酪農から畑作まで。さまざまな農業バイトを経験
――大学ではどのような研究をしているのですか?
いまは最終学年の6年生で、ポリクリ(臨床実習)をしています。例年は2つの大学病院で実際に診察したり、帯広エリアの農家さんを訪問して牛や馬を診たりします。
今年はコロナの影響で、実習はオンラインになりました。先生たちが仮想の症例をピックアップして、学生は「どんな病名が疑われるか」「治療方針はどうするか」「農家さんにどう説明するか」などをオンラインで討論して、先生と答え合わせをしています。
また、真菌(カビ)学の研究室に所属していて、卒業研究として牛の乳房炎の原因について調べています。私が調べているのは、真菌性乳房炎と近年増加傾向にあるプロトテカ性乳房炎という炎症の原因についてです。プロトテカはクロレラに近い藻類で、まだ分かっていないことが多く治療法も確立していません。
十勝農業協同組合連合会管内の牧場から検体をもらい、DNAを調べてどういうカビかを分類し、他の地方での広がり方との違いなどを調べています。
乳房炎になると、牛の乳量が減ったり生乳の出荷ができなくなってしまうので、農家さんに与える損失は大きいといえます。私の研究は、まず傾向を知るためにデータを集めるという足がかり的なものではありますが、ゆくゆくは治療法確立につながって、農家さんのためになればと思っています。
――農業アルバイトはどんな内容ですか?
今年の4月からは幕別町の農場で週4回、搾乳のアルバイトをしています。チーズなどの乳製品加工販売もする大きな農場で搾乳はロボットがやるので、牛舎の掃除、たとえばえさを集めて牛舎に消毒用の石灰をまいたりするなど、動き回って作業をしています。シフトは、早番は朝5~7時まで、遅番は8時半~10時半までと区切られているのですが、両方とも入ることが多いです。
その前は清水町にある農家さんで、ミルキングパーラーという搾乳専用の施設を使った搾乳のアルバイトをしていました。朝3時45分から搾り始めるので、3時に家を出て車を運転して通っていました。真冬はマイナス20度、深夜はマイナス30度になることもあり、牛の頭数が180頭と多くて結構大変でしたね。
夏は、ジャガイモやニンジンなど野菜の収穫アルバイトもしました。大学の同級生も多くが農業アルバイトをしています。自分たちのことを「畜大生(ちくだいせい)」と呼ぶのですが、「畜大生が日本の農業を支えている」と言い合うくらい(笑)、酪農から畑作までいろんな農家さんに行かせてもらって働いています。
「朝3時台出勤」の辛さを越える癒やし
――酪農アルバイトの大変なことと、楽しいことを教えてください。まずは、楽しいことを。
やっぱり癒やし効果が大きいですね。
今まで工場で全くしゃべらずに枝豆を箱詰めしたり、収穫機に乗って収穫・選別したりと、いろいろな農業アルバイトをしてきましたが、自分は動物が大好きというのもあって生き物と会えることがとても癒やしです。
牧場に着くと牛たちが近寄ってきて、ベロベロとなめてきたりするのでなでてあげたり。本当にかわいいんです。正直牧場によるのですが、大切にされている牛は全然人のことを怖がらないんですよね。
朝から太陽の光を浴びて体を動かすと、一日のスタートをとても健康的に切れるような気がして、自分のライフスタイルにはすごく合ってるなと思います。
――では、大変なこととは?
以前の職場では、乳牛の斜め後ろから乳房(にゅうぼう)を拭いてあげて搾乳機を付けて、搾り終わったら取って……というのが一連の作業だったんですけど、牛が自分より高い位置にいるので、うんちを顔で受け止めて泥パックみたいになったことがあります(笑)。
そういうのもあるし、やはり動物相手なので危険は付き物。踏まれたり下敷きになったりしないように気を付けなきゃいけないというのはあると思います。彼らには傷付けようという意思はないので、危険は人間側が回避しなきゃいけないルールだと思います。
あと早起きですね。農家さんは毎日のことなんですけど……。眠くて寒い中支度して行くのはちょっとしんどいんですが、行くと「わ~来て良かった!」って毎回思いますね。気持ちが晴れ晴れとします。
夏は通勤の道ですら、ドライブ気分が味わえるんですよ。防風林や竹林の間を車で走っていくんですが、ちょっとずつ昇っていく朝日がとても奇麗なんです。
きっかけは「牛嫌い克服」
――酪農アルバイトを始めたきっかけは?
実は、元々牛はあまり好きではなかったんです。
入学するまではホルスタインを近くで見る機会がなく、実習の時などに見るとあまりにも身体と顔が大きいし、くりっとした黒目がちの馬に比べて、目がギョロギョロ動いていきなり興奮して動くのが怖くて……。
ただ、怖いということを理由に(家畜専門の)産業動物獣医師になる選択肢をなくしてしまうのももったいないなと思って。「牛に慣れたい」という動機で搾乳のアルバイトを始めたんです。そうしたら“まんまと”ハマっちゃって……かわいいと思うようになりました。
――酪農アルバイトがご自身に与えた影響はありますか?
ずっとペットなどを診察する小動物獣医師を目指していたのですが、実はいま産業動物獣医師になりたいなと思って就活中です(取材は2020年6月)。第一志望に入れれば、北海道に残る予定です。
以前、東京とシンガポールに住んでいて、大学入学と同時に北海道に移り住みました。最初に感動したのが「食」でした。豊かな土地で育まれた食べ物のおいしさに驚きました。
農業アルバイトを通じて畑作や酪農の農家さん、飲食店のアルバイトを通して料理人の方々など、たくさんの人に出会い、日本の魅力は食に凝縮されているんじゃないかと思うようになりました。
主に搾乳のアルバイトを通してですが、自分がアルバイトを頑張ると、世界中のいろんな人と間接的に「食」でつながっていくんだなと思ったんですよね。
次はは獣医師として、目の前の牛たちの生活を良くするために産業動物の分野に進みたいと考えるようになったので、農業アルバイトは自分にとても大きなインパクトを残したと思います。
――農業アルバイトはどんな人におすすめですか?
どんな人でもきっと楽しめると思うんですけど、私みたいにずっと都会で住んでいて、乳牛や肉牛に触れたことがないという方にぜひ行っていただきたいなと思います。やっぱり命のありがたみにも触れることができますし、価値観が大きく変わると思います。
――最後に、どんな獣医師になりたいですか?
言ってしまえば、ペットも産業動物も、最終的に飼っている人がどうするかによります。たとえ治せる病気でも、飼い主さんが「いいや」と言ったら治せないことになります。
産業動物はもっとシビアで、お金を生み出せない動物を淘汰(とうた)することは頻繁にある世界です。なので、目の前にいる動物を救うことはもちろん、飼っている人を幸せにすることも重要だと思います。
もちろん、農家さんは牛たちの命を大切にされていますが、「産業動物だ」という事実は大きくは変えられないことです。命と引き換えに、私たちに食の楽しさや幸せをくれるのが産業動物なので、そのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に努めたいです。
乳牛のストレスを減らすと乳量が増えるので、農家さんにとってもプラスなんですよね。なので、動物のQOLを向上させることと、飼い主の幸せを守ることは、同じ方向にあると思います。農家さんと足並みをそろえてアドバイスをしつつ、動物と農家さん自身をどうしたら幸せにできるのかを考えていける獣医師になりたいなと思います。
動物と毎日接するのは農家さんなので、いくら「これは動物のためであって、結果としてあなたのためになります」と言っても、納得してもらえなかったら結局何も変わりません。そこは知識と技術をしっかりと身につけて信頼関係を築き、発言に影響力がある人になりたいです。