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海なし県出身。憧れの漁師になりました ー独立型漁船漁業ー

海なし県出身。憧れの漁師になりました ー独立型漁船漁業ー

漁師を目指すなら、自分の腕で勝負してみたいー。そんな風に憧れている人も多いのではないでしょうか。山口県防府市向島で小型底びき網漁を営む小林健児さん(40歳)は、海のない奈良県の出身。2年半の研修期間を経て、2020年に独立しました。今では周囲の漁師と漁獲量を競い合い、地域の未来を担う一員となっています。

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自分らしく働きたい。35歳で漁師になることを決意

Q.漁師になろうと思ったきっかけは?

今でも変わらないんですけど、子供の頃から海や山が大好きでした。海なし県で育ったので、海に行くとなったら前日から興奮して眠れないし、家に帰ってからも潮の匂いがずっと忘れられない。潮の匂いを嗅ぐだけでワクワクするような子供だったんです。

5歳になる息子さんも自然が大好き。休みのたびに一緒に冒険に出かけるそう

5歳になる息子さんも自然が大好き。休みのたびに一緒に冒険に出かけるそう

漁師になる前、10年ほど電気試験業の仕事をしていたのですが、定年を迎えて引退した先輩方が口を揃えて「やることがない」って言うんです。みんな仕事人間だったから、特に趣味もないんですよね。そんな先輩方を見てこの先の人生を考えるようになり、憧れだった一次産業の世界に飛び込んでみようと思いました。

Q.漁師の仕事探し。どんなことをした?

働いているうちは休みが取りづらかったので、会社を辞めてから動き出しました。高知や和歌山の漁業体験に参加をしてみたり、話を聞きに行ったり。いろいろ情報を探す中で、山口県に絞りました。山口県には、新人漁師を育成する長期漁業技術研修という制度があって、年間約30名もの独立型の漁師が誕生しています。さらに自立化支援金として独立後3年間、総額360万円の給付金も受けられる。最初に話を聞いたとき、またとない良い話だなと倒れそうになりました(笑)。

山口県の就業支援制度等の主催はこちら

Q.研修先はどうやって決めた?

山口県の長期研修は原則2年。研修先を決める前に、県内のいろんな地域や漁師のもとで体験をさせてもらって、防府市向島地区の小型底びき網に決めました。決め手の一つは、漁獲量。師匠はタイミングが良かっただけと言うんですが、ハモなどの魚が飛び跳ねるほど獲れて本当に大漁だったんです。それまで漁師って博打みたいなイメージがあったんですけど、確実性と安定性があっていいなと。自分も所帯を持っているので、これなら家族の生活が成り立つぞという手応えがありました。

愛媛や大分の県境まで漁に出ることも。通年を通してさまざまな魚が水揚げされます

愛媛や大分の県境まで漁に出ることも。通年を通してさまざまな魚が水揚げされます

もう一つの決め手は、住環境です。向島は人口が1200人くらいの小さな島。島と言っても本土とは橋で繋がっているので不便しないし、治安もすごくいい。家の周りで心配ごとはありません。最初は単身赴任で、誰も知り合いがいない中でしたが、漁協職員さんが家探しも手伝ってくれて、自分たちが理想としていた「田舎の家」に住むこともできました。移住してから新しく息子と娘が生まれたんですが、子育てにもすごくいい環境です。

過疎化や高齢化が進む中、小林さん家族が移住したことによって島も明るくなりました

過疎化や高齢化が進む中、小林さん家族が移住したことによって島も明るくなりました

研修からの独り立ち。後押ししてくれた師匠との絆

Q.研修期間中に準備したものや、船の金額は?

1年目はとにかく仕事や言葉を覚えるのに必死でした。それまで魚を触ったことも捌いたこともなかったので、素人以下だったと思います。小型船舶免許はあらかじめ取っていたので、無線免許や警戒船業務講習など、必要な資格もどんどん取りました。2年目になってはじめたのが、網作りと船探しです。もうすぐ船があくという情報を聞きつけては、香川や大分まで師匠と見に行きました。「自分が気に入った船で勝負していけ」と師匠が再三言ってくれていたので、納得いくまで何隻も見させてもらって。10隻くらい見てもなかなか良い船に巡り合えず、この先見つからないんじゃないかというときに、今の船を見つけました。15年間動いてないという、海賊船みたいな船でしたが、歩いたり作業したりするデッキがすごく分厚くて硬くて「どっしり」していたんです。直感でこの船だ!と思いました。

小林さんの愛船「満漁丸」。師匠の名前から一文字を拝借して命名

小林さんの愛船「満漁丸」。師匠の名前から一文字を拝借して命名

船はタダで譲ると言われたので気持ちばかりのお金で済んだのですが、長らく使っていない船だったので、エンジンはまるっと取り替えて360万円の支出。県の新人漁師に向けた事業で半額補助してもらいました。ほかにも塗装や電気系統など、自分で一から直して整備に3ヶ月要したほか、漁具の購入も合わせると総額700万円くらいかかりました。網の入口を広げるときに使う道具で「ビーム」というハリ竹があるんですけど、それだけで85万円するんです。とにかくお金がかかるので、資金の蓄えはあればあるほどいいと思います。

Q.師匠との関係は?

2年半の長期研修で、3ヶ月ずつ4人の漁師さんに指導をいただきました。同じ地域、同じ底びき網の漁師であっても、仕事の仕方や考え方が違って、とても勉強になりました。いろんな漁師のもとで学んだからこそ、「いいとこどり」の独自のスタイルが確立できたのかなと。それが自分の強みの一つになっていると思います。最後の1年半指導いただいたのが、師匠である河内山(こうちやま)さんです。師匠は、自分を受け入れるときに、「これからお前を息子だと思って接していく」と言ってくれました。何年経ってもずっとその言葉通りに息子のように接してくれて、家族ぐるみでお付き合いをしてくれています。

河内山さんは「島の若い漁師を増やしたい」という思いから、現在も研修生を受け入れ、指導を行っています

河内山さん(写真手前)は「島の若い漁師を増やしたい」という思いから、現在も研修生を受け入れ、指導を行っています(提供:山口県)

師匠は、瀬戸内ではちょっと名の知れた漁師。漁獲量はもちろん、細かい技術なんかは足元にも及ばない。ちょっとでも追いつきたいと思って、日々横目で技を盗ませてもらっています。

漁師はやり方次第で可能性が広がる仕事

Q.実際に働いてみて、漁師の仕事はどうですか?

厳しいなと思うことは多々あるけど、今までに辞めたいと思ったことは一度もありません。ただ、漁師は想像以上に危険な仕事。機械に巻き込まれたら死亡事故に繋がるというのも散々聞いています。自分は怖がりなので、巻き込まれるものがないか服装にも人一倍気をつけています。自分の命を守るという意味では、漁師は怖がりのほうがいいかもしれないですね。

万一の事故に備え、他船から見つけやすい色のカッパを着用しています

万一の事故に備え、他船から見つけやすい色のカッパを着用しています

Q.1日のスケジュールは?

夏場のハモ漁の場合は、日没前の16〜17時頃に出港して、漁場まで1〜2時間走ります。網を引く回数は2~4回。短くて1時間、長くて3時間ほど網を引きます。冬は潮と時化に合わせて出るので、午前に出る日もあれば、午後や夜中に出る日もあります。操業時間も日によるのですが、早い日で5時間、長いときで10時間くらい。休漁期間もあるので、そういうときは家族で海や山に遊びに行きます。息子の授業参観に行こうとか、娘を病院に連れていこうとか思い立ってできるのも、漁師の醍醐味ですね。

セリの前、市場の活魚槽に魚を移す小林さん。魚の相場を見ながら、出荷する市場を変えています

セリの前、市場の活魚槽に魚を移す小林さん。魚の相場を見ながら、出荷する市場を変えています

Q.漁師の仕事のやり甲斐は?

狙った獲物を獲ったとき、それが大漁だったときの喜びは会社員にはできない体験だと思います。1日の水揚額で、今までの最高は25万円。逆に1日の水揚額が3万円という日も稀にあります。そんな日は寝れないどころか、40時間くらいずっと悩みます。よく思うのが、漁は将棋やチェスに似ているなということ。「チェックメイト」を取りにいくために魚を獲るまでの戦略と、売るまでの戦略を一本の線にして、ぶれずに真っ直ぐ繋がったらうまくキャッシュを手に入れられる。それを怠れば、もちろんキャッシュは掴めません。

山口県漁協吉佐支店長の德冨さんとこの日の水揚げ金額を確認。研修生時代から支えてくれる心強い存在

山口県漁協吉佐支店長の德冨さんとこの日の水揚げ金額を確認。研修生時代から支えてくれる心強い存在

Q.今後の目標は?

漁師として腕を上げていくのはもちろんですが、自分は海のない県からやってきて、師匠をはじめ、山口県内の漁業関係者のみなさんにゼロから育ててもらいました。魚を獲る楽しさも、厳しさも教えてもらった。これからは恩返しというか、魚食普及であったり、これからの若い世代に「漁師になりたい!」「かっこいい!」と思ってもらえるよう尽力していきたいと思っています。それが、僕が山口県にできる恩返しです。

新しい漁師像を目指して

自らの経験を語ることが誰かの役に立つのであればと、今回赤裸々にインタビューに答えてくれた小林さん。「この島に来てから、『よそもん』って言われたことが一度もないんですよ」と、感謝の気持ちを語ります。彼を一人前の漁師に育てたものは「制度」だけでなく、地域の人の「想い」です。その「想い」に応え、漁業に新しい風を吹かせたいー。小林さんの挑戦は始まったばかりです。

関連サイト:TRITON JOB「新人漁師が続々登場!山口県の秘密に迫る」

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