4人の米作りのプロが集まった「田力本願株式会社」
四国の北西部に位置する愛媛県は、松山市を中心とする中予地方を挟んで、東部の東予地方、南部の宇和島市を中心とした南予地方と3つの地域から構成されています。今回の舞台となる場所は、南予地方にある町、西予市宇和町。町は、標高400~800メートルの連山に囲まれた宇和盆地を中心に形成されており、一年を通じて寒暖の差が激しく、隣の宇和島市三間町とともに、愛媛県有数の米どころとして知られています。ここに米作りに情熱をかける田んぼプロ集団「田力本願株式会社(以下、田力本願)」の男たちがいます。
メンバーは、「発酵・テクニックのプロ」として、みかんの搾りかすを発酵させた有機肥料で田んぼの力を引き出すリーダー(社長)の中野聡(なかの・さとる)さん、「効率・システムのプロ」として合理的な農業に注力する河野昌博(こうの・まさひろ)さん、「味覚・クオリティーのプロ」として味覚を追求した米づくりに励む梶原雅嗣(かじわら・まさし)さん、「情報・ネットワークのプロ」として、農業者と研究者を引き合わせて化学反応をおこす井上裕也(いのうえ・ゆうや)さんの4人。
田力本願を結成する以前は、それぞれ単独で専業農家として米づくりをしており、青年農業者の協議会などで時々顔を合わす程度だった4人ですが、数年前にたまたま4人揃って東予地区の農産物フェアに自作のお米を出品したことで状況が変わります。宇和盆地で栽培されたお米は「宇和米」として南予地方ではブランド米としてそこそこ知られており、東予地方でも同じように知られているものと思っていた4人。しかし東予地区では、宇和盆地と同じ南予地区にある三間盆地で作られた三間米だけがおいしいお米として知られる存在だったのです。宇和米のブランド米としての知名度が全くないことに気付いた4人はがくぜんとし、「宇和米を愛媛イチのブランド米にしてみせる!」と志を一つに重ねます。そして、当時よく見ていた男性アイドルグループの農業系番組をイメージして、2013年に田力本願の前身となる「宇和の男米プロジェクト」を立ち上げ、宇和米のブランディングを始めていきました。
みかんの搾りかすを使った有機肥料「みかんボカシ」
「発酵・テクニックのプロ」、京都生まれで京都育ちの中野さんは、15年ほど前に祖父母が住んでいた西予市にIターン就農しました。以前は微生物、発酵関係の会社に勤めており、その経験から愛媛の特産品であるミカンジュースの産業廃棄物に目をつけました。製造時に出るミカンの搾りかすを利用して米作りを差別化できないか考え、工夫を重ねて、ミカンの搾りかすを使った有機肥料「みかんボカシ」を2012年に完成させました。
ミカンと麹(こうじ)菌の匂いが混じり、割といい香りがする「みかんボカシ」。これを春の耕作時に田んぼにたっぷりとまくと、甘みが増した米になるのだそう。「ミカンをリサイクルして作った米なので、最初は安直に『みかん米』とでもしようかと思ったんですよ。だけどそれだと、宇和のみかん米=オレンジ色のパッケージになっちゃって、愛媛ではありがちすぎてインパクトがないんですよ」と中野さん。
「みかんボカシは確かにコメづくりの大事なポイントだし、愛媛らしさを出してくれる。でも宇和らしさというか、自分たちらしさを表現するもっと良いデザインを求めてみたいと思ったんですね」
田力米から田力本願へ
そこで、メンバーで話し合い、時間をかけて名前とパッケージングについてしばらく考えることになったのだそうです。この米を通して何を消費者に訴えたいのか?をじっくりと考えていきました。
「食べてもらえば分かる!というのは生産者のおごりかもしれないと気付いたんです。見た目が同じで味の違いがわかりにくいお米は、食べてもらう前にまず、パッケージングで差別化することも必要なんですよね」(中野さん)
そして、出てきた言葉が「田の力」。田んぼで力を発揮し、田んぼの力を信じ、田んぼと未来を創っていく。「田」に「力」と書いて「男」になり、「男米プロジェクト」に通じるものもあるということで、全員一致で「田力米」へと決まったそうです。2014年にデビューした「田力米」は、東京で開催された農業フェアに出品され、「デザインが新鮮!」とフランス人バイヤーの目にとまり、現在はパリのお店でも絶賛販売中です。
「男米プロジェクト」を会社組織にすることを決めた時、田力米のネーミングに力を使い果たしてしまったメンバーにはそれ以上名前を考える力は残っておらず、安直にシャレで「田力本願」という名前をつけてみたのだとか。しかし意外にも、さしたる違和感もなく呼びやすいということで、こちらは簡単に決まったのだそうです。
愛媛県産米のブランド向上にも貢献
みかんボカシを肥料に使った「田力米」は、米のおいしさを競う「米・食味分析鑑定コンクール」で、2015年からほぼ毎年受賞しています。2019年度は梶原さんの田んぼで栽培された愛媛県の新品種「ひめの凜(りん)」が金賞を受賞。今では“宇和米”というくくりを超え、愛媛県産の米のブランド向上にも重要な役割を果たしています。
自治体と協力して、特産品フェアに出品したり、移動販売をしたりと、田んぼに出ていない時も忙しいスケジュールをこなす田力本願ですが、他にもホームページやSNSなどを使って田力本願の活動を発信し、田力米のおいしさをもっとたくさんの人に知ってもらいたい、とプロモーション活動にも力をいれています。
アイドルのようなニックネームでメンバーを紹介したり(しかし、そのニックネームでお互いを呼び合うことは一度としてないらしい)、英語版だけではなくフランス語版もあるなどユニークな田力本願のホームページ。そんなユーモアあふれるアイデアは、専ら会議と称して開かれる飲み会で生まれているのだとか。
これからの展望
「田んぼと力を合わせて僕らは活動しています。IT農業を採用した広い水田から、機械が入らない山間部の小さな棚田まで、それぞれのスタイルに合った作業方法で田んぼの力を引き出し、米だけでなく、もっといろいろなものを田んぼから創り出していきたいですね。そうして次の世代へと田んぼを渡していけたら、と思っています」と熱く語るリーダーの中野さん。
田んぼのプロ集団として知識と知恵を結集し、経験とチャレンジで、明るく楽しく農業の未来を開墾する田力本願の活動にこれからも目が離せません。