肉牛とは? 乳牛との違い
肉牛は「食肉を生産するために飼われている牛」を指します。一方で、乳牛は生乳を生産するために飼われている牛。同じ畜産業の中でも、食肉を生産する場合は肉用牛経営、生乳を生産する場合は酪農経営と呼ばれます。
肉牛の種類
スーパーで販売されている牛肉のパッケージや飲食店のメニューに、「北海道産」などの産地名、「神戸牛」「松阪牛」といったブランド名が表記されているのを見かけたことがあるでしょう。日本にはブランド牛が200種類以上あると知ったら、それだけたくさんの種類の牛がいるの!?と思うかもしれません。
ですが、元をたどると国内で飼養されている肉牛の種類は「和牛」「乳用種」「交雑種」「外国種」に分類できます。この他にも、一部の地域でごく少数ですが、外国種の影響を受けていない「在来種」が飼養されています。
【和牛】
日本で昔から飼われていた牛に外国種を掛け合わせて改良した牛。現在、和牛として確立されているのは4品種です。かつては農作業を手伝うための役割を担うこともありましたが、現代では食肉として飼われていることがほとんどです。
・黒毛和種
和牛の中では、日本で最も多くを占める品種。肉質や脂肪交雑(いわゆるサシや霜降りなど)が優れている。毛色は、やや褐色を帯びた黒。
・褐毛(あかげ)和種
熊本県と高知県で飼養される数が多い。毛色は明るい赤褐色であることから「あか牛」「あかげ牛」と呼ばれる。黒毛に次いで肉質が良い。放牧で飼養した赤身肉のイメージでも知られる。
・無角和種
山口で改良された角の無い牛。体格は黒毛と同程度で、体重がやや重い。肉つきが良いが、脂肪交雑は少なめ。
・日本短角種
岩手、青森、秋田、北海道などで飼養される。毛色は赤褐色で濃淡があり、かす毛(原毛の色に白毛が混じったもの)や白斑のものもいる。肉質は黒毛に劣るものの牧草主体で育てた赤身肉のおいしさが人気を呼んでいる。
【乳用種】
・ホルスタイン種
酪農経営の牧場でおなじみの牛。乳生産とともに赤肉を効率良く生産する能力を持つ。乳生産ができるのは雌だけなので、雄の大半は去勢して肉用に肥育される。毛色はほとんどが黒と白のまだら。
【交雑種】
F1(エフワン)とも呼ばれる。生産性と肉質の良さを目的に交配された牛。代表的な交配は、乳用種の雌と和牛の雄。毛色は一般的に黒色で、体の一部に白斑が現れることが多い。肉専用種よりも早く大きくなり、病気に強いといった特徴がある。肉専用種の異なる純粋種同士を交配させる和牛間交雑種、肉専用種と乳用種(ホルスタイン種以外)を交配させる場合も。
【外国種】
・アバディーンアンガス種
北海道などでごく少数が飼養されている。英国スコットランドで作られた品種。毛色は黒色。放牧に適した牛。
肉牛を育てる農家
食肉となる肉牛を育てる経営には、大きく分けて「繁殖経営」と「肥育経営」があります。近年では繁殖と肥育を両方行う「一貫経営」、地域によっては畑作や稲作との兼業を行っている経営も見られます。また、酪農家が乳生産と肉生産を行う「乳肉複合経営」といったケースも。
繁殖経営
母牛に子牛を産ませて一定期間育てた後、その子牛を販売して売り上げを立てる経営。人間の子供と同じように子牛も体調を崩しやすいため、病気にさせないための管理能力が問われます。子牛を産ませるためには、人工授精の知識や技術も必要。妊娠・出産前後の母牛の体のケアなども行います。
肥育経営
繁殖経営の農家が育てた「肥育素牛(もとうし)」を購入して一定期間育て、食肉としての価値を高める飼養管理を行う経営。肉質や枝肉量を向上させるための知識や技術が求められます。特に和牛の場合、サシ(脂肪交雑)を入れるための餌の管理が腕の見せどころ。それぞれの農家が独自の技術を持つと言われています。
肉牛農家の仕事内容
牛の一生に寄り添い、命と向き合う職業・肉牛農家。経済動物としての牛たちをどのように育て、牧場から旅立たせるのか、食肉としての価値をいかに高められるかに心血を注いでいます。今回は肉牛農家の一例として、北海道にある繁殖経営農家と繁殖・肥育一貫経営農家にそれぞれお話を聞きました。
繁殖経営/杉山牧場(北海道・日高町門別地区)
杉山憲由(すぎやま・のりよし)さんは大阪出身。1997年に新規就農しました。21年間、道内の農協職員として働いていましたが、畜産家になるという昔からの夢を45歳でかなえました。農協職員時代に培った畜産経営の知識や技術を、自身の経営にいかんなく発揮。現在は杉山さん夫婦と娘さん夫婦、シルバー人材1人で日々の作業を行っています。
経営概要
飼養頭数:300頭(そのうち黒毛和種が200頭、F1が100頭)
耕地面積:20ヘクタール
従事者数:4人、シルバー人材1人
1日のスケジュール
杉山牧場では「哺乳」「育成」「繁殖」の作業を担当制にして、それぞれの仕事を午前と午後に分けて行っています。特徴は就業時間を1日8時間に設定し、メリハリをつけて働くこと。また、自動哺乳機や自動給餌機を導入して作業時間を短縮した分、牛の体調チェックの時間を十分に確保しています。
7:00〜12:00 | 哺乳、餌やり、除ふん、牛の観察、牛舎内の掃除など |
14:00〜17:00 | 哺乳、餌やり、除ふん、牛の観察、牛舎内の掃除など |
その他 | 牛の分娩(ぶんべん)は緊急対応、市場への出荷、人工授精などは適時 |
年間のスケジュール
・毎月1度、市場へ牛を出荷(平均10〜15頭)
・出荷に伴い、成長ステージごとに分けられた部屋に牛を移動。環境に適応できるようにケアする
・5月後半〜7月頃に1番草、8〜10月頃に2番草の牧草作業(日高町近隣の場合)
なお杉山さんの牧場では、牧草を近隣の町と農協が共同運営する飼料センターから購入しているため、牧草作業は行っていません。牧草作業を省力化することで、少人数でも回る経営を実践しています。
経営や作業のポイント
繁殖経営で重要なのは、収入源である牛を病気にさせたり事故に合わせたりしないように管理を行うこと。子牛の頃は肺炎や下痢などを起こしやすいため、ワクチン接種をしっかり実施します。牛の販売価格は常に変動するため、資金繰りの上では毎月確実に牛を出荷して定期的な収入を確保することに気をつけているそうです。
繁殖・肥育一貫経営/ファームスズキ(北海道深川市)
東京の食肉加工場で働いていた経験を持つ、代表の鈴木直人(すずき・なおと)さん。加工場勤務時代に枝肉が持つ芸術的とも言える肉質と、それを生み出す生産者の技術や思いに魅せられ、Uターンして実家の経営を継ぐことを決意しました。今回は多様な仕事内容の中から、肥育に関するお話を中心に聞きました。
経営概要
飼養頭数:300頭(そのうち繁殖牛60頭、肥育牛240頭。全て黒毛和種)
耕地面積:放牧地15ヘクタール、水稲7.8ヘクタール
従事者数:2人
1日のスケジュール
ファームスズキでは肉牛の一貫経営に加え稲作も行っているため、子牛の哺乳や肥育に関わる作業以外の時間は、シーズンによっては田植えや稲刈りなどの作業が発生します。
この牧場でも自動哺乳機や自動給餌機を導入し、作業を軽減しています。そして繁殖農家と同じように、肥育農家も牛の観察は必須。常に栄養管理や体調管理に気を配ります。鈴木さんの場合は毎日夜中の0時に牛舎内を見回り、急に体調を崩した牛がいないかをチェックするほど。
5:00〜7:00 | 牛舎の見回り・観察、餌やり、除ふん |
11:00〜 | 子牛の哺乳(繁殖部門)/田植えや稲刈り(稲作部門) |
16:00〜18:00 | 牛舎の見回り・観察、餌やり、除ふん |
0:00〜0:30 | 肥育牛舎の見回り、餌が足りない場合は追加 |
年間のスケジュール
・毎月1度、牛を出荷(平均6〜10頭)
・毎月1度、健康管理のため肥育牛にビタミンなどの栄養を与える
・5〜6月に放牧地の管理。7〜8月頃に1番草の牧草作業(同牧場では牧草を刈り取った後、牛を放牧)
経営や作業のポイント
肥育経営は、牛が成長してお金に変わるまでに長い時間がかかる業種。その間のロス(牛が死んでしまったり、体調を崩すなど)を減らすことが重要になります。牛は繁殖農家から市場へ、市場から肥育農家へ……という移動だけでもストレスがかかる繊細な動物であるため、日々の栄養・体調管理こそ経営の安定化につながるそう。
また、国内に多くの牛肉ブランドがある中で、自分たちの肉牛を差別化してファンを獲得することも必要。ファームスズキでも、地域ブランド牛肉の魅力を高めることや販路拡大に力を入れ始めています。
肉用牛経営の実際は?
家畜を育てるための輸入飼料費(牧草や穀物)や機械を動かす燃料費、諸外国との自由貿易(経済連携協定など)、消費活動など情勢に大きく左右される畜産業。特に肉牛生産は酪農のように毎日生産物を得られるわけではなく、売り上げが立つまでに時間がかかる業種です。市場取引によって販売価格が変動することもあり、資金繰りや飼養管理技術など経営センスの高さが求められます。
畑作や稲作に比べ、飼料代や施設の維持管理費などに大きな経費がかかるのも肉用牛経営の特徴です。上記のグラフは全国の肉牛農家の平均値を示したもので、頭数規模によっても粗収益に違いが表れます。
実際に価格変動の影響が大きかった場合には、国の事業として「肉用子牛生産者補給金制度」や「肉用牛肥育経営安定交付金制度(牛マルキン)」が整備されています。肉用子牛や肥育牛の販売価格が一定の基準(保証基準や標準的生産費)を下回った場合に補給金や交付金を支給し、経営への影響を緩和する制度です。
肉牛農家を目指すには?
今回ご紹介した肉牛農家の仕事内容は、ほんの一例。地域や経営規模によって牛の飼い方や仕事内容は千差万別で、それが一次産業・肉用牛経営の面白い部分でもあります。まずは全国にどんな地域性があり、どんな農家さんたちがいるかを知ることから始めてみましょう!
農業法人や個人経営の牧場に就職してステップアップ!
肉用牛経営に限らず農業現場で働く場合は、事前の情報収集がカギ。インターネット上の情報はもちろん、現場の生の声を聞くこと、実際の作業を体験することも夢と現実のギャップを埋める上では大切な作業です。農家や専門家から話を聞くことができるイベントやインターンシップ、求人の探し方をご紹介します。
・人材募集中の農家やJAと話せるWEBイベント「マイナビ就農FEST ONLINE」
マイナビが開催する農業専門の合同説明会。全国各地の主要都市で開催。個人農家、農業法人、自治体、JAなどがブースを設けているので、さまざまな地域の情報が一挙に集められます。農家さん自身の生の声や、受け入れの窓口になってくれる組織・団体からのアドバイスを聞けるチャンスです!
※ 現在はオンラインイベントに切り替えて開催中です。
・酪農や畑作のインターンシップ情報が集まる「AGRiiN」
マイナビが運営する酪農農業のインターンシップサイト。1週間以内の短期から長期まで、全国のインターンシップ情報が掲載されています。
・農業法人等で就業体験ができる制度
公益社団法人 日本農業法人協会が運営する、短期就業体験(インターンシップ)制度。2日以上から6週間までの受け入れが可能で、参加費は無料です(体験受け入れ先までの交通費は自己負担。原則として食費・宿泊費は体験受け入れ先が負担し、社宅や経営者宅などに住み込み)。
・ハローワーク
法人や個人農家が、各地域のハローワークに求人を出している場合もあります。随時チェックしておきましょう。
ハードルは高めだが、やりがいがある牧場経営者を目指す!
ハードルは高いかもしれないけれど、やっぱり自分らしい経営にチャレンジしたい!という人は、全国新規就農相談センターや各都道府県別に設けられている就農相談窓口(新規就農相談センター)に相談してみましょう。就農までに必要な手続きや資金調達方法、各地域の受け入れ条件など幅広い視点からアドバイスが受けられます。
牧場の仕事について紹介してくれた杉山さんと鈴木さんに、新規就農の実際についてもお話を聞いてみました。肉用牛経営の新規就農は、売り上げが立つまでに約2年かかります。土地や施設、牛の購入など事業に関わる資金は国や各自治体などの支援を活用できますが、生活費は事前に自分で準備・確保しておく必要があります。
肉用牛経営は、農業の中でもなかなかハードルが高い分野かもしれません。しかし、杉山さん自身も今より支援が手厚くなかった時代に新規就農を実現していますし、地域によっては経営が安定するまでの間、他の牧場で働いて生活費を補いながら飼養管理を学んで経営感覚をつかんでいった新規就農者もいるそうです。
何より生き物の一生と向き合い、手塩にかけて育てた牛が「価値あるもの」として消費者に受け入れられる姿を見ることは牛飼いにとっての醍醐味(だいごみ)。やりがいにあふれた職業であることは間違いありません。
取材協力・写真提供
株式会社杉山牧場
門別町農業協同組合
株式会社ファームスズキ
参考文献・資料
肉牛大辞典(2013)農文協 編
食肉の基本(2013)西村敏英 監修
DAIRYMAN 臨時増刊号 (1988年10月)北海道協同組合通信社
食肉の知識 第3版(2018年3月) 日本食肉協議会
国産牛肉でイキイキ生活
一般社団法人 全国肉用牛振興基金協会
公益社団法人 中央畜産会
独立行政法人 農畜産業振興機構
日本政策金融公庫
全国新規就農相談センター