新型コロナウイルスによる売り上げ減を最小限に抑えたワサビ園
静岡県伊豆半島の名産、ワサビ。生のワサビは高級飲食店やインバウンドでの需要が高く、普段の食卓に上ることは少ない食材と言えるでしょう。取引先が限られる食材だけに、今回の新型コロナウイルス感染拡大の影響で、大幅な売り上げ減少となったワサビ農家もいると聞きます。
しかし一方で、今回の騒動以前から、市場の変化によるリスクを下げることが必要だと活動を始めていた人がいます。
大正時代から続く滝尻わさび園の浅田恵子(あさだ・けいこ)さんです。
浅田さんは静岡県焼津市出身。介護福祉士として焼津市内や横浜市等で勤務していました。滝尻わさび園の5代目である芳孝(よしたか)さんと結婚後は、主に滝尻わさび園の加工品生産や情報発信などを担当しています。
滝尻わさび園で生産されるワサビは質が高く、大阪、京都での市場取引のみならず有名なお寿司屋さんや地元で人気のおそば屋さんなどの顧客も抱えています。
コロナ前の売り上げの構成比は市場出荷分が8割、直接取引分が2割ほど。
しかし、新型コロナウイルスによって市場価格は前年比でおおよそ5割減、直接取引をしている顧客も営業自粛とその影響を大きく受けました。
こういった状況で、浅田さんがこれまで行っていた活動がコロナダメージの最小化に寄与しました。
コロナ前からの積み重ねがひけつ
結婚を機にワサビ生産者の妻となった浅田さんですが、結婚前は「おそらく生のワサビを食べたことがなかった」そう。
結婚直後から加工品の生産は手伝っていたのですが、妊娠出産子育てと忙しくて……。
浅田さん
子育て中、浅田さんは育児の悩みを共有したり相談したりできる仲間を求めて、近隣市町村のママグループの活動に積極的に参加するようにしました。
小さい子を抱えながらだと、山の中にある足場が不安定なワサビ沢で作業を手伝うのは非常に困難です。
また長年勤めているパートさんもいて人手が確保できていたということもあり、浅田さんは家族の理解を得ながら「ワサビ沢の外の世界」の人たちとの交流を活発に行います。
浅田さん
ママグループのミーティング時にはワサビや加工品を持っていき、味の感想などのフィードバックをもらう。
他の土地に行く際にはお土産物屋さんでワサビ製品をチェックする。
といったことを心がけていたそうです。
浅田さんが結婚した当時、滝尻わさび園では
- 基本的にJAへ全量出荷
- ワサビの直接販売は知り合いなど一部のみ
- ワサビ味噌(みそ)などの加工品は作っていたが、ほぼ原価で同じく知り合いなどへ販売
という状況だったそう。
浅田さん
しかし、情報発信だけでは売り上げにはつながりません。オンラインショップを作ったり、インスタグラムなど他のSNSでの情報発信もしたり、ホームページを作ったりとやるべきことが多くあることに気づいたそうです。
でもホームページ作成をプロに依頼すると20万円以上と言われて、それは無理だと。
浅田さん
やるべきことはわかるけど、スキルがない。頼みたくても、お金がない。
そこであきらめてしまう人も多いのではないでしょうか。
そんな窮地を救ってくれたのは、またもママグループでした。
プロのデザイナーの方のアドバイスを無料で受けられて、結果ホームページ、オンラインショップ、リーフレットを作ることができました。
浅田さん
※ 熱海市チャレンジ応援センター。熱海市と熱海市商工会議所が運営している事業者支援組織で、市外の人間も利用できる。利用料無料!
A-bizでは「やり方」は教えてもらえるものの、実際に手を動かすのは浅田さん本人。
浅田さんはパソコンを持って何度も熱海へ通い完成させたそうです。
浅田さん
情報発信も頻繁に行い、ホームページとオンラインショップも作った浅田さん。それでもなかなか注文は増えませんでした。
そこでより戦略的な広報の必要性を感じ、行政が運営するワークショップなどにも積極的に参加し、農業関係者以外のコミュニティーを作っていったそうです。
結果、首都圏の老舗おせんべい屋さん、デザイナー、非営利団体の広報担当者など、さまざまな人とつながることができました。
浅田さん
またA-bizでも浅田さんの悩みを解決できるような人をマッチングしてもらうなどしたことで、浅田さん独自のネットワークを築くことができました。
決め手は「人のつながり」
ホームページなどを作り、市内外問わず信頼できる人々とのネットワークができたものの、それでもオンラインでのワサビの注文は「ぼちぼちしかなかった」そうです。
そこへ新型コロナウイルス感染症による社会情勢の変化が訪れました。
これを機に「大変な状況に陥っている生産者さんを助けよう」という機運が盛り上がったのはみなさん周知の事実でしょう。
そこで、浅田さんはワサビ園の実情やオンラインショップの存在を発信しました。
すると友人が拡散に協力し、一時は注文の電話に対応できないほどになったそうです。
さらに購入した人、拡散に協力してくれた人からの
「加工品と生ワサビのセットを作ってほしい」
といった声もすぐに反映し、リピーターの獲得にもつなげました。
こうした浅田さんの活動の結果、わさび園全体の売り上げは前年比で2〜3割減ほどに抑えられたそうです。
それも、夫も夫の両親も新しい販路拡大・広報活動に賛成してくれて自由にやらせてくれたおかげだと思っています。
また、ママ友、地元の経営者、農家の友人、セミナーの友人など、多くの方が協力してくれたことにとても感謝しています。
浅田さん
日頃の備えが、ピンチを救う!
浅田さんの活動内容を受けて、以下の2点が今後の農家さんに大切なのではと強く感じました。
1. 生存戦略を作る
出荷先の選定、割合、自身の見(魅)せ方、(多品種であれば)品種品目の選定などはより強く、常に意識して計画、行動する必要があること。
2. 農家仲間だけに限らず、違うカテゴリーの人々との交流を
畑の外へ出て、業種や業態が違う人、自分の悩みを解決してくれるプロフェッショナルなど、違う分野の人たちと交流するのも必要。
とはいえ、いきなり「異業種交流会」とかハードル高いですよね。
A-bizのような行政が絡んだ無料相談場所が日本にいくつかあり、それがとても有益だということを浅田さんから学びました。
そこに行って具体的な成果物を得つつ信頼できる人を紹介してもらう、というのはいかがでしょうか。
いずれにしても、信頼できる友人も、ホームページやオンラインショップも情報発信も、一日にして成りません!
浅田さんのように、少しずつ積み重ねて次のピンチに備えたいですね。