農業は雇用をつくるツール
南国市出身の下村さんは都内の専門学校を卒業後、県内の農家2戸での研修を経て12年前に独立した。経営面積は112アール。昨年までの50アールに今年から62アールが加わった。いずれも軒高が2.5メートルの施設だ。
従業員は20人。下村さんによれば、現在の経営面積からすれば、一般的な農家と比べて1.5倍くらいの多さだという。
「高知県は農業以外にこれといった産業がなく、上場企業は6社だけ。僕が経営しているのは雇用をつくるためなんです。そのツールが農業なだけ。だから全員を周年雇用しています。農閑期に来なくていいよとなると、従業員は困るじゃないですか」
販売価格は一般流通価格の20%引き
多くの従業員を抱え、しかも支払う給与は農業法人としては「おそらく高知県一」だという。こうした良好な雇用条件を支えるのは、取引先である量販店や加工業者との契約栽培だ。「我々がやっているのは製造業。再生産できるよう、自分で作ったものに自分で値段を付けるのは当たり前。でも農業界はそれをやっていないですよね」
契約を履行するうえで欠かせないのは定量出荷。ただ、天候の影響を受けやすい農業にあってそれは容易ではない。そこで同社は県内の農家3戸も契約栽培の仲間に入ってもらっている。3戸がキュウリを栽培する面積は計1ヘクタール。
取引先への販売価格は一般流通価格の過去5年平均の20%引きに設定している。このことについて下村さんはこう説明する。「普通、契約農家は市場単価より高く設定しますね。でも、それだと取引先は喜ばないし、末端の消費者が損する。野菜は公共財だから高くては駄目。自分たちは高品質な野菜を低価格で流通させる責任があると思ってます」
反収35トンを支える貪欲さ
それでも「おそらく高知県一」という給与を用意できるのは、10アール当たり35トンという収量の高さにある。これだけの数字を挙げるのは「何より品種」と前置きしたうえで、こう続けた。「作物は種の段階の期待値が100なのに、人が栽培管理でミスをするから80とか70とかに下がっていく。道から外れないようにやれば、100に近い数字は出てくる」
そのために下村さんがこれまで続けてきたのは、会社から車で1分かかるかどうかの至近距離にある高知県農業技術センターに通って研究成果の情報を得ては、すぐに自分の施設で試すことだ。一貫して学んできたのは「光合成をいかに高めるか」に尽きる。
たとえば白いマルチシート。農協の指導員には「地温が下がるから」と反対された。ただ、農業技術センターからは「光合成にとってはマルチシートからはね返る光の方が大事」と教わった。同様に二酸化炭素の発生装置も導入している。いずれも下村青果商会がいち早く導入してから、高知県で広く普及していった技術だ。

今年から稼働する施設では梨地フィルムを張り、既存の施設より骨材は20%減らしている
「農業技術センターでは先端的な研究を試験しているうえ、その成績も出してくれる。そうした技術を取り入れていった積み重ねがいまの収量につながっている」(下村さん)
先端の技術を取り入れることに壁がないのは、「僕が農家出身ではないので、既存の枠にとらわれないからでしょうね」。収量を高めることへの貪欲さは、施設園芸でキュウリ以外の品目についても優れた経営があれば、すぐに視察に訪れることにも表れている。「面白いことをやってると知ったら、日本全国すぐに見にいきます。勉強になりますよ」
そうやって得た知見をもとにさらに収量を増やすため、今年から稼働する62アールの施設では養液土耕栽培を取り入れた。目的は2つある。定植してから2週間は欠かせない、人によるかん水を省くことが1つ。「1本ずつかけていくので重労働なんです」と下村さん。もう1つは作物が養液を吸収しやすくするため。
この施設では従来から使ってきた50アールの施設と同じく、光を散乱させる梨地フィルムを張っているほか、既存の施設より骨材を20%減らしている。施設内の陰を減らして、作物に光を届きやすくするためだ。同様の目的で毎年11月になると、屋根に上がってブラシで掃除している。
「冬至に向かって日々少なくなる日射量を確保する大事な作業です。できれば毎日やりたいくらい。だって汚れていたら、入って来る光が減るじゃないですか。たくさん光を入れることは給与が増えるのと同じことですからね。でも、周りではフィルムを張り替えるまで一度も掃除をしない農家は結構います」

家庭用給湯器を使った二酸化炭素の発生装置
さらに施設外に家庭用給湯器を設置して、発生する二酸化炭素だけをパイプを通じて施設内に送り込む仕組みを取り入れた。注目したいのは熱は湯にして外に排出すること。これまでの二酸化炭素の発生装置は施設内に設置するものだったので、余分な熱が施設内にこもってしまうのが問題だった。
こうした技術の使い方を知りたいと視察やコンサルタントの依頼が時に舞い込む。後者については年間100万円で受けている。「いま教えている九州の農家はいきなり収量が30%上がったので、本当に良かったです」
下村さんはいずれはコンサルタントの顧客も契約栽培の仲間にしていきたいと考えている。