古くから人に愛されてきた蜂蜜
新石器時代のものとされる岩壁の絵に、人が蜂蜜をとる様子が描かれていることから、人間は先史以前から蜂蜜の甘さに魅せられてきたのでしょう。それから時代が下って、人々は甘い蜜だけでなく、ミツバチが作るさまざまなものを生活に役立てています。
「人はミツバチが作ってくれたものをいただいて活用しているのです」と語るのは、一般社団法人日本はちみつマイスター協会の太田麻弓(おおた・まゆみ)さん。蜂蜜のおいしさや効果、活用法を伝える講座を開催するなど、蜂蜜の普及に努めるとともに、長野県にある別宅でニホンミツバチを「ペットのように飼う」生活を送っている蜂蜜のスペシャリストです。
■太田麻弓さん プロフィール
一般社団法人日本はちみつマイスター協会理事長。 初めて搾りたての春の新蜜を食べたときのおいしさに衝撃を受け「今まで私が蜂蜜だと思っていたものは何だったんだろう?」と蜂蜜に興味が湧き、以来“蜂蜜Love”な生活を送るように。その後、長野県にある別宅の松の木に「分蜂群(新しい女王に巣を譲り渡し、旧女王が取り巻きを連れて引っ越し途中のハチの群れ)」が集合していたことをきっかけに、ニホンミツバチの飼育も開始。多くの方々にミツバチの生態を知ってもらい、蜂蜜を味わってほしいと活動中。 |
蜂蜜とは
蜂蜜はその名の通り、ミツバチが作った蜜のことを言います。
まず、一部の働きバチが花の蜜を集めて巣に戻り、巣の中にいる仲間のハチにそれを口移しで分け与えます。巣の中にいるハチの体内で酵素分解し巣に詰めます。その後、水分を蒸発させて糖度を上げて熟成させたものが蜂蜜なのです。
セイヨウミツバチとニホンミツバチの違い
太田さんによると、現在日本の養蜂業で使われているミツバチのほとんどは「セイヨウミツバチ」なのだそう。セイヨウミツバチは明治時代以降に日本に入ってきたもので、一度に多くの蜜を集める習性があり、大量の蜂蜜をとることができます。
一方「ニホンミツバチ」は日本の在来種です。平安時代の文献にも蜂蜜が朝廷に献上された記録があることから、昔の日本人がニホンミツバチから蜂蜜をとっていたことがわかります。
太田さんは自身でもニホンミツバチを飼育していますが「それほど多くの蜜を集めることができない」といいます。そのためニホンミツバチは大量生産向きではなく、その蜜は大変希少なものになっています。
蜂蜜の効果や栄養とは
蜂蜜には水分と微量の栄養素が含まれますが、そのほとんどが糖分です。太田さんによると「蜂蜜はアスリートが栄養補給に使うほど、体が吸収しやすい糖分」とのこと。蜂蜜は一度ハチたちが蜜をためる「蜜胃」の中で酵素分解されていて、人間が自分で分解する必要がなく、体に負担なく吸収が可能なのだそうです。
また、蜂蜜は日本薬局方(※1)で薬とされていることも例に挙げて、蜂蜜が日常的に使われてきたことには意味があると言います。実際、蜂蜜には抗菌作用もあるとされ、昔から食料の保存や肌の荒れ防止などに用いられてきました。現在でも、蜂蜜は第3種医薬品に指定されています。
※1 医薬品の性状及び品質の適正を図るため、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定めた医薬品の規格基準書
単花蜜と百花蜜
「単花蜜」とは、1種類の花の蜜から作られた蜂蜜のこと。一方「百花蜜」はさまざまな花から蜜を集めてできた蜂蜜です。蜂蜜のもととなる花のことを「蜜源」といい、ミツバチには同じ蜜源を繰り返し訪れる性質があるといわれています。
「ミツバチは非常に社会的な生き物で、互いにどの蜜源に行くか情報交換をしたり相談したりしているんですよ」とも。生き物としてのミツバチの不思議な性質が、蜂蜜づくりに大いに影響しているようです。
単花蜜
単花蜜は主に1種類の花からとった蜜で作られる蜂蜜なので、蜜源となる花によって味や色が全く違います。
よく店頭で見かけるアカシア蜂蜜は、すっきりとしてクセがない味が特徴。実は「ニセアカシア」の花の蜜からできた蜂蜜です。ニセアカシアは外来植物ですが、今は野生化して日本各地で見かけるようになり、ミツバチの大事な蜜源となっています。
最近注目されているマヌカハニーは「ギョリュウバイ(マヌカ)」という植物の単花蜜です。マヌカハニーには独特の風味があり、栄養価が高くビタミンも多く含まれるといわれています。さまざまな種類のものが発売されていますが、太田さんによると「マヌカハニーの指標であるMGO(メチルグリオキサール)やUMF(ユニークマヌカファクター)の数値がきちんと表示されたものを選んだほうが良い」とのこと。数値が高ければよいということでもなく、「自分なりに食べやすく感じる数値のもの」を選んだほうが食べ続けるには良いようです。
ミツバチが作るその他の副産物
蜂蜜のほかにミツバチが作るもので有名なものには、ローヤルゼリーやプロポリス、そして蜜蝋(みつろう)があります。これらも古くから人間があらゆる用途に活用してきました。それぞれに説明していきましょう。
ローヤルゼリーとは
ローヤルゼリーは、女王バチを育てる特別なミツバチの分泌物で、蜂蜜と違って甘くはありませんが、たんぱく質やビタミンが多く含まれています。
女王バチは、大きさが働きバチの約2倍、寿命は約40倍ともいわれ、毎日何千個もの卵を産み続けます。その生命力を支えるのがローヤルゼリーです。
王台と呼ばれる特別な巣房に産み付けられた卵は、孵化してからローヤルゼリーのみを与え続けられ、女王バチに成長していきます。ちなみに、普通の巣房に産み付けられた卵から孵化した幼虫にも約60時間はローヤルゼリーに似たものが与えられ、その後は蜂蜜と花粉が与えられるようになります。
プロポリスとは
プロポリスは、ミツバチが巣を守るためのものです。ハチヤニとも呼ばれ、ミツバチは木の芽や樹液などを集めて蜜蝋と混ぜ、巣の壁を補強するのに利用しています。
「外敵が入らないように、巣の隙間を埋めるように封をするのがプロポリスの役目。大事な巣を菌から守る効果があるんです」(太田さん)
プロポリスはかつてミイラ作りの際の防腐剤としても利用されていたと言われており、その殺菌作用にも注目が集まっています。
蜜蝋
蜜蝋とは、ハチの巣を作るためにミツバチが腹部から出す蝋のことです。太田さんによると、この蜜蝋がヨーロッパで養蜂が普及するきっかけになったものだそう。かつてキリスト教のミサで使うロウを取るために、教会がさかんに養蜂を行うようになりました。蜜蝋で作ったろうそくはすすが出にくいというのも、好まれた理由とのこと。
蜜蝋は食べることもでき、チーズのコーティングなどにも使われます。また、化粧品の原料にもなります。
蜂蜜を生活に取り入れて役立てるには
蜂蜜は多くの化粧品や健康食品に用いられ、人間は恩恵を受けています。
日常的に蜂蜜を活用する方法についても太田さんに聞きました。
※まれにアレルギーを起こす場合があります。「純粋蜂蜜」を使い、事前にパッチテストを行うことをおすすめします。
せっけんや洗顔料に混ぜて使う
蜂蜜は、保湿剤として化粧品にも使われることがあります。太田さんがおすすめするのは、せっけんや洗顔料に混ぜて使う方法。「少し混ぜるだけでとても泡立ちが良くなります。泡でパックするように洗うと、肌がしっとりしますよ」(太田さん)
シャンプーに混ぜて使う
シャンプーに蜂蜜を混ぜて泡立てると、非常に細かな泡になり、毛穴の中まで洗浄できるとのこと。頭皮の健康にもつながるシャンプー法です。
また、コンディショナーに混ぜて使えば、髪に栄養を与えることができます。
蜂蜜パック
蜂蜜には保湿効果や殺菌効果があるため、パックに使うのもよいでしょう。太田さんのおすすめはお風呂の時のパックだそう。「少量の蜂蜜を顔に塗り広げて、10分ほど湯船に浸かると成分が浸透しますよ。目に入るととても痛いので、気を付けてくださいね」(太田さん)
暮らしに蜂蜜を
現在、スーパーなど身近な場所で蜂蜜が売られています。昔は加糖された蜂蜜も多く売られていましたが、2019年の表示方法の改定で加糖蜂蜜は蜂蜜の分類に含まれないことになりました。
一般に売られている蜂蜜は輸入されたものが多いのが現状ですが、輸入の際にきちんと検査されているそう。また、蜂蜜の安全性について太田さんは「一部で蜂蜜から農薬の成分が検出されたという報道がありましたが、そもそも農薬がまかれた場所ではミツバチが生きられないので、その濃度は人間には影響を与えない程度のものです」と言います。
蜂蜜を長く保存していると、結晶ができて容器の下にたまることがありますが、成分的には全く問題はないとのこと。「蜂蜜にはブドウ糖と果糖が含まれていますが、ブドウ糖が多いと結晶しやすくなります。結晶しても蜂蜜の成分が変化するわけではないので安心して最後までお召し上がりください。気になるようでしたら、湯煎などで溶かすと良いでしょう」(太田さん)
蜂蜜は身近で安全に栄養を得られる食品で、美容にも活用が可能です。正しく使って暮らしに役立ててみてはいかがでしょうか。
【取材協力】一般社団法人日本はちみつマイスター協会