■お話を伺った方
藤井一至(ふじい・かずみち)さん
【プロフィール】
1981年、富山県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程修了、博士号(農学)取得。京都大学博士研究員、日本学術振興会特別研究員を経て国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。著書に「大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」(山と溪谷社)、「土 地球最後のナゾ」(光文社)など。趣味は家庭菜園。 |
「火星で農業」に思うこと
──著書の「土 地球最後のナゾ」が評判です。前書きにはNASAの「火星再現“土”」で農業に成功したというニュースに嫉妬したと書かれていますが、「火星で農業」について率直にどう感じていますか?
ああいう風に書きましたが、実際にどうやったら土を作れるのかには興味があって、NASAの火星再現土を取り寄せてみたんです。1キロ1万円しましたが、ハワイの玄武岩を砕いただけのものでショックでした(笑)。それでも、土の話といえば土壌汚染や災害とか暗い話が多いので、こういう明るくて夢のある話はいいですよね。僕も研究してみようかなと思っていたりします。
ただし、火星や月にはやっぱり土がないんですよ。宇宙を専門にする工学部系の人たちは、その深刻さを理解していないことが多いです。例えば火星にある岩に塩酸をかけて粘土を作ろうとか、フルボ酸っていう腐植(後述)を持って行ってまこうとか真面目に議論している。けれど、一体どれだけの塩酸やフルボ酸を宇宙船に積んで運ばないといけないかということを考えると、いまのところ現実的ではないんですよね。
僕からすると、宇宙よりも圧倒的に条件のいい地球上でも作物を育てられない不毛な地域がまだまだあるのだから、そのことをまず考えようよと言いたいです。もしかしたらその延長線上に宇宙農業があるのかもしれないですね。
──火星には土がないんですね。とすると、火星にある土のようなものは何ですか?
火星には岩石が分解した砂が多くあります。赤くみえるのは鉄サビで、かつて火星の表面に水があった時代につくられた粘土です。ただし、生命がいない以上、腐植がないんです。映画「オデッセイ」で、取り残された宇宙飛行士が、仲間の残した排せつ物で土を作ろうとしたのはそのためです。
腐植というのは、もともとは植物や動物が死んだものですが、それが微生物に分解されて変質していきます。その途中のものを腐葉土と呼んだりもしますが、さらに変質すると最終的には腐植になります。全て含めて、土壌有機物と言うこともあります。
落ち葉と腐植の違いとして重要なのは、腐植は電気を持つことです。マイナス電気を帯びているとプラスのイオンをくっつけることができるので、カルシウムだとかカリウムだとかの栄養分を保持することができる。粘土も同じように電気を帯び、栄養分を保持します。月や火星にある微粒子には腐植や粘土がないところが地球の土とは大きく違います。
土には12種類しかない
──腐植や粘土が含まれるもののことを土と言っていて、いまのところ土があるのは地球だけということですね。地球の中では、どんな土がどのように分布しているのでしょうか?
土は大きく分類すると12種類しかないんです。そのうち、日本で特徴的なものは4種類あります。
日本の土地には大きく分けて山と台地と平野(低地)がありますが、山には森があって茶色い土があります。それが「褐色森林土」です。次に台地は平らなので、降ってきた火山灰がたまっている。縄文時代から100年に1センチくらいのペースで積もり続けて現状では1メートルくらい。これが「黒ぼく土」です。
田んぼの広がる平野には川が洪水を起こしたり、土砂崩れが起きたりして堆積(たいせき)した土がありますが、新しい材料が堆積しただけなので「未熟土」に分類されます。沖積土と呼ぶこともあります。最後に釧路湿原などの湿地帯にあるのが「泥炭土」です。
これらが日本の主要な土です。泥炭土以外はそんなに悪くありません。日本人は土なんてネバネバして当たり前だと思いがちですが、それは粘土が多いおかげですので、世界的に見たら結構ぜいたくかもしれません。
──世界的に見ても、日本の土はいい土ということですか?
すごくいいとは言いません。12種類のうち日本になくて一番うらやましいのは「チェルノーゼム」ですね。ウクライナやアメリカのプレーリー、アルゼンチンのパンパなど、世界の穀倉地帯にあります。
チェルノーゼムはすごく肥沃です。日本の黒ぼく土とそっくりなんですけど、違いは何かというと、日本は雨が多いので、放っておくと土が酸性になってしまいます。野菜を作るときに石灰をまいて、乾燥した原産地の中性の土に近づけようとするのはそういう理由からです。
一方、チェルノーゼムは乾燥地帯にあるので土が中性を保っている。これは奇跡的なことです。ただ、問題は水がないことで、ちゃんと灌漑(かんがい)してあげないと育ちが悪い。水さえあれば能力を発揮できます。
──その他に世界にはどんな土がありますか?
チェルノーゼムがどうやってできたかというと、元は氷河に削られた土なんです。ヨーロッパでは北欧やイギリス、ドイツ、デンマークあたりで氷河に削られた細かな土が、風に飛ばされてウクライナまで運ばれた。
風で飛ばされなかった重い砂の残った北欧やドイツでは、「ポドゾル」という真っ白で酸性の土ができ、森にするかジャガイモを栽培するかという選択肢しかありませんでした。イギリスやドイツなどが植民地や新たな領地を求めた背景には、自分たちの土地が寒冷でポドゾルが多く作物が育ちにくかったという事情があります。
その他に肥沃な土というと、綿花の栽培が盛んなインドのデカン高原には、玄武岩由来の粘土に富む「ひび割れ粘土質土壌」があります。乾季には地割れを起こすほど粘土を多く含みます。中国の黄土高原の「粘土集積土壌」も肥沃です。
あとは、アフリカや南米には鉄さびが多くて赤い色の「オキシソル」、東南アジアには「強風化赤黄色土」があります。また、北極、南極のまわりの寒冷な地域には「永久凍土」、乾燥地域には「砂漠土」があります。
土の肥沃度の順位は変わる
──改めて話を伺うと、土が肥沃なところと人口が多いところが重なっているように思います。食糧危機が取りざたされることも多いですが、これまで耕されていないところに、肥沃な土を見つけるのはもはや難しいのでしょうか?
土そのものの能力でいうと、新たに肥沃な土を見つけるのは難しいです。そもそも百数十年前までは土の肥沃さ=生産能力が、その土地で暮らせる人口を決めていました。肥沃な土があっても、そこはもう耕されています。
では、もう可能性がないのかというとそうでもなくて、日本の黒ぼく土も戦後間もない頃までは不毛な土地でしたが、多くの人が土地を開墾し、そこに高度経済成長によって石油コンビナートなどから出たリン酸を安くまくことができたおかげで土の改良ができて、肥沃度が変わったという歴史があります。
ブラジルだって、養分も何もない赤い土で不毛の地だと言われていたけれど、土自体はフカフカしていて、化学肥料をたくさんまくことができるようになったら、案外使いやすい土だと見直されました。賛否はありますが、アマゾンを切り開いて大規模栽培をすることで、いまでは農業大国と言われています。
南米とアフリカは、もともとゴンドワナ大陸という一つの大陸でつながっていたために地質が同じで、土も同じオキシソルが広がっています。政治的な問題をクリアしたら、アフリカもブラジルのようになる可能性がありますよ。そんな風に、人間の使い方次第で土の肥沃さは変わるんです。リン酸肥料が枯渇したら日本の黒ぼく土だって順位を下げる可能性があります。
◆藤井さんの話、もう少し続きます。【後編】は、土と化学肥料の話、植物工場の話などについて伺います。