少年時代に育まれた繊細な味覚、シェフが厳選する農産物とは

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少年時代に育まれた繊細な味覚、シェフが厳選する農産物とは

連載企画:農業経営のヒント

少年時代に育まれた繊細な味覚、シェフが厳選する農産物とは
最終更新日:2020年07月10日

作物の品質にこだわっている農家なら、自分の育てた作物の味がどう評価されるのか気になるのは当然だろう。それを評価する立場にいるのがシェフ。彼らは何を判断の基準にしているのか。繊細な味覚で食材を選び、こだわりの料理を提供している中村大吾(なかむら・だいご)さんに話を聞いた。

ソースを使わないこだわりのハンバーグ

東京都港区、地下鉄虎ノ門駅から歩いてすぐのところにあるレストラン「THE GRILL TOKYO(ザ・グリル・トーキョー)」。看板メニューの黒毛和牛ハンバーグを食べてまず驚くのは、その弾力だ。軟らかくかみ切れるのではなく、しっかりとした歯応えがあり、直後に濃厚な肉の味が口中に広がる。
弾力の秘密は、直径が9ミリと粗くひいたミンチにある。中村さんによると普通は2ミリ程度で、大きくても4ミリ。もっと大きくすると、細かい骨の破片などがひき肉の中に入ってしまう恐れがあるからだという。
これに対し、中村さんは自ら包丁を握って丁寧に肉をさばき、骨などを完全に取り除いてから9ミリの穴の機械にかけてミンチにする。そこまでするのは、「肉らしさをはっきり出したい」と考えているからだ。
ハンバーグにソースをかけないのもこだわりの一つだ。代わりに出すのは牛の骨からとるダシの「フォン」。タマネギやニンジン、ニンニクと一緒に16時間ほど煮込んで作る。味の濃いデミグラスソースを使わないのは、やはり肉の味そのものを楽しんでもらいたいと思っているからだ。

看板メニューの黒毛和牛のハンバーグ

中村さんは今44歳。バーテンダーの仕事を長年やった後、勤めていたバーの店舗展開のエリアマネジャーを担当し、さらに飲食店関係のコンサルタントの仕事を経て、東京都渋谷区にレストラン「Bistro Gastros(ビストロ・ガストロス)」をオープン。2018年に2店目のザ・グリル・トーキョーを開いた。
中村さんに話を聞くのは今回で3回目だ。改めてインタビューしてみたいと思ったのは、以前取材したときの言葉が印象に残っていたからだ。
「約20年ぶりにある店でハンバーガーを食べてみて、驚いたんです。見た目はトマトやパンやハンバーグなのに、素材の味を感じることができなかったんです」。コンビニの弁当を食べても、味に違和感を抱くという。
あらかじめ確認しておくが、本稿は普通に売られているハンバーガーや弁当などが体によくないとか、味が悪いとか言いたいわけではない。多くの人はそれらをおいしいと思って食べているし、筆者もその一人だ。
だが中村さんが評価し、追求している味は違う。その背景と、中村さんが選んだ食材の魅力を知るのが、今回のインタビューの目的だ。

2018年にオープンしたザ・グリル・トーキョー

植物工場のレタスを採用する理由

中村さんは「小さいころは貧しかった」とふり返る。「食べることに困るほどではなかったが、チョコレートは食べた記憶がない」。おやつは基本的に母親の手作りだった。真っ先に思い出すのはドーナツだ。料理も母親が素材を買ってきて作っていたので、出来合いのものを食べることはほとんどなかった。
中学校に入るころには暮らしは改善していたが、幼いころに覚えた味の好みが変わることはなかった。「ケチャップやマヨネーズは味が強すぎるので苦手」。そんな中村さんの好みを知っているので、ダシは母親がカツオ節や昆布から作ってくれた。好物はぬか漬けやご飯やみそ汁。昔ながらの味だ。
こだわりの核にあるのは、こうした経験から得た繊細な味覚だ。甘みにしても辛みにしても、素材そのものから引き出す。だから、素材の味を打ち消すような調味料は使わない。それが食材を選ぶ際の手がかりになっている。
ではザ・グリル・トーキョーの食材をいくつか紹介していこう。主役である牛肉は、ほとんど鳥山牧場(群馬県利根郡昭和村)から仕入れている。黒毛和牛の飼育から、熟成肉の加工まで手がけている牧場だ。

鳥山牧場の熟成肉の製造の様子

もともと鳥山牧場は牛肉を50日程度熟成させ、うまみを高めてきた。これに対し、中村さんが求めた熟成期間は80日から150日。中村さんは「鳥山牧場の肉は化ける。熟成させることによってどんどんおいしくなる」と話す。
野菜の多くは、山梨県北杜市の60代の農家から仕入れている。農薬や肥料を使わない自然農法で野菜を育てている農家で、もともと農業以外の事業を手がけていたが、農業に対して深い思いを抱くにいたって就農した。農薬を使わないのは、作物と雑草の共生を通して土が豊かになるような畑を理想としているからだ。
中村さんもこうした思いに共感している。ただ「彼が作る野菜は味がしっかりしていてすごく力強い」と話すように、食材として選んだのはあくまで品質にほれ込んだからだ。栽培方法を選定基準にしているわけではない。そのことが次の例で鮮明になる。

山梨県のベテラン農家から仕入れている野菜

品目はレタスで、栽培しているのは植物工場。東大発のベンチャー、プランツラボラトリー(東京都港区)が発光ダイオード(LED)を使って生産しているレタスだ。ザ・グリル・トーキョーは開店から一貫してこのレタスを使い続けており、中村さんはその理由について「やっぱり味です」と話す。
強風や病害虫などのリスクにさらされていない工場製の野菜は、一般的にえぐみが少なく、葉っぱが軟らかいといった特徴がある。そうした点に加え、植物にとって必要な養分を過不足なく配合した独自肥料を使っていることがプランツラボラトリーの強み。中村さんが使い続けているのはその成果だ。
中村さんによると、全体を通して「味の好みはぶれない」という。ただ、実際にどの生産者の作った食材を使うかについては「こだわりはない」。だから、いろんな肉や野菜を試してみた。今回取り上げた熟成肉や野菜は、そうした試行錯誤を通してザ・グリル・トーキョーの定番になった食材だ。

プランツラボラトリーの植物工場

農家への尊敬と期待すること

中村さんは小さいころの食生活について「貧しかった」という言葉で語り始めた。だが取材が進むうちに、話のトーンはポジティブなのものに変わっていった。「ぜいたくはできませんでした。でも今から思うと、逆にぜいたくだったのかもしれません」。素材そのものを味わう訓練になったからだ。
ここで強調しておきたいのは、中村さんが自分の味覚が人より優れているとは言わなかった点だ。むしろ「僕の言っていることはおかしいし、一般的ではありません」とも話していた。自らの感覚に忠実に食材を選び、料理を作っているが、違う好みの人を否定したいとは思っていないのだ。
この発想は農家への思いにも通じている。「何か農家にメッセージはありますか」と質問したとき、品質の高い野菜への期待を語ると思っていた。だが中村さんは「農家に対してはリスペクトしかありません」と話した。自分の求める農産物を作ってくれる人は必要だが、家庭の隅々まで食べ物が行き渡るように大量に生産している人も大切だというのが中村さんの答えだった。
効率的に作って価格競争力をつけるのか、それとも味を含めた品質で勝負するのか。栽培で目指すことのできる方向はいくつもあるが、それを突き詰めれば評価してくれる人がいる。そのことは営農にとって大きな励みになる。

「農家のことを尊敬してます」と話す中村大吾さん

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