20代で牧場主になった私を、“牛に優しい酪農”へ導いた一冊

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20代で牧場主になった私を、“牛に優しい酪農”へ導いた一冊

20代で牧場主になった私を、“牛に優しい酪農”へ導いた一冊

最終更新日:2019年03月15日

放牧した牛と一緒に山を整備する「山地酪農」を広めようと、昨年、20代で牧場を開いた島崎薫(しまざき・かおる)さん。彼女を山地酪農へと導いたのは、その世界の第一人者・中洞正(なかほら・ただし)さんの著書でした。学生時代から何度も読み直しているというこの本の魅力を、島崎さん自身の歩みとともに紹介してもらいます。

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20代の酪農家を導いた一冊

農業

山地酪農は、広い放牧地に牛を放し、自生する野シバなど在来野草を有効活用しながら、山を管理する手段として、提唱された酪農法です。

牛たちは牧場を自由に歩き回りながら野草を食べ、野外で寝起きします。健康的な生活を送りながら、1頭あたり1日約10リットルと、ホルスタインの七分の一~三分の一程度の乳量をストレスなく生み出しながら、約20年の寿命を全うします。

山地酪農でとれる牛乳は、臭みがなく爽やかな甘味が特徴。放牧自体が全体の2%足らずという日本の酪農において、珍しい酪農の方法です。

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昨年、弱冠20代で、神奈川県山北町の大野山に山地酪農の牧場を開いた島崎薫(しまざき・かおる)さん。彼女を放牧酪農の世界へと導いたのは、後に師弟関係を結ぶことになる山地酪農の第一人者・中洞正(なかほら・ただし)さんの著書、『幸せな牛からおいしい牛乳』(コモンズ)でした。

この本との出会いは、島崎さんが東京農業大学3年生のとき。「同じ学科で勉強していた友人が図書館で見つけて、乳業会社へ就職を目指していた私に薦めてくれました。山地酪農への入り口を作ってくれた一冊で、卒業後に中洞牧場で働いている間や、独立準備の間に、何度も読み返しました」。

既存の流通の仕組みを超えて直販をしたり、書籍やメディアを通して山地酪農の良さを発信したりと、「酪農家に留まらない中洞さんの生き方を知り、惚れ込んでしまった」という島崎さん。この本には、中洞さんの半生や、日本の酪農への熱い思いが込められています。

最後のページを閉じ、すぐに牧場を検索

美瑛町

島崎さんが開いた、神奈川県山北町の「薫る野牧場」で

「第一章 わたしたちが飲んでいる牛乳」では、狭い牛舎の中で平均2平方メートルに1頭という密飼い状態で、まるで工業製品のように牛乳を生産する事実が語られています。牛乳のパッケージイラストにあるような放牧のイメージとは程遠く、牛の負担は少なくありません。

ホルスタインはもともと粗食に耐えられる牛だが、改良に改良を重ね、配合飼料を与えることで、乳がたくさん出るようになった。70年代は体重500~700kg、一日13~20リットルの乳を出し、供用年数は10年。いまでは体重800kg、一日30リットルの乳を出し、供用年数は4~5年。年間平均乳量は、4000~6000kgから9000kgに増えた。2万kg出す牛もいる。まさにミルクタンク状態だ。乳量だけを期待され、上げ膳据え膳状態の運動不足では、供用年数が短いのは当然かもしれない。(「第1章 わたしたちが飲んでいる牛乳」P.51)

生産量が飛躍的に増加した一方、乳価は常に低価格化。乳脂肪分3.5%以下の牛乳の買い取り価格は半減してしまうなど、集荷団体の定めた基準によって酪農家の収入が左右される厳しい側面が説明されています。

島崎さん「普段好きで飲んでいる乳がどうやって消費者に届けられているか、一頭の牛がどのくらいの乳量を出し、どんなエサを食べて生活をしているかを、本で初めて知って衝撃を受けました。大学で乳製品の製造について学んでいたので、知っているつもりになっていました。
牛乳を売るにも様々なルールがあることも知り、普段飲んでいる牛乳って、実はかなり無理をして作られているのかも、と思うようになりました。

美瑛町

薫る野牧場で生まれ、すくすくと育つ子牛

中洞さんが既存の流通から外れたところに立って、牛の飼い方や加工、流通を自分で工夫してやっていく過程を本で知り、さらに大学の大先輩だと分かったので、この人に会ってみたい、実際に山地酪農を見てみたい、という気持ちが大きくなっていきました」。

最後のページを閉じてすぐ、島崎さんはインターネットで中洞さんが岩手県で経営する中洞牧場について検索。1週間の研修を希望し、門を叩きに行きます。

島崎さん「そこでは自分が抱いていたイメージ通りの牧場が、広がっていました」。実務を通して、山地酪農の魅力を知った島崎さんは、卒業後に中洞牧場へ就職。4年半の間、牛の飼育や、加工品製造を働きながら学びました。

「発信すること」の大切さ

農業

「第2章 中洞牧場の牛たち」以降では、中洞さんが山地酪農に出会い、7000万円の借金を背負って牧場を拓くまでが描かれています。苦労話とともに、本のところどころで山地酪農の良さが語られています。

(略)周年昼夜放牧にすれば、牛舎作業のほとんどを牛が代行してくれる。(略)たとえば餌は、草さえあれば牛自らが刈り取り、運び、消化して、乳に変える。(略)当然、餌の調合や給餌という作業がなくなる。また、糞尿の処理は酪農家にとって重要かつ過重な作業だ。いまでは機械化されたとはいえ、やはり大きな負担である。だが、自然に放牧された牛たちは糞尿を大地に肥料として散布してくれる。そこでは、マニュアスプレッダー(堆肥散布機)やポンプタンカーなどの重装備はいらない。 「第2章 中洞牧場の牛たち」(P.107-108)

牛たちが山を自由に歩き回り、地面を踏み固めながら下草をはむと、地中10~20センチまで根を伸ばす強い野芝が生え、大雨や台風でも土砂崩れを起こしにくい山ができる―。牛乳生産だけではなく、自然環境に好循環を生み出せることが、山地酪農の大きな魅力でもあります。

信じた道を突き進みながらも、中洞さんは業界の理不尽さに直面します。乳脂肪分の少ない山地酪農の乳価の低さに悩まされたり、生産調整の名目で、再出荷ができないよう牛乳に食紅を入れられてしまう辛い経験もしました。

業界の理不尽さに立ち向かいながら、戸別宅配や通信販売などを通して、少しずつファンを獲得していきます。そして融資を得てプラントを作り、自ら製造し、労苦に「見合った価格」での販売を実現します。

島崎さん「中洞さんは、普段はあまり過去の話をしない方なので、苦労は本から知りました。本の中にもありますが、中洞さんのほかにも山地酪農をしていても、途中で諦めざるを得なかった人も多くいます。厳しい環境ながら、負けないで続けてくれた先人のお陰で、私の時代には「牛に優しい酪農」を肯定的に受け止めてくれる方が圧倒的に増えました。だから私も、移住した地域の共有地を貸していただいたり、周りに助けられながらなんとかやってこれたんだと思います。

中洞さんのように、最初に地元の人たちに牛乳を飲んで頂いて、味の良さを知ってもらい、クチコミという形でお客さんに“営業”して頂けるのは、すごく有難いことですし、理想的。自分も将来はそんな売り方がしたいです」。

島崎さん自身も、SNSや牧場見学を通して、消費者と積極的に交流をしています。「山地酪農をやるだけではなくて、その良さを発信していかなくてはいけない、というのは普段から中洞さんが仰っていたことでした。やっていることを外の方に伝えることはすごく大事で、それも仕事のうちだ、と。

牧場を身近に感じてもらえるように、Facebookで日常をアップしています。月2回ほどの牧場見学会では、牛の生態や山の管理について、酪農全般の話をします。様々な酪農の形があるなかで、山地酪農の魅力を伝え、それを志す仲間を増やしていきたいと思っています。牧場は公共交通機関が通っていない山頂にあるのですが、わざわざ県外から来て下さる方もいてうれしいです」。

2018年9月から開始した見学会には、のべ100人以上が訪れました。最近は、自分も山地酪農をやってみたい、という若者たちが島崎さんの牧場を訪れるようになったといいます。
加工製品の販路も順調に増え、着実に前進する島崎さん。その胸にはいつも師匠の言葉があります。

自然放牧は、わたしにとって酪農の一手法にとどまらない。人生観そのものである。人間の命の糧となる食べものを生産する農業は、国民生活の基礎だ。人間、牛、土が一体となって自然とともにおりなす産業として酪農があり、牛乳が生産される。安全性を最優先し、人間にも牛にも自然にも負荷をかけてはならない。そう考えれば、おのずと自然放牧に行き着く。
(125ページ)

島崎さん「あまり自分のことを話さない中洞さんが、たまにぽろぽろと話してくれることは、いつも本の内容から全くブレていないんです。牛の飼い方ももちろん教えてもらいましたが、牛の力を借りて日本の山を一緒に作っていくんだ、という山地酪農を通して実現したい意志の強さを知りました。

この本は、牧場の仕事をやりたいと思っている方はもちろんですが、普段口にしている牛乳や乳製品がどうやって生産されているかを知れるので、どんな人が読んでも面白いはずです。
山地酪農を自分の仕事にしたいという人が増え、消費者にとって牛乳の選択肢が増えるといいなと思います」。
農業

著者 中洞正
出版 コモンズ

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