不認可の決定は「驚天動地」

先物市場の本上場を不認可とした決定は「驚天動地」と語る熊野さん
──まずは今回の不認可の業界での受け止め方について教えてください。
一言でいえば「驚天動地」だね。私にそうつぶやいたのは農水省の事務次官OBだけど、まさにその通りだと感じる。大阪堂島によるコメの先物市場の本上場の申請については、認可されることが確実視されていたわけだから。
──なぜ不認可となったのでしょう。
まずは簡単に経緯を説明すると、それまで本上場するものと思われていた事態が急転したのは、農水省が8月5日に本省で開催した大阪堂島への意見聴取だった。意見聴取はコメに限らず農水省が不認可の判断をした際、申請した側の言い分を聴く席を与えるという意味合いで、そうした意見聴取の場が開かれること自体があり得なかった。
コメの先物市場は2011年以来、今回に至るまで試験上場が続いてきた。2年ごとに試験上場の結果を評価して、そのたびに再延長ということが続いた。本上場の認可基準は、「十分な取引量が見込まれる」こと、それから「生産と流通を円滑にするために必要かつ適切」であること。試験上場から10年が経ち、実績も残せたというので、大阪堂島が本上場を申請したのが今回だった。
ところが、農水省はその申請について「基準を満たしていない」としてつっぱねた。ここに問題がある。つまり農水省がいう「基準」には具体性がないことだ。農水省は大阪堂島に、先物取引に参加する農家やJAを増やすように説いてきた。だから大阪堂島は農家やJAに呼びかけ、参加者を増やす実績を残した。それなのに農水省は「基準を満たしていない」という。つまり基準といっても数値がなく、あくまでも恣意(しい)的なものであったわけだ。透明性も公平性もない決定であることに憤りを感じる。
餌米利権を失うことを恐れたか
──「驚天動地」という不認可の決定の裏で何があったのでしょう。
本上場となれば、3000億円を超える減反のための転作補助金も必要なくなっていく。とくに転作品目の中で大きな割合を占める餌米(飼料用米)はいまや巨大な利権となっている、その利権がなくなることを恐れた勢力からも強い反対があったのではないかと推測する。
──不認可の影響はコメのサプライチェーン全体に及びますね。
先物市場では田植えをする前からコメの値段が分かる。だから稲作農家にとっては稲を作るか転作をするかを判断できるわけだ。それから先物市場は稲作農家だけではなく、流通業者や小売業者にとっても、価格変動のリスクを回避する手段だ。JAは先物市場に反対しているというけど、すべてがそうではない。これを活用するメリットをよく知っているJAの中には、実際の取引に参加するところがあった。統制でがんじがらめになっているコメを産業にするうえで、先物市場が失われたということは、あまりにも取り返しのつかない判断と言える。
本上場に社運をかけていた専門紙

10月末での廃刊が決まった「米穀新聞」
──ところで、今回の不認可の決定を受けた直後、熊野さんが記者として勤めていた米穀新聞社は10月末での廃業を決めました。
うちの会社の社是がコメの先物市場の本上場にあったので、今回はそれに社運をかけていた。ところが急転して不認可となったことに加え、もとより経営状態が良くなかったので、会社を閉じることになった。
──先物市場とはどういう関係がある新聞社だったのですか。
米穀新聞社はもともと、東京穀物商品取引所が1952年につくった新聞社なんだよ。この年、東京穀物商品取引所は今と同じようにコメの先物市場を本上場しようと気運をあげていた。本上場されれば業界紙が必要になる。そこで当時の業務部長が、先物市場に参加することが期待されていた米屋に向けて創刊したのが米穀新聞だった。
ただ、新聞社は誕生したものの、肝心のコメの先物市場はいつまでたっても上場されない。そこで米穀新聞社はこのままでは会社が持たないというので、商品取引業界を話題にする「商取ニュース」という別媒体をつくったんだね。そうしたらいつの間にかそっちのほうがドル箱になって、社長も「米穀新聞」より「商取ニュース」の担当記者から輩出されるようになった。ただ、「商取ニュース」も部数が落ちて、経営がしんどかった。それだけに、余計に今回の本上場にはかけるところが大きかったんだけどね。
本上場に向けて記者続ける
──もはや先物市場が本上場する芽はつぶされてしまったのでしょうか。
いや、そんなことはないと思うよ。大阪堂島は再び本上場を目指すのではないかと期待している。不認可になってからの業界から漏れ聞こえていることを踏まえれば、そう言って差し支えない。コメの産業化のためにもぜひそうするべきだね。私も、米穀新聞社は廃業したけれど、先物市場はじめコメのまともな市場ができるよう、フリーランスの記者としてこれからも書き続けていく。