ここからがスタートだ!
「日本で一番スマートな農業をするなら、やっぱり最初から注目を集めとかなきゃダメだと思うんですよ」
あかねは次の日、考えていた戦略を話し出した。
やはりハウスを新しくするには相当のコストがかかる。まずは政府の補助金だ。それに加え、あかねはぜひトライしたいものがあった。
「クラウドファンディング ?」
「そう、共感した人からお金を集めるんです。んでさらに、イチゴ達の成長を一緒に見守る親達にもなってもらいます」
「イチゴを作るってだけなのに、共感なんてしてもらえるんでしょうか……」
「大丈夫です。もう、ストーリーは作ってありますから」
実はあかねは、この土地に来た1カ月前に、SNSを立ち上げていた。ストロベリー・ガールというそのアカウントは、東京からS市にやってきた女の子がイチゴ作りに目覚め、日々奮闘し、悩む様子がつづられている。写真投稿型SNSでは、もうすでに毎日コンスタントに写真が投稿され、美しいS市の自然やイチゴづくりの様子がフォトジェニックに収められていた。
「これがあかねさんだということは、知られているんですか?」
「いえ、私は顔を出してないから。あくまで架空の存在ってこと。でも、見てください」
あかねは小さい文字が見えない虎さんのために画面を指で思い切りズームにした。
「フォロワー3万人超え! いやーもうこの1カ月めっちゃ頑張りましたよ、私」
ぽかんとしている虎さんをちらりと横目で見ると、あかねは続けた。
「虎さん、私は今農業に足りていないのは、情報と、発信だと思うんです。イチゴを作るだけでなく、売る前からファンを増やしていきましょ。まあそっちの方は任せてください」
「さ、やることたくさんだぞー!」
そう言って伸びをしたあかねの心の中に、不思議と不安はなかった。
あかねの思惑通り、SNSのフォロワーの増加をきっかけにクラウドファンディングは注目を集め、予想以上の資金を集めることに成功した。また、イチゴ農業に新たな風を吹き込もうとしている「ストロベリー・ガール」の存在に賛否はありつつも、協力しようかと声をかけてくれる他県の農家の人も現れるようになった。
結局、元々の2倍の大きさに拡大し、ハウスの改装が終わった。全自動化に加え、いくつかカメラを設置し、家からでもイチゴの様子を見ることができるようにした。
「リモートワークです」。虎さんに意気揚々と説明するあかねだったが、虎さんはいまいちピンと来ていないように見えた。
「虎さんはさ、やっぱり常にイチゴのことを見ていたいんだよねえ」
久しぶりに戻った東京のワインバーでグラスを傾けながら、あかねは達郎に言う。
「せっかく自動化したのに、機械のことなんて信用できないって言って、1日に何度も確認に行くのよ。少しだけ行く回数は減ったかな?ぐらいで。これじゃ意味ないじゃん」
むくれるあかねの横で、達郎はからからと笑った。
「そりゃあ、イチゴを本気で自らの子どものように想っているからなあ。子どもの成長はひと時も見逃したくないってやつだろうね」
「でも、確実にいい方向にいってると思う。私ね、このイチゴを、ブランドにしようと思うんだ」
そしてスマホの画面を達郎に見せた。それはイチゴがスタイリッシュにデザインされたロゴだった。
「ヒカリイチゴ。名前つけたの。計算され尽くした作り方で、磨かれて研ぎ澄まされてできたイチゴ。S市の光となるイチゴ。農業に、一筋の光を差すイチゴ。どう?」
「いいじゃん」。そう言いながら、達郎はそっとあかねの横顔を盗み見た。あかね、どんどんいい顔になっていくな。
出会った頃から、あかねはどこか冷めたところがある女の子だという印象があった。なんでも卒なくこなす要領の良さや、論理的に物事をすすめる賢さに加え、必要最低限の人間関係しか構築したくないという思いが透けて見えていたのだ。新卒で入った会社も、まわりとつるむのが嫌だったとこぼしていた。もちろん今、その性格ががらりと変わって急に社交的になったわけではない。けれど、今まで付き合って来なかった、自分の半径5mにいなかったような人々と交流し協力しているうちに、あかねは様々な人や自分と違った考えを受け入れていくようになったように感じる。
俺も、頑張らないとな。自分のまとめたカリフォルニアブランドの日本輸入プロジェクトがうまく進みそうで、社内で一番ブランドに詳しいからと、先輩のサポートがありつつも名目上はプロジェクトリーダーに抜擢されたことは、まだあかねには内緒にしておこうと、達郎は心の中で決めたのだった。
ヒカリイチゴは、無事収穫を迎え、新たなイチゴブランドとしてS市から全国に配送された。息をつく暇もなく、次の期の栽培に着手する。ヒカリイチゴは、ここからがスタートだ。
無事に収穫を終え、大成功とも思えたこのスマート化を、いまだ懐疑的に見ているのが、虎さんだった。
「たまたま気候が安定していたからうまくいっただけで、これがずっと続くと思ってはいけないんですよ。私はね、今すぐ元どおりにしたいぐらいです。こんなの農業じゃない、って、まだ思うわたしはやはり、古いんでしょうねえ」
一時は新しいものを取り入れることに全て反対する虎さんに対して苛立ちも感じたあかねだったが、これでいい。むしろ、虎さんのように懐疑的な人がいるからこそ成り立っているとも感じていた。
実際、計算的にはハウスの中の温度が保たれているのに、イチゴの様子が芳しくない時、虎さんが少しだけ気温を高くすると、みるみるうちにイチゴが元気になることがよくあった。それにはあかねも首をひねるばかりだ。匠の技。解明できないその技を、あかねは細かく解析すればきっとデータにできると考えている。
もちろん、全てを自動化することはまだまだ先のことだろう。改良を少しずつ重ね、まずは規模を拡大する。それが当分の目標だ。
「やっぱり、野党がいてこそなんで。虎さんは今まで通り、思いっきり反対してくださいね」。あかねがにっこりと笑いかけると、
「やれやれあかねさんには、もうほんとうにかないませんねえ」
虎さんはあきれながらも、嬉しそうにハウスに向かっていく。
ストロベリー・ガールの挑戦は、続いていくのだった。
【作者】
チャイ子ちゃん®️ 外資系広告代理店でコピーライターをしつつ文章をしたためる。趣味は飲酒。ブログ「おんなのはきだめ」を運営中。 おんなのはきだめ:chainomu.hateblo.jp Twitter : @chainomanai |
【イラスト】
ワタベヒツジ マンガ家。東京藝術大学デザイン科出身。 マンガ制作プラットフォーム「コミチ」にて日々作品をアップ中。 作品ページ:https://comici.jp/users/watabehitsuji Twitter:@watabehitsuji |