収穫が10日早く収量が倍以上に
「従来の蛍光灯を使った栽培に比べ、リーフレタスを10日早く収穫できます。これまで年間の栽培サイクルが7、8回転だった植物工場で、12回転くらいできるようになります。人工光を使う植物工場で生育を早める方法としては、最速レベルのシステムですね」
執行さんが、こう説明する。この赤青交互照射は、野菜に赤色LEDを12時間、次に青色LEDを12時間と、交互に当てる。そうすると、蛍光灯を使った栽培で播種(はしゅ)から収穫まで42日かかるところが、32日に短縮されるというのだ。ふつうなら、植物工場で植物に光を当て続けることはせず、一定時間は暗くする。赤青交互照射は、そんな常識を覆す技術だ。
成長のスピードが上がるだけでなく、重量も、蛍光灯を使う栽培の2、3倍に達する。一部に生育促進の効果が出ない品種もあるが、リーフレタスの多くの品種で効果が確認されている。
生育が早くなる、重量が増えると聞くと、植物が必要以上に伸びてしまう徒長ではないかと心配する読者もいるだろう。執行さんは徒長かどうかの分析もしていて、一部に徒長してしまう品種もあるが、多くの品種では徒長は起きていないと分かった。
人工光を使うタイプの植物工場は、栽培環境のコントロールが簡単で、精密な管理ができる。一方で初期投資が大きく、赤字に陥りがちだ。赤青交互照射をすれば、栽培期間が短くなり年間出荷量が増やせるとあって、植物工場の福音になり得ると期待されている。
光源に使うのは、昭和電工製の光合成に適した波長の赤色LEDと青色LEDだ。赤青交互照射の技術は、福島県内の植物工場などで導入されてきた。
実験ミスが大発見に
植物は生育のために赤の光と青の光の両方を必要とする。光合成に重要な役割を果たすクロロフィル(葉緑素)は、赤色の光をよく吸収する。一方の青色の光も、気孔の開閉をさせたり、植物を太陽の方に向かせたりするといった作用がある。そのため、植物工場でも赤と青の光の両方を当てることが大切だということは、もともと知られていた。
かつては、赤と青の光を3:1の割合で同時に照射するのが最も良いと考えられていた。執行さんはこの定説に疑問を持ち、照射する光の種類を変えることで、生育を促進したり、抗酸化物質のアントシアニンの含有量を高めるといった機能性を向上させたりする方法を探っていた。
なお、赤と青を同時ではなく交互に照射する方法を見つけたのは、ある実験ミスからだ。栽培装置にリーフレタスを入れ、赤と青の光を同時に12時間照射し、残り12時間は照射しないという実験をする……はずだった。ところが、学生がタイマーの設定を誤って、赤の光を12時間、続けて青を12時間、交互に照射する状態で数日たってしまったのだ。
「失敗しました」と学生から報告を受けた執行さんは「そうか。とりあえず、どうなったか見てみるか」とレタスの状態を確認して驚く。通常では考えられないほど、葉が茂っていたからだ。
蛍光灯を当てた場合と、赤青同時照射と、赤青交互照射の三つで、リーフレタスがどう生育するか記録した動画を見せてもらった。執行さんが驚くはずで、交互照射の生育スピードが際立って早い。実験では小さな栽培装置を使ったため、交互照射したレタスは、光源に葉が届きそうなほど成長していた。なお、生育がなぜこれほど早まるかの原理はまだ謎だ。
赤青交互照射の特許は今後、技術移転や共同研究などを支援する有限会社山口TLO(山口大学工学部大学研究推進機構内)が山口大学発ベンチャー・株式会社アグリライト研究所とともに管理していく見込みだ。
LEDを使う栽培の強みを生かして、課題解決へ向かう
光の照射を変えて植物の生育への影響を見る実験は、今も続いている。大学構内の植物工場を訪れると、ホウレンソウに赤と青の光を同時照射しているところだった。
「ホウレンソウは、抽苔(ちゅうだい)つまり花茎が伸びるトウ立ちを起こしやすいんです。植物工場で栽培するなら、できるだけ長い時間植物に光を当てたいのですが、そうすると容易に抽苔してしまいます。抽苔しにくい品種や光の当て方を探っているところです」(執行さん)
LEDを使う栽培の強みは、光の質を変えられることだ。光の質を変えれば、日光や蛍光灯を使う栽培より光を当てる時間を延ばすこともできる。今後の展望について、執行さんはこう語る。
「光の質や当て方を工夫できるので、これまで栽培しにくかった品種を栽培できる可能性があります。そうすれば、生産物に付加価値が出て、収益性が上がるという絵を描けるわけです。今後、農業生産で活用していただける技術だと考えています」
リーフレタスの赤青交互照射だけでなく、植物工場の常識を変えるような技術が今後も、山口大学の植物工場から世に送り出されるのかもしれない。