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ストロベリー・ガール 第五話「これが、最後のチャンスです」

連載企画:ストロベリー・ガール

ストロベリー・ガール 第五話「これが、最後のチャンスです」

農作業を通じて、仕事というものに対し漠然と抱いていた不安から解放されたあかねは、
親友・達郎と共にスマート農業の構想を練り上げる。
その構想を虎さんに意気揚々と提案したあかねは、虎さんの思いがけない反応に戸惑いつつも、自分の中に湧き上がる新たな感情に出会う。

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第五話「これが、最後のチャンスです」

あかねは、達郎とともに構想を練っていた。週末に何度か達郎が東京から訪れる度、2人はどうしたらこのイチゴ農園がよくなるか、素人ながらに話し合っていたのだった。周りに飲み屋など1軒もないため、虎さんとまさみさんが寝静まった後、缶ビールやつまみを小さなバッグに入れ、2人はビニールハウスへと歩いて向かう。そして達郎の持ってきたスノーピークのランタンをつけると、そこは星空の下のバーへと早変わりするのだ。
「うん、虫の音がいいBGMだね」
達郎の言葉に、ぷっとあかねは吹き出した。
「なんかこうやって、空の下で毎日毎日、農作業してるとさ。今まで考えていた常識って、勝手に自分で決めて、縛ってたものなんだなあって、思い知らされるよ」
ロング缶のハイボールを喉に流し込みながら、あかねはつぶやく。

大学を出たら就職しなければならないという常識。朝から夜まで、会社のデスクで働かなければならないという常識。新卒ならば、女ならば、こうであらなければいけないと思っていた常識から離れて過ごしている今、あかねは漠然と抱いていた不安から解放された気がしている。
イチゴ

「で、農業もさ。いろんな常識とか、絶対こうするべきっていうのめっちゃあんの。それが1つの伝統みたいに、人から人へ伝わっている。そろそろ世代交代して、新しい常識作っていいと思うんだよね」

「あかね、スマート農業はじめようよ」
待ってましたとばかりに、達郎がiPadを出す。

 

「あかねさん……最先端のイチゴ農園って一体どういうことでしょうか」
机を挟んで向き合った虎さんは、いきなり何を言い出したのかと不安げな顔でこちらを見ている。

「虎さん。想像してみてください。中の温度も、湿度も、水の量も、すべて管理されるハウスを。その時その時の外の気温に合わせて、24時間365日全部自動で管理できるハウスです」

「そんな夢のようなこと、できるわけないでしょう」

「いいえ、できるんです」。あかねは口調を強めた。虎さんの瞳をじっとみる。

「スマート農業は、もう海外では事例があります。作業の効率化です。もう、虎さんがつきっきりでイチゴ達を見ていなくてもいいんです。その間にできることといえば、何があると思いますか? もちろん虎さんへの負担も減ります。毎日の農作業時間はぐっと減ります。長くこの仕事を続けたいなら、この投資は意義があるのではないでしょうか」

「ビニールハウスを作り直すということですか?」まさみさんが怪訝そうに尋ねる。
「そうです。目処は立っています」

「わたしは……わたしは反対です」
しぼりだすような声で、虎さんが言う。思いがけない反応に、あかねは面食らう。
「なぜですか? 虎さんはもう、夜中に雨の中、イチゴを見に行かないで、ぐっすり眠ることができるんですよ。夜も遅くまで作業しなくていいんですよ。まさみさんも、安心なさると思います」

「あかねさん! あなたはなにもわかっていない!」

突然の大きな声に、あかねはおもわず固まった。目の前の虎さんの顔は、みるみる真っ赤になっていく。大きな木のダイニングテーブルの上に置かれた2つの拳は、固く閉じられ、ぶるぶると小刻みに震えていた。

「そんな……そんな機械に、イチゴのことがわかってたまりますか。イチゴは繊細なんです。私たちは代々時間をかけて、イチゴと対話をしてきました。あかねさんには私の行動は無駄が多くて、滑稽に思うかもしれません。でも、私は一番イチゴのことがわかってる」

お茶をごくりと飲むと、虎さんは続けた。
「空気です。ハウスに入ると、私には空気で温度と湿度のズレがわかる。この身に、この身に染み付いているんです。それを……それを機械が代用できるとは私は思えない」

なるほど、これが職人との戦いか。あかねは正直虎さんの激昂に面食らいながらも、考えた。

寿司職人として一人前になるには「飯炊き3年、握り8年」とも言われていた。しかしそれが今はもう、変わりつつある。3カ月で寿司職人を目指すスクールもあるのだ。そこで学ぶ生徒には、海外で寿司職人として店を持つ準備中の若者もいるという。彼らは卒業したら「寿司職人」の箔をつけ、立派に海外で寿司を握るのだ。そして3年経った時、彼らの技術はかなり向上しているはずだ。そして店でのポジションや、店の評価も変わっているはずだ。昔なら、まだ握りもさせてもらえていないのに、だ。

職人は素晴らしい。ベテランに対する敬意はちゃんとある。でも、なかなか継承されない「勘」が武器になる業界は、若手が生まれない。誰もがきちんとプロセスを踏んだら、ある一定のレベルにはなれる。農業も、そうならなければならないのではないか。

「虎さんは、この地でイチゴ栽培をする人を増やしたくないんですか」
あかねは静かに言った。

「これが最後のチャンスです。私がやろうとしているのは、虎さんのイチゴ農家をこの先ずっと続いていくようにするだけではありません。農業の若返りも、やろうとしているんです。でも、ご賛同いただけないなら、私は明日にでも荷物をまとめて東京に帰ります」

長い沈黙が続いた。
イチゴ

「ちょっと、イチゴを見てくる」
虎さんがそう言って席を立ったのは、随分長い時間が経ってからだった。

「なんか、ごめんなさいね」。そう言いながら虎さんと同じくして席を立ったまさみさんの目にはうっすら涙が溜まっていた。

2人が出て行ったあとも、あかねはその場からしばらく立てなかった。
こんなに真剣に人を説得したのは初めてだった。しかも、自分の祖父母世代の人を。強い語調で言ったことへの罪悪感もあった。しかし、今までこんなに熱く、誰かの心に訴えかけようとしたのも初めてだった。
「私、めっちゃガチじゃん」
 

「スマート農業、やりましょう」。そう虎さんが言ってきたのは、その日の真夜中だった。

※※※毎週水曜更新(次回更新は8月7日の予定です)※※※

【作者】

チャイ子 チャイ子ちゃん®️
外資系広告代理店でコピーライターをしつつ文章をしたためる。趣味は飲酒。ブログ「おんなのはきだめ」を運営中。
おんなのはきだめ:chainomu.hateblo.jp
Twitter : @chainomanai

【イラスト】

ワタベヒツジ ワタベヒツジ
マンガ家。東京藝術大学デザイン科出身。
マンガ制作プラットフォーム「コミチ」にて日々作品をアップ中。
作品ページ:https://comici.jp/users/watabehitsuji
Twitter:@watabehitsuji

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