わる様々な人に声をかけたといいます。研究会では、高山村産のブドウを使ったものだけでなく他産地のものも含む様々なメーカーのワインを飲み比べ、ワインの製造、流通、消費の各立場からの忌憚のない意見を出し合います。これが、急速に成長した日本ワインの市場を知るよい機会に。会員が132人に増えた現在も、うち村民は45人。あとの87人は海外を含む村外のブドウ生産者やワインメーカー流通業者や愛好家などで構成されています。
栽培技術、包み隠さず共有
また、研究会結成から数年後には栽培の部会を置き、ブドウ栽培について包み隠すことなく情報共有をしました。当時の生産者は10年以上のベテランから新規参入者まで様々。専門家を呼ぶなどして土づくりや剪定の講習会を行うほか、ブドウの栽培中も育成状況を見学するためお互いの圃場を訪問しました。特に品質維持のための収量管理はお互いに厳しくチェックし合ったといいます。
「通常1トン程度しかとれないはずの圃場で、初心者は1.5トンのブドウが取れたりもしました。量があっても質が伴わなければ企業との取引は続かない。そういうことを時には厳しく伝えてきたし、取引先のメーカーにも事情を説明してその分値段を下げて販売したこともありました」と涌井さん。研究会では出荷の仕組みも作り、大手のワイナリーとの10トン規模の取引を産地として行えるよう、調整と管理も行っています。
行政もワイン用ブドウの栽培を後押し
さらに、村もワイン用ブドウの栽培を支援。研究会、長野市内の建設会社が設立した農業生産法人と村の3者で栽培協力協定を結び、村内の荒廃農地を整備した8.5ヘクタールの圃場で、ブドウの栽培方法の研究や新規参入者に対する研修を行えるようにしました。
個性はさまざま 良きライバルに
研究会の発足から10年以上が経ち、村でワイン用ブドウを栽培する人は2.6倍、栽培面積も16倍に増えました。村内にはワイナリーもでき、ブドウ生産者も理想とするスタイルは様々。同じ生産者として競合にもなりうる関係ですが、「互いを蹴落とすなんて考えない。良きライバル関係」と会員は口をそろえます。
例えば、2017年にオープンした信州たかやまワイナリー。「村産ブドウを村で醸造したワインが飲みたい」という住民の声から、村のブドウ栽培者13者が出資して設立しました。人材育成の機能も持ち研修生を受け入れるほか、生産する48の圃場ごとにワインにするなど生産者が醸造について学んだり圃場の違いや栽培方法を研究したりする場にもしています。
さらに、2015年度からはICTを利用した栽培にもいち早く取り組み、気温や湿度、地温、雨量といった気象条件の記録と共有も始めました。
「目指すところは違っても積極的に情報交換をするし、意見も言い合う。小さな村の中で潰し合っても仕方がない。むしろ、生産者だけでなく、農家以外の村民にもさまざまな形でかかわってもらって、高山のワインを村全体で盛り上げることが産地として重要」と研究会の現会長・宮川栄一さんは話します。
国内外のコンクールを総なめにした高山村のワイン用ブドウ。それを実現するのは、ワイン造りを夢見る多くの移住者を受け入れ、常に学ぶ姿勢を忘れない、懐の深さと真摯さなのかもしれません。村一体となった「世界に誇るワインづくり」を目指して、高山村ワインぶどう研究会は歩み続けています。