補助金使わずに環境制御ハウスを自分で建てた農家、「無理だ」の声に結果で反論

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補助金使わずに環境制御ハウスを自分で建てた農家、「無理だ」の声に結果で反論

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補助金使わずに環境制御ハウスを自分で建てた農家、「無理だ」の声に結果で反論
最終更新日:2020年11月04日

環境制御型の栽培ハウスと聞くと、資金力のある企業や農業法人が多額の投資をして造るものと思われていないだろうか。だがそれを自ら設計し、補助金を受け取らずに建てたベテラン農家がいる。神奈川県高座郡寒川町でトマトを栽培している菊地弘幸(きくち・ひろゆき)さんだ。どんな観点からハウスを設計し、なぜ自分で建てたのか。菊地さんにインタビューした。

既製品にはない部品を自分で設計

JR相模線の寒川駅から歩いて約30分。住宅に囲まれた一角に、菊地さんの農場がある。栽培ハウスは全部で3棟。そのうちの1棟が、温度や湿度などをコントロールし、栽培棚に液肥を自動で供給する環境制御型のハウスだ。もともとあったハウスを約半年かけて建て替え、2017年春に完成させた。
きっかけは、神奈川県が2015年8月に発足させた「かながわスマート農業普及推進研究会」に参加したことにある。当時、トマトを水耕栽培している農家の集まりの地域の代表を務めていたことで、菊地さんに声がかかった。ほかには最新鋭の栽培ハウスに詳しい大学の研究者などが参加していた。
菊地さんは研究会で、主に二つのことを主張したという。
一つは「地方とは違い、大型のハウスを神奈川県で造るのは難しい」ということだ。地方のように面積が数ヘクタールあるハウスを建てることができれば、もちろんそのほうが効率的。だが、広い面積を確保するのが難しい場所で農業をやる以上、小型のハウスを前提に考えるべきだと主張した。
もう一つは「建設費をできるだけ抑えるべきだ」という点だ。金に糸目をつけずに投資すれば、環境制御の精度は上がるだろう。だがその分、投資や償却費の負担がかさんで収益を圧迫する。最先端の性能を持つ施設を目指すより、「農家の収入を増やすことを最優先の目標にしよう」と訴えた。

2017年春完成した環境制御型のハウス

2017年に完成した環境制御型のハウス

「言った以上、まず自分でハウスを建ててみよう」。研究会が始まってから1年余り。議論の方向がある程度まとまったころ、そう決意した。
施設の作り方はすべて自分で考えた。それを図面に落とし込む作業は、CAD(コンピューターによる設計)を使いこなせる親戚に手伝ってもらった。図面ができると、施設の資材を扱う業者にファクスで送って発注した。
業者からは「無理だよ。できっこないよ」と言われ続けた。菊地さんはそのたび「できるよ」と答え、黙々と造り続けた。既製品にはない部品が必要になると、設計図を送って専用のものを造ってもらった。天井の骨組みの設置やフィルム張りなどは、高所作業用のリフトを借りてきて行った。
特筆すべきは、補助金を一切使わなかったことだ。研究会の議論を下敷きに造るため、申請すれば補助金が出ただろう。実際、そうした話もあったが、「好きなようにやりにくくなるからいいよ」と断った。補助金を受け取ることで、県の指定する機材などを使うよう求められることを警戒したのだ。
金融機関からの融資も受けなかった。借りようにも、施設の細かい内容は建てながら考えていったため、事前に見積もりを立てることができなかったのだ。建設費用は完成した後、業者にまとめて現金で払った。
ただし、「費用は通常の半分くらいですんだ」という。必要のない設備は入れないように工夫した面もある。だが、それ以上に大きかったのは、さまざまな業者が「サンプルとして使ってほしい」と言って、無償で資材を提供してくれたことだ。やっているうちにたくさんの業者が菊地さんの取り組みに注目するようになり、協力を申し出てくれたのだ。
このとき協力してくれた一社は、展示会に参加するとき、菊地さんのハウスを空撮した映像などを使ってプレゼンしているという。菊地さんの建てたハウスがその後、小型のハウスのモデルの一つになったのだ。
では菊地さんはどんなハウスを建てたのか。

パンフレット

菊地さんの施設を紹介する「かながわスマート農業普及推進研究会」のパンフレット

収量2割アップを実現した工夫の数々

「夏は涼しく、冬は暖かいハウスにする」。菊地さんはハウスを設計する際、その点を目標に掲げた。気温が極端に高くなったり、低くなったりするのを防ぐことで、トマトが育ちやすい環境を整えるためだ。
まず工夫したのが、骨組みをできるだけ細くすることだ。ふつうは72×72ミリの太さの角柱を使うのに対し、菊地さんは直径が62ミリの円形のパイプを選んだ。陽光をできるだけ遮らないようにするためだ。業者は「強度が心配だ」と反対したが、菊地さんは「これで大丈夫」と言ってハウスを組み立てた。今のところ台風などで揺らいだことはない。
これで陽光は入りやすくなったが、日差しが強い夏は室内の温度が上がりすぎる懸念がある。そこでハウスの軒高を高くし、以前のハウスより1メートル強高い3.5メートルにした。ふつうはトマトの主枝を長く伸ばし、収量を増やすために軒高を高くする。だが菊地さんがそれ以上に重視したのは、ハウスの容積を増やすことで温度変化を和らげることだった。
天井に設置する窓の数も5個から11個に増やした。これも夏に室温が上がりすぎるのを防ぐのが目的だ。窓の面積を大きくするという手もあるが、風にあおられて窓が外れてしまうリスクを考え、数を多くすることにした。

ハウスの骨組みは円柱のパイプ

ハウスの骨組みに採用した円柱のパイプ

夏と冬の両方に対応するため、ハウスを覆うフィルムも特殊なものに替えた。ふだんはうっすらと曇りガラスのようになっていて、陽光を和らげる。だが冬に気温が下がって表面に結露すると、透明に変わる。冬に十分に光が入らないことを心配して周囲では普及していなかったが、菊地さんは思い切って採用してみた。その結果、何の問題もないことがわかった。
こうしてハウスの大きさや資材を決めたうえで、温度や湿度をコントロールするためにIT企業のセラクが開発した環境制御システム「みどりクラウド」を導入した。菊地さんが設定した温度になると自動で天窓を開閉したり、栽培棚に液肥を流したりすることができるようになった。
環境制御の効果ははっきりと出た。夏場の温度を38度で抑えることができるようになったのだ。ふつうの人なら「かなり暑い」と感じそうなところだが、一般的な栽培ハウスはピーク時に40度を超すことも少なくない。見学に来た農家の多くは「涼しい」との感想を漏らすという。
これにより、以前は12月から翌年の6月までだった収穫時期を、10月から7月まで延ばすことができた。その結果、トマトの収量は2割以上増えた。ハウスを建て替えた成果は十分に上がったと言っていいだろう。

セラクの「みどりクラウド」の制御器

セラクの「みどりクラウド」の制御器

IT企業に農家にとって必要な新機能を提案

スマート農業のシステムはとかく研究者やメーカーの思惑が前面に出て、機能が過剰になったり、値段が高くなりすぎたりすることが少なくない。これに対し、菊地さんは農家の考えをもっと開発に反映すべきだと訴えた。
その姿勢は、セラクのシステム「みどりクラウド」を使う際にも一貫している。農家にとって必要と思う機能をセラクに伝え、反映してもらったのだ。その一つが「共有」という機能。SNSの「友達申請」のような仕組みを使い、農家同士で相互にデータを見ることができるようになった。

菊地さんが他の農家と共有している「みどりクラウド」のデータ

菊地さんが他の農家と共有している「みどりクラウド」のデータ

「日本中の農家とコミュニケーションをとれるようにしたい」。菊地さんはこの機能をセラクに提案した狙いについてこう語る。現在、データを共有している農家は約80人。若手農家のハウスで気温が下がりすぎるなどの異変が起きていると気づけば、連絡してアドバイスすることもある。
ではなぜ菊地さんはハウスを自分で設計し、IT企業に機能を提案することができるのか。答えは、30年以上トマトと向き合い続けて得た確信の中にある。理想の栽培についてのイメージがあるからこそ、具体的なアイデアが浮かぶのだ。建設中に何を思ったかをたずねると、「楽しかった」という。農業にとって何が大切かを感じさせてくれるエピソードだと思う。

栽培中のトマト

栽培中のトマト。以前より収量が増えた

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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