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ストロベリー・ガール 第一話 「ドロップアウト新入社員」

連載企画:ストロベリー・ガール

ストロベリー・ガール 第一話 「ドロップアウト新入社員」

「なんで、こんなことになっちゃったんだろ」
カールされた栗色のロングヘア、パープルのネイル。
渋谷のカフェでハーブティーを嗜む今時の女の子、あかねが今佇んでいるのは……。
運命的な出会いに導かれた「ストロベリー・ガール」の物語が今始まる――。

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第一話 ドロップアウト新入社員

なんで、こんなことになっちゃったんだろ。
土まみれになったパープルのネイルを眺め、あかねはふうと息を吐いた。
水道のある場所に行き、爪の中に入った土を丁寧に落とし、ふと顔を上げ鏡を見ると、おでこにも土がついていた。そしてよく見ると、うっすらとかいた汗で、化粧は見事に浮いている。
「んもう!」
空を見上げる。突き抜けるように青い空は雲ひとつなく、まわりに高い建物が一切ないこともあってか、のしかかってくるかのように感じ、あかねは思わず少しよろめいた。
イチゴ

日曜日、13時。東京にいたら、今頃やっと目を覚まし布団の中でもぞもぞとSNSをチェックしていただろう。そしてアプリでケールがたくさん入ったサラダを注文し、箱買いしている炭酸水と一緒にゆっくりと食べるのだ。
それなのに、今、わたしは――
ゆっくりと周りを見渡す。だだっ広い、なにもない更地のなか目の前に広がる大きなビニールハウス。

「なんで、こんなことになっちゃったんだろ」
ぽつりと呟いた時、ごうと風が吹き、カールされた綺麗な栗色のロングヘアが顔にまとわりつく。ノンシリコンシャンプーの甘い香りにほのかに土臭さが混ざり合い、思わず顔をしかめる。

「おーい、あかねさん。いるんですか」
ビニールハウスの裏から、虎さんのか細い声が聞こえてきた。
「いーますよ――――」声を張り上げると、腰につけたタオルで手を拭き、あかねはビニールハウスに向かっていった。

半年前、渋谷

その日は雨だった。スクランブル交差点を見下ろすカフェで、あかねはゆっくりルイボスティーに口を運んだ。大きな窓についた雨の水滴で、街を歩く人々がぼやける。信号が赤になると、カラフルな傘が一斉に歩き出す。ぼんやり眺めるとそれはまるで、カラフルな玉がせかせかと行き交っているように見えた。

イチゴ
「これからどうしよう」
すっかり冷めきったルイボスティーをすすりながら、小さく心の中に広がっていく不安を、わずかながらにも感じていた。
この日の午前、あかねは新卒で入ったIT企業を1年経たずに辞めていたのだった。

特にやりたいことがあって入った会社ではなかった。ただ、平均年齢35歳の若い人材が多くいること、大企業のような堅苦しさがない会社だということが入社の決め手だった。そして、髪色や服装、ネイルが自由だということも。
配属された部署はさらに15人ほどずつのチームに分かれていた。35歳のチーム長が一番年上で、その下には10人ほどのチーム員、そして新入社員が5人。歓迎の飲み会は、会社の飲み会だとはとても思えないほどの和気藹々(あいあい)さで、この会社に入ってよかったと心から思った。上司のつまらない話を我慢して聞き、飲みたくもない酒を飲み続ける。それがいわゆる「会社の飲み会」だという勝手なイメージがあったあかねは、いい意味でショックを受けた。
しかし、日が経つにつれ、違和感がどんどん増していったのだった。

「フィードバック会」と称し頻繁に開催される飲み会は、会社というよりはサークルの飲み会だった。年齢が近しいこともあり、仕事のことだけではなくプライベートのことも、チーム員たちは年齢関係なく話題にしあった。チーム専用のグループメッセージは頻繁に誰かがつぶやき、雑談が繰り広げられた。面白そうなイベントは即座にシェアされ、仕事上がりや週末には何人かのメンバーで出かけることも多くあった。
それは、はたから見れば、仲がよいチームの姿だった。しかしあかねにはそれが、苦痛だったのだ。

あかねは、人とつるむのが昔から嫌いだった。

それは小学生の頃から始まっていた。あかねの住む地域では、集団登校が行われていたのだが、毎朝決まったメンバーで朝集まり、みなで同じ道を歩いていくことが嫌だった。みんなと一緒に学校に行きたくない。そんな発言をして、母親はあかねがいじめにあっているのではないかとひどく心配をした。お願いだから、規則通りに学校に行って。母親の困った顔を見て、時に心を無にしなければならないことがあるのだと、子供ながらに学んだのだった。

中学、高校、大学と、いわゆるスクールカーストの上位に位置していたあかねは、必要最低限の友人としか仲良くしなかった。
だが、しかし。社会人になり、新入社員になると、スクールカーストはチャラになる。どれだけ学校で主要メンバーでいた子も、教室の隅にいたような子も、みな同じように新入社員として、ひとりの人間として職場での関係を作っていくのだ。
幸いあかねは人と打ち解けることには長けていた。表面上は他の新入社員と同じように仲良くしていたのだが、どうしても受け入れられないことがあった。

「失敗するほど、強くなれる」「辛い時こそ、一緒に頑張ろう」「大丈夫、まだできる」
「このチームなら、やりとげられる」「上を目指すのみだ」

日々、チームの間で交わされる言葉。そして、チーム長の発言に対する、部下たちの言葉は、「勉強になります!」「いいですね!」「感激しました!」が並んでいく。

キモチワルイ。キモチワルイ。キモチワルイ。

チームのグループメッセージを見ながら思わず口からこぼれた言葉が、あかねの本心だった。

人は、熱血が好きだ。情熱と、諦めない心、正直さだけで、周りを巻き込み、ゲームチェンジしていくものに、惹かれる人は多い。だがそれは、夢物語だからこそ、輝いて見えるのだ。
大体の場合、学級崩壊したクラスは、熱血教師1人の教えで更生しない。不良少年ばかりのチームが、甲子園にはいかない。どうしようもない町工場から、一級品は生まれない。
そう、情熱だけでは、一万回やろうが失敗する。この効率化が進んでいる社会で、熱血でチームをまとめようとする若手のITベンチャーの方針に、あかねはすっかり嫌気がさしてしまったのだった。

企業文化は、所詮、企業宗教だ。考え方も、ライフスタイルも、その宗教に染まれた人のみが残っていける。お試しで体験して、合わなければそれまでということだ。次の転職先もなにも決まっていないまま、えいやと会社を辞めてしまったが、はてどうしようと途方にくれたのだった。

ピロン。
その時、スマホが鳴った。大学からの大親友達郎からのメッセージだ。

「ちょっと待てお前、会社辞めたってどういうこと!?とりあえず仕事終わったら飲もう」
さあ今日は、なかなか深い夜になりそうだぞとあかねは少しはにかんだのだった。

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ストロベリー・ガール 第二話 「あなたの時間をください」
ストロベリー・ガール 第二話 「あなたの時間をください」
「で、どうすんのこれから。まだ次の会社決まってないんだろ? ニートじゃん!」 神楽坂のワインバーで、大学時代からの大親友、達郎と落ち合ったあかねは、 事の顛末を話しながら、学生時代に戻ったかのように、楽しい夜を過ごして…

【作者】

チャイ子 チャイ子ちゃん®️
外資系広告代理店でコピーライターをしつつ文章をしたためる。趣味は飲酒。ブログ「おんなのはきだめ」を運営中。
おんなのはきだめ:chainomu.hateblo.jp
Twitter : @chainomanai

【イラスト】

ワタベヒツジ ワタベヒツジ
マンガ家。東京藝術大学デザイン科出身。
マンガ制作プラットフォーム「コミチ」にて日々作品をアップ中。
作品ページ:https://comici.jp/users/watabehitsuji
Twitter:@watabehitsuji

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