◆今回お話を伺った方々◆
濱田 健司(はまだ・けんじ)さん JA共済総合研究所 調査研究部 主任研究員 一般社団法人日本農福連携協会 顧問 障害者・生活困窮者・高齢者等が地域の農林水産業などに従事することで地域を活性化する農福連携の取り組みについての研究が専門。 |
富所 康広(とどころ・やすひろ)さん 農林水産省 農村振興局 農村政策部 都市農村交流課 課長補佐 三重県入庁後、県農業大学校の農福連携カリキュラム編成や農福連携全国都道府県ネットワークの設立に従事。2018年4月より農林水産省に出向、現職。 |
石井 悠久(いしい・ちかひさ)さん 厚生労働省 社会・援護局 障害保健福祉部 障害福祉課 課長補佐 入省後、障害者雇用などの雇用対策を担当。山梨県北杜市役所に出向し地方創生・人口減少対策にも従事。2018年4月より現職。 |
今、農福連携が注目されるのはなぜか
——農福連携という言葉をメディアでもよく目にするようになりました。このように農福連携が注目されていると感じています。農水省・厚労省が農福連携を推進するのはなぜでしょうか。
石井:厚労省としては、障害者など、働きづらさを抱える方々が地域に出て活躍する場のひとつとしての「農業」に期待をしています。人手を必要とする農業の手伝いや耕作放棄地などの課題解決に関わることで、障害者が地域を“支える”存在になっていく。このほか、実際に、農業を通じて自然に触れたりすることで「体調がよくなった」り、地域の人々と交流する機会が増えたりと、障害者自身の生活の質が向上したという声も聞いています。
富所:農水省の側からいうと、農業に障害者の方が関わることで「農業経営を変える力」があるのではないかと期待しています。働きにくさを抱える人を受け入れることで、これまでの農業経営の在り方を見直すことにつながります。その方々が働けるようにするにはどうすればいいかと考え、結果的に全ての人が働きやすい職場になり、経営が改善されるというプラスの効果があると思います。
濱田:それに、農業に関わることは非常に範囲が広いんです。農産物を作って終わりではなく、加工や販売など、生産の後も仕事が発生します。地域の中での働く場が多くあることで、交流が生まれ、障害への理解が深まることもあると思います。
富所:地域という面で見ると、こんな例もあります。福祉事業所が農業を始めようと地域に入っていくと、周りの農業者の方々は最初のうちは遠巻きに見ているけれど、挨拶を交わすようになり、次第に交流が生まれ、「こうするといいよ」とアドバイスももらえ、地域の農業の技術や伝統が継承されます。農地や施設が福祉事業所に集まり、地域農業の中心的存在になる事例もあります。
農福連携を推進する制度も浸透
——そうすると、やはりいろんな形で後押しをする制度もあるのでしょうか。
石井:厚労省では、農福連携に取り組む障害者の施設に対して、都道府県を通じて、農業に関する専門家の派遣や農福連携マルシェの開催、農家と福祉施設をつなげる取組などの支援を実施しています。支援内容は、PRやセミナーの開催、経営力や販売力の強化までカバーしています。
【参考】厚生労働省における農福連携施策
濱田:農福マルシェなど、農福連携で作られたものを売る場を作ることは重要ですよね。社会福祉法人などが農業に取り組んでも売り先が無かったら意味がない。また、農福連携のアピールの場にもなります。
富所:農水省では、農山漁村振興交付金というものがあります。例えば、農福連携のためにハウスなどの新しい施設を作るというハード面でも使えますし、作業マニュアルの作成などのソフト面でも使えます。よくご質問をいただくのは「農水省のお金だから、福祉事業所は使えないんでしょ?」ということなんですが、福祉事業所も使えます。
農家と障害者をつなげる役割は誰が担う?
——やはり、障害者と農家を繋げる役割は非常に重要になっていきますね。
石井:そうですね。ただ、「障害者雇用」であれ、「障害者福祉」であれ、障害者と農業の両方の知見を持っている方がまだまだ少ないのではないかと思っています。だから両者のマッチングというのはまだ難しいのが現状です。この役割を誰が担うのか、というのは課題ですね。
濱田:「福祉的就労」、つまりB型作業所の利用者などの施設外就労の先として農家をコーディネートすることに関しては、都道府県単位で進んでいるところもあります。そのコーディネーターの育成も急務です。
——どんな人がコーディネーターとして適性があると思いますか?
濱田:今は農業改良普及員の経験のある人などが担っていますが、農業と福祉両方の知見をある程度持つことが必要です。一方で、必ずしも農業や福祉の専門家でなくても、営業や調整や企画などのできる、新たな知見を持つ他分野の人材の活躍も期待したいところです。
石井:農業の知見がある人が障害者福祉や障害者雇用のことを学んでそういう役割を引き受けるというのも、一つの選択肢ですよね。
富所:そういう人材が少ないという課題があるので、農業現場で働く障害者の方をサポートできるよう、今年から農作業の受委託のコーディネーターの育成や農業版ジョブコーチの育成に関しても、農山漁村振興交付金の対象になっています。
農福連携のブランディングは工賃向上につながる可能性が
——障害者の方の賃金や工賃の向上についてはどうですか?
石井:福祉施設はモノを売るというのに慣れておらず、苦労しているところが多いように感じます。福祉関係者は「モノを売る」専門家ではありません。このため、作ったモノを売るためにどうすればいいか、どうしたら売れるのかいうノウハウが蓄積されておらず、手探りでやっている例も少なくありません。結果、せっかく作っても売れない、売れないから工賃向上に苦戦してしまうということになっているのだと思います。
富所:農福連携に取り組むと、作業工程の細分化、工程の標準化という視点が生まれ、作業改善につながり、収益性が上がる事例もあります。農福連携に取り組む農業者や福祉事業所でGAPを取得する事例も増えています。GAPの工程管理の考え方は、農福連携の作業の細分化、標準化の考え方とマッチしていて、結果として、農産物だけでなく、農福連携の取組自体のブランド化にもつながると考えています。
濱田:農福連携で生まれた農産物のブランディングはとても重要ですよね。実は、福祉の現場で生まれているものはとても手間がかかっていて、環境保全型のものが多いんです。普通の農家よりも有機や無農薬で栽培している割合が多い。それをブランドとしてうまく打ち出していければと思っています。
石井:そのためには、やはり経営的な視点をもって生産活動に取り組んでいただくことが大事です。「障害者が作っているから売れる」ではなく、「売れるものを障害者が作っている」んです。販路の確保とともに、そうした売り方のノウハウを蓄積していくことも課題かもしれません。農福連携による商品が付加価値となるようなブランディングができることが理想です。
もっと「ノウフク」を社会に浸透させるために
——いま「農福連携に取り組みたい」という方が増えているようですが、相談の窓口としてはどこが一番良いのでしょうか。
濱田:それも課題ですね。各都道府県で取り組みが進んでいるところでは、そういうのがあるところもありますね。そうした各都道府県別の問い合わせ窓口ができて、ワンストップでできるようになると良いなと思うのですが。
日本農福連携協会でも、将来的には各都道府県に窓口を作るような体制ができるといいなあ。
石井:そうやって農福連携がもっと広まって、障害者の方々が地域に出て、活躍できる場が広がっていく場面が増えるといいですね。まさに地域共生社会だと思います。
濱田:広まってくると、やはりそれを利用する人も増えてくる。農福連携のあるべき姿は、ただ障害者雇用を進めるというものではありません。障害者が地域に出て役割をもって自立した生活を営めるようになるための農福連携。そういう面を社会的に理解してもらいたいですね。
富所:これは個人的な思いなのですが、この仕事をしていると、農福連携に取り組む人々の「人への向き合い方」が素晴らしいと感じます。農福連携の現場には障害の有無にかかわらず、その人の得意なことや働きやすさは何かと真摯に考える姿勢がある。それがある農業の現場は人が育ち、経営的にも成長しています。農福連携が広がることで「障害者」という言葉もなくなっていけばと思っています。