手間がかかる印象だったアスパラガスが一年で
埼玉県東部の三郷市で農業を営む石井信行(いしい・のぶゆき)さん(28)は、小松菜の周年栽培を中心に、夏にキュウリなどの果菜類を栽培してきましたが、3年前から新たにアスパラガスの生産を「採りっきり栽培®」という新しい栽培法で取り組んでいます。
アスパラガスを生産することになった経緯について、石井さんがこう説明してくれました。
「近年、市場での小松菜の買取価格が下落傾向にあり、何か良い作物はないか…と探していました。アスパラガスは人気が高く、価格も安定しているのですが、手間のかかる作物という印象があって、実際に作付けするまでには至っていませんでした」
アスパラガス生産の慣行法では、苗を定植してから本格的な収穫まで約3年もかかっていました。10年以上に渡って同じ株から収穫し続けられても、その間、病虫害の防除を徹底して行わなければならず、小松菜栽培の傍らで取り入れられる作物ではなかったのです。
石井さんがこう続けます。
「販売力を強化するため、地域の生産者で作る直売研究会というグループに参加しているのですが、そこで『採りっきり栽培®』という新しい栽培法のことを知りました。慣行法と違って、春先に苗を定植すると、3年待つことなく、翌年の春に収穫でき、しかも、病害虫防除の手間もかからないということなので、これなら自分にも取り入れられると考えました」
試験的に始めた『採りっきり栽培®』。一年目から予想以上の収穫量!
幸い、三郷市には新たな作物の栽培に乗り出そうとする生産者を支援する「チャレンジ農業支援事業」という助成事業があり、直売研究会がこの事業を活用して「採りっきり栽培®」に取り組むことになったことから、石井さんもこの事業に参加することにしました。
といっても、いきなり大規模に作付けすることはできるものではありません。この栽培法ではセル成型苗を定植することから、1枚で128株の育苗できるセルトレイ2枚分、256株で試験的にアスパラガスの栽培を始めました。
明治大学農学部野菜園芸学研究室とともに採りっきり栽培を共同開発したパイオニアエコサイエンス株式会社が開催するセミナーに参加して、栽培法を学びながらの生産でしたが、1年目から予想外の収穫が得られたといいます。
「手間がかからないという触れ込みを真に受けて、時々、病害虫防除の農薬散布をするぐらいで、ほとんど世話をしませんでした。今では支柱を立てて株を上に伸びるようにしていますが、支柱を立てずに倒伏した茎が横に広がる有様だったにもかかわらず、収穫量は予想以上でした。もう少し手間をかければ、もっとたくさん採れるのではないかと考え、担当者のアドバイスの下、本格的に取り組むことにしました」(石井さん)
「採りっきり栽培®」では、春先に定植して、翌年の4月、5月に収穫することができます。この時期は国産のアスパラガスが端境期になるため、市場では高値で買い取られることが期待されます。
こうしたメリットもあって、石井さんは作付けする株数を大幅に増やすことにしました。パイオニアエコサイエンスの担当者と相談して、「満味紫」、「ゼンユウガリバー」、「太宝早生」、「ウインデル」、「クリスマス特急」、「ヨクデル」、「ギガデル」、「スグデルⅡ」の8品種を試験的に栽培。明治大学農学部野菜園芸学研究室とも協力し、その中から三郷市の気候風土に合った品種を厳選する予定です。
適切な施肥設計で病害虫に強い株に育つ
肥培管理に関しては、アスパラガスの栽培では元肥が重要であるため1反あたり4tの堆肥を入れて土づくりをした上、窒素肥料10㎏、石灰肥料100kg、苦土肥料50㎏と微量要素を施用。さらに株の状態を見ながらミネラルや微量要素を追肥していきました。
同社園芸種子部東日本事業所の小林将哉(こばやし・まさや)さんがこう説明してくれました。
「本来なら土壌診断した上で合理的な施肥設計をご提案するのですが、前作の都合で土壌診断ができなかったため、石井さんには一般的な施肥量で作付けしていただきました。それでも窒素とミネラルをバランスよく施肥できたことで、無駄な徒長や軟弱生長が抑えられました。その結果、病害虫に強くなって、農薬散布の回数を減らせたと考えています」
2020年は7月に長雨で気温の低い日が続く天候不順だったにもかかわらず、健全な株に育っているということは、適切な肥培管理ができている証拠と言えるでしょう。
市も一緒になってサポート!アスパラガスを三郷市の名産に。
石井さんの圃場では土壌診断は行われませんでしたが、パイオニアエコサイエンス株式会社では生産者の求めに応じて土壌診断を実施しており、個々の圃場に合った肥培管理を指導できるといいます。
そのため三郷市では石井さんに続く生産者には同社の土壌診断に基づく肥培管理ができるよう支援しています。三郷市市民経済部農業振興課の谷口克毅(やぐち・かつき)さんがこう語ります。
「アスパラガスは収穫後の劣化が早いと言われていますが、これまで首都圏に近い産地でも栃木県や長野県で、都市近郊では生産されてきませんでした。その点で三郷市での生産が軌道に乗れば、より新鮮なアスパラガスを首都圏に出荷できるでしょうから、これからも生産者を支援していきます」
現在、三郷市でアスパラガスを生産しているのは、石井さんを含め15軒程度、生産量は限られています。当面は三郷市と近郊への出荷に留まりますが、将来的に主要な市場で三郷産のアスパラガスの存在感を高めるべく産地化が進められます。石井さんたちの挑戦はこれからも続くようです。
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