島根県障がい者就労事業振興センターの独自の支援体制
島根県が農福連携推進事業を開始したのは2012年の10月から。その目的は、担い手不足が深刻な農業の労働力の確保と農地保全と、障害者の就労の場の拡大・工賃向上です。
2015年に「特定非営利活動法人島根県障がい者就労事業振興センター」が設立され、農業を含む全産業と福祉の連携を推進しています。
現在は島根県全体を担当する2人のコーディネーターが松江市に配置され、農家と福祉事業所のコーディネートを行っています。
コーディネートの内容は主に以下の通りです。
①作業委託(施設外就労)
②雇用(直接雇用、就労移行) 実習(特別支援学校含む)
③加工・栽培の受委託、共同商品開発(6次産業化)
④福祉事業所内農業の拡大、耕作引き受け
その他にも、福祉事業所の職員向けに研修会を行い、農業技術の向上や他の事業所の取り組みの共有を行ったり、関係機関に農福連携に関する理解の促進を行ったりと、同センターの取り組みは多岐にわたります。
その中でも2013年から開始した農福連携サポーター制度は、農業の分野ごとの専門家(現役の農家や元農業普及員など)に登録してもらい、直に施設に指導に行くというもの。平成30年度は14施設に対して166回の指導を行っており、育成状況等に応じて細かなアドバイスをしていることがうかがえます。
島根県のコーディネート事業を利用して、福祉施設の「施設外就労」という形で障害者を受け入れ、農福連携に取り組んでいる2軒の農家を訪ねました。
高級ブドウ、シャインマスカットの栽培にも農福連携
センターでの農福連携セミナーがきっかけ
出雲大社のすぐ近く、出雲市大社町でシャインマスカットを栽培する門脇雅宏(かどわき・まさひろ)さんは2015年に就農。ハウス3棟をほぼ一人で切り盛りしており、人手不足に悩んでいました。
そんな時、センターの農福連携のセミナーで、農福連携マッチングを知ります。「人手不足の解消にこんな方法があったのか」とその場でコーディネーターに相談。ちょうど門脇さんと同じ町内にあるNPO法人なかよしが登録していたため、マッチングが成立しました。
2017年の3月、堆肥用の干し草のロールを崩して天地返しする作業をお願いするところから開始。秋までに終わればよい仕事だったので、なかよし側のペースで仕事を進めることができました。
細かな作業は事前に練習
一方、なかよしの施設内ではハウス内の細かな作業の練習も開始。ブドウの摘果や花穂の切り込みなどの農業技術について、まずはなかよしの指導員がセンターから指導を受け、施設内で利用者にわかりやすく伝え一緒に練習を行います。
8月からはハウス内の作業も。夏の間ハウス内は非常に暑くなるため、平日の午前中の2時間程度の作業ですが、門脇さんにとっては非常に心強い助けとなりました。出荷時期には、収穫したブドウの重さを量って袋詰めや箱詰めをする出荷調整を委託し、出荷に間に合わせることができたそう。
シャインマスカットの作業の様子(※別の農園の事例です)
島根県農福連携ポータルサイト 農福連携動画ページより
「いろいろな作業を任せることで、自分にしかできない仕事に集中できます」と話す門脇さん。農福連携に取り組むことは品質向上にもつながり、彼らの働きもあってか、門脇さんのシャインマスカットは2018年の島根県知事賞を受賞しました。
利用者のフォローは必須課題
一方、なかよしの施設長の明正淳(めいしょう・あつし)さんの仕事は、作業の事前の指導だけでなく、利用者の心身のフォローが中心になります。
「これまで施設の中での作業がほとんどだったので、外に出ることを利用者の皆さんは喜びます。でも、人によっては何日も前から予定を伝えると不安が強くなってしまったり、逆に直前だと対応できなかったりと、個人差があります。それぞれ伝え方を変えなくてはいけません」
今では2人のレギュラーメンバーが中心となって作業をしてくれるため、スムーズに作業ができるようになったと言います。一緒に作業をするなかよしの指導員の川上幸夫(かわかみ・ゆきお)さんは「いろいろフォローはしますが、作業自体は私自身も利用者さんと切磋琢磨しています」と、利用者の作業の質が向上している様子がうかがえました。
農家の作付け面積拡大に貢献した農福連携
指導員の存在が安心感につながる
たぐちファームの田口裕一郎さんは2013年に就農。出雲市斐川町の8反(80アール)の畑でネギ(白ネギ・青ネギ)とトルコキキョウなどの花卉を栽培しています。障害者が農業に携わることについて、近所の福祉事業所が施設内で農業に取り組んでいるのを見て、可能性を感じていたそうです。
現在はネギの出荷の際の根切りと葉切りの作業を依頼。平日の2時間程度、2~3人の利用者と指導員1人で担当してもらっています。
「最初は指導員と一緒に来ることを知らず、自分でいろいろ教えないといけないのかと思って躊躇していましたが、指導員の方が一緒に来てフォローしてくれることを知って、安心しました」
たぐちファームでの白ネギの調整作業の様子
島根県農福連携ポータルサイト 農福連携動画ページより
作物の質を担保するにはコミュニケーションが大切
農家仲間に農福連携を勧めることも多いという田口さん。しかし、ほとんどの農家は不安を口にするそう。
「うちも最初はこちらが求める質の仕事をしてもらえるのか、ということに不安がありました。でも、施設の側でもちゃんと適性を見て人を連れてきてくれるし、予想していたよりもずっときちんと仕事をしてもらっていると思います」
コミュニケーションに関しても挨拶や感謝の気持ちを伝えることなどを重視し、本人と積極的に会話しています。作業内容に関する要望などは指導員に伝えて作業の質を担保することにつなげています。
「ネギの作業は割と簡単なものが多いので、外に出たい障害者の方をもっと連れて来てもらうことができるのではないか」と、田口さんは農福連携の場が拡大していくことにも期待しています。「今後は機械(コンプレッサー)を使ったネギの皮むき作業も頼めたら」と、より高度な作業を依頼したいと、利用者の能力に可能性を感じているようです。
農福連携のおかげで作付面積拡大を見込む
ネギの栽培で一番手間がかかるのが、現在依頼している出荷調整作業。ここにどれだけの労力がかかるかを考えて、逆算して作付けの量を決めているそう。「おかげで、来年はもっと作付けを増やせるかなと思っています」
今回のマッチングで5月中ごろには障害者雇用も予定している田口さん。農業の慢性的な人手不足を解消する良い例となりそうです。さらに、「うちに入ってよかったと言ってもらえる環境や福利厚生を充実していきたい」と意気込みを語ってくれました。
これからの課題は
同センターの農福連携コーディネーターの矢田幸治さんと宅和優一さんによると、農家からの依頼の数は年々増加しており、マッチング件数も上昇しているとのこと。この結果、平成29年度の福祉事業所における農業部門(農作業請負・農産品加工など農業関連事業)の売上総額は全体の13.8パーセントを占めます。
施設外就労で農作業を請け負う福祉事業所の掘り起こし
平成29年度から農山漁村振興交付金を利用した「出雲圏域農福連携推進事業」を実施。農作業を受託できる福祉事業所を育成することにも取り組んでいますが、農家からの依頼に応えられる福祉事業所はまだ不足しているのが実情です。
施設外就労を受託する事業所の掘り起こしについて「まずは福祉事業所の経営者の農福連携への理解を進めることが重要。センターの研修などを通じて指導員のやる気や資質、農作業技術は向上します」(矢田さん)と、経営者の農福連携への意向の重要性を語ります。
福祉事業所の職員による農福連携の継承
一方、福祉事業所では事業として農業だけを行っているわけではなく、職員には数年おきに異動もあり、担当が変わることによって農業のスキルや農福連携に関する知識が継承されないことも問題です。事業所ごとに農業担当の指導員を複数配置することなどを進めていきたいとのこと。
マッチング機能の拡大
現在島根県のマッチングの事務局は松江市の1か所のみ。マッチング機能の周知で、更に農家からの希望が多くなることや、依頼される品目が拡大していくことが見込まれます。今後はセンターだけでなく、各地域や市町村またはJA単位でのマッチングの仕組みの構築できないか検討しているそうです。
農業と福祉のマッチングにより、人手不足の農家を障害者が支援する例が多く生まれている島根県の取り組み。障害者に助けられその可能性に気づいた農家の意識の変化は、地域での障害者の受け入れ方の変化につながっていくかもしれません。