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年収1000万円を捨てた稲作農家(前編) 就農で大事なのは「覚悟」と「準備」

窪田 新之助

ライター:

年収1000万円を捨てた稲作農家(前編) 就農で大事なのは「覚悟」と「準備」

北海道鷹栖町のたかすタロファームは、夫婦そろって大手製薬会社を脱サラした平林悠(ひらばやし・ゆう)さん(39)と純子(じゅんこ)さん(35)が稲作をするため2016年に創業した。農林水産省の経営継承事業での研修を経て18年に独立したばかりながら、経営は「儲かっている」と公言するほどに順調。農業を始めるまでの経緯をたどりながら、就農後の明暗を分けるという「覚悟」と「準備」について伝えたい。

直販中心に独立3年目で年商2640万円

たかすタロファームの経営耕地面積は2020年度が11ヘクタール。収穫したコメはJAに出荷する以外の9割を直販している。その95%以上は個人向け、残りは業務向け。2019年産の実績を見ると年商は約2640万円。独立してから黒字経営を続けている。
敏腕経営者といえる平林さんは筆者の大学の同級生。といっても知り合ったのは卒業してから12年が経った2016年末。拙著を読んでくれて、Facebookで友達申請があったのだ。同書に載せていた略歴から、妻の純子さんが夫と私が大学の同級生であることに気づいたそうである。
面識のない同級生と初めて会ったのは2017年9月。私事で北海道を旅行していた最中、平林家を訪ねた。
気になっていたのは、どうして高給を捨ててまで農家になったのか、ということ。しかも、縁もゆかりもない土地で……。

芽生えたサラリーマン生活への疑問

平林さんは東京生まれ。「実家は裕福ではなく、お金に苦労しました。だから将来の家族にはお金で心配をかけたくなかった」。そのため卒業後の就職先として狙ったのは大手企業。とくに食に関心があったことから、第1志望は大手のビール製造会社にした。ただ、それはかなわず、高給を約束された製薬会社のうち「業界7番目か8番目くらいのところ」に希望した営業職で入った。

成績が良かったため、4年目でさらに大手の同業他社に引き抜かれる。そこでの仕事も順調だったようだ。やがて同期で「2、3%だけ」という出世のラインに乗る。退職する間際には11人の部下を抱え、年収は1000万円だった。同じく愛知県名古屋市で外資系の製薬会社に勤めていた純子さんと30歳で結婚してからは子どもにも恵まれた。ただ、ある時から仕事と生活に疑問を感じるようになる。

「単身赴任で家族と離れて暮らす上司がみんな働きバチに見えてしまったんですよ。好きな家族といられず、子どもの成長を見られないなんて、結婚した意味があるのかなって」

同時に自分には年収1000万円をもらえるだけの実力があるのかという問いも生まれてきた。高給を得ているのは会社の力に過ぎないのではないか……。ふと辺りを見渡せば、「みんないい給料をもらって、きれいなスーツを着て、偉そうにふんぞり返っている」。やがて自分も慣らされて、同じようになってしまうのではないか。そう思ったとき、「なにもかもぶっ壊したくなっちゃったんですよね」。

家族の幸せとものづくり

仕事と生活の理想はあった。たとえば子育てについては、米国のテレビドラマ「大草原の小さな家」にあこがれていたこともあり、「自然のなかで伸び伸びと暮らしながら、家族と幸せに暮らしたかった」。 
一方、仕事では人に喜んでもらうことがうれしかった。それは製薬会社で医薬品の情報を医療関係者に届ける中で気づいたことだ。ただ、医薬品は自分ではつくれない。自分でつくったものを届け、顧客に喜んでもらう仕事につきたい。

この二つを願うようになってから、脱サラして農家に転職することを思い始める。いったいどこで、何を? 選んだのは北海道でコメをつくること。「コメは保存が利き、年間通して販売できますよね。それから『ゆめぴりか』にほれ込んだこともあります。2012年ごろに実家で初めて食べて、そのおいしさに驚きました。これを自分で作って売り、多くの人に喜んでもらいたいなと」

平林さんはそんな思いを純子さんにときどき打ち明けるようになった。答えは言うまでもない。断られる日々が2年半続いた。平林さんは「何を言ってるんだと、奥さんはあきれてましたね」と振り返る。
その一方で就農に向けた準備は着々と進めていた。農林水産省の経営継承事業で第三者に経営を譲りたい農家を探し続け、北海道鷹栖町の由良春一(ゆら・はるいち)さんから譲り受けることを決めていた。

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