タブレット越しの相談会、「便利」と利用者に好評
長野県庁の会議室の机に置かれた1台のタブレット端末。担い手育成係の県職員2人が画面越しに、長野県での就農相談に応じていました。
神奈川県在住の大学4年生・石川泰斗(いしかわ・たいと)さんは卒業後、長野県で農業を営む祖父母の後を継ごうと考えています。この日は県の支援制度や販路開拓の方法について、担当者に質問していました。
相談時間は1人40分。事前に自宅に送付された資料を参照しながら話は進みます。
担当係長の市川祐司(いちかわ・ゆうじ)さんは、具体的な支援制度について一通り説明した後、「他の熟練農家の下で研修を受けることで農業経営の視野が広げられます」と助言しました。
石川さんは相談終了後、オンラインの相談会について「ネット環境に不安がありましたが、実際に参加してみて便利に感じました」と話していました。
対面相談の再開はめど立たず、就農希望者の受け皿を
この「信州就農ウェブ相談会」は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、長野県が急きょ企画したものです。
政府による緊急事態宣言の発令で、人の自由な移動が制限された20年3月。長野県が東京で独自に企画していた予約制の就農相談会は中止を余儀なくされました。
「長野県で就農したいけれど相談する場所がない」と、行き場を失う人が出ないよう、急きょ対応を検討。話し合いの結果、にわかに注目度が高まっていたウェブ会議用のツール「Zoom(ズーム)」を利用したウェブ相談会を実施することを決めました。
オンラインでの相談会の実施例はそれまでありませんでしたが、まずは5、6月に全5回を企画しました。各回とも参加者からの評判は上々で、ウェブ相談会には確かな需要があると判断し、その後も月1~2回ほどのペースで続けています。
どこからでも参加できる、ウェブ相談の可能性
長野県の「信州就農ウェブ相談会」には、20年7月時点で計26人が参加しています。担い手育成係主任の濱保理英子(はまやす・りえこ)さんによると、県内・外の比率はほぼ半々。県外は前年までと同様、首都圏からの参加が多く、北海道、名古屋、大阪、九州など遠方の人がやや目立っているそうです。
相談者の表情が分かるウェブ相談会は、「電話とは全然違う」と濱保さんは言います。対面ほど読み取れる情報量は多くないにせよ、「やりとりの質はかなり高い」と評価しています。
1人につき40分間の相談は、ほとんどの人が時間いっぱい使い切っています。就農希望者が事前にじっくり考えた上で相談に臨むため、より踏み込んだ内容の話ができているそうです。
ただ、定年退職後の就農を考える中高年の世代などにとっては、ウェブ相談会のハードルが高いなど、課題も残されています。
首都圏などの会場で行う従来の方式と比べると、相談会の回数を多く設定できるため、長野県では今後もウェブでの相談会を継続的に実施する方向でいます。
コロナ禍で広がるウェブ相談会、就農を新たな選択肢に
こうしたオンラインの相談会は、全国に広がりつつあります。全国新規就農相談センターの公式ホームページでは、これまでに島根、大分、長野、高知、岡山、福井の6県がオンラインでの就農相談を呼び掛けています(20年8月20日時点)。
就農希望者の個別相談を無料で受けている同センターも、コロナが感染拡大した4月から6月までの間は対面による相談を控えて、電話やメールで対応していました。そして、7月に初めてウェブ相談会を実施したところ、オーストラリア在住の日本人から「帰国後に農業をしたい」との相談が寄せられました。センターの担当者は「オンラインなら東京まで来ることができない人にも対応できる」と評価しています。
景気が冷え込んだリーマンショック後には、失業者が増えた半面、農業への関心が高まったと言われています。今回のコロナ禍でも、若者の地方移住への関心が高まっていることが報じられています。今のところセンターへの問い合わせが目立って増えているわけではないものの、「コロナを機に地方移住と新規就農を考えている」との相談が実際に寄せられているそうです。担当者は「地方移住を検討する際に、新規就農が一つの選択肢になればいい」と話していました。