鉄コーティングは加工に手間がかかる

吉良吉田営農組合の代表・判治さん
向かった先は、三河湾を望む水田230ヘクタールを抱える吉良吉田営農組合。経営耕地面積のうち稲は120ヘクタールで、残りは麦と大豆である。稲作の面積のうち直播栽培は40ヘクタールで、残りはすべて移植栽培。直播を初めて手掛けたのは2012年で、当初の種もみは鉄コーティングだけだった。
ここで鉄コーティングについて簡単に説明すると、鉄粉と酸化を促進させる焼石こうを種もみにまぶして、田に水を張った状態で直播する技術である。鉄で覆うことにより、種もみは重くなり沈みやすくなる。利点は移植と比べて苗づくりや代かきを省力できることだ。さらに根が土中に固定せず浮遊する「浮き苗」や鳥による食害も防げる。
一方で面倒なのは、種もみに鉄粉をまぶす作業に手間がかかること。専用の装置で攪拌(かくはん)するなどして種もみに鉄粉を付着させた後、地面もしくは育苗箱に薄く広げていく。酸化させるため、7~10日かけてときどき散水する。この酸化によって鉄が種もみにしっかりと固着する。後ほど述べるように、使える種もみにするには、この間に酸化による過度の発熱を起こさせないことが大事だ。
こうした作業をする現場を見たときの印象を、吉良吉田営農組合代表の判治剛(はんじ・つよし)さんはこう振り返る。「非常に手間がかかるし広げる場所がいるほか、発熱しないか心配なので、これは手を出さないほうがいいなと思いました」
そのため鉄粉をまぶす作業は専門の業者に委託。買い取った鉄コーティングの種子を自分たちでまいてきた。収量については移植と遜色なかったことから、鉄コーティングによる直播を続けてきた。
加工賃の節約のため酸化鉄を模索

吉良吉田営農組合が使う中型のコンクリートミキサー
併せて2016年前半から被覆資材として鉄ではなく酸化鉄を購入し、時間に余裕がある3月に自社で種もみにまぶすことも始めた。酸化鉄なら酸化させるための散水などの作業が要らないことに目を付けた。攪拌用に、廃棄されていたコンクリートミキサーを無償で調達し、これで一度に100キロの種もみに酸化鉄を一気にまぶすことにした。
ただ、この酸化鉄には種もみにまぶしたうちの一部が剥がれ落ちやすいという欠点が見つかった。酸化鉄が十分に付着していない種もみを田にまいてしまえば、入水した後に浮いてきてしまう。やがて風が吹く方向に流されて、1カ所に固まってしまう。

酸化鉄を資材とする「鉄黒コート」
そんな悩みを抱えたさなかに出会ったのが「鉄黒コート」だ。
これは酸化鉄を素材とする無機顔料の輸入や販売などを手掛ける横浜市の商社、株式会社華玉(かぎょく)が開発した資材。吉良吉田営農組合がそれまで使ってきた酸化鉄の資材と異なるのは、酸化鉄を付着させるための消石灰も商品になっていること。2019年に20ヘクタールで試したところ、鉄粉がこぼれる感じがなかったことから、2020年には40ヘクタールまで増やした。
ブロードキャスターで40ヘクタールを1日半で
吉良吉田営農組合が思い切っていることは二つある。コンクリートミキサーを使うことで、2020年産の40ヘクタール分の種もみの被覆をわずか1日で済ませたこと。それから種をまくのに、粒状の資材などの散布に使われるブロードキャスターを利用していることだ。ブロードキャスターを使うことで、2020年産の40ヘクタール分をまくのにかかった時間は1日半というから高速である。
ただし書きをすると、この間は総勢9人のオペレーターが休みなく作業をする。このうち8人は2組に分かれ、播種(はしゅ)と肥料散布をする。残る1人はケンブリッジローラーで鎮圧していく。
ブロードキャスターで播種するとなると、気になるのは隣の田畑に種もみが飛び込むことだ。判治さんは「隣の田に入ることはあるよ」とさらり。あっけらかんとした感じでこう言えるのには理由がある。吉良吉田営農組合は地域の水田をほぼ全面的に受託している。道と川で区切られた区画の一帯は一つの品種で統一している。つまり隣の田に飛散しても、そこも同じ品種を作るので、問題にならないのだ。
大規模な水田農業経営体に好評
思い切りの良い仕掛けをするのは経営面積が広いからである。言うまでもなく、規模が拡大していく大規模な水田農業経営体にとって省力化は喫緊の課題。
事実、吉良吉田営農組合が鉄黒コートを使っていることが新聞で報道され、筆者の知る複数の大規模な水田農業経営体が今年産からこの資材を試している。
いずれも従来は鉄コーティングを使ってきた。このうち関東地方で水田80ヘクタールを経営する一社は今年から、「鉄黒コート」とは別に自社で鉄コーティングの加工も始めた。加工を終えて袋に回収した後、しばらくして煙が立った。発熱したのだ。このため400キロ分が燃えて使えなくなったという。加えて鉄コーティングはドローンの散粒器の部分に磁石の原理でくっついてしまい、誤作動を起こしたという。
一方、「鉄黒コート」はそうした事態が生じることなく、収量は移植栽培と遜色なかった。発熱しないため、ハト胸や催芽といった状態の種もみにも使える。このため東北地方で水田200ヘクタール以上を経営する一社からは「初期成育が良い」という感想を聞いている。
酸化鉄コーティングは鉄コーティングよりも利点が多い印象を受ける。「鉄黒コート」を販売する華玉は以前、鉄コーティングを普及する某大手農機メーカーに被覆資材として酸化鉄にすることを提案した。ただ、「すでに鉄コーティングが普及している」という理由で断られたそうだ。主な利用者である大規模水田農業経営体がいずれを採用するのか、今後を注視したい。